第二十五話「美少女二人のお風呂場攻防戦」
俺たちはニーサリス共和国随一の観光都市ヴァーチャリアに来ていた。
巨大な湖『蒼穹の湖』の湖畔に広がる都市で、長閑な空気が漂っている。
「うわぁ……綺麗ですね、湖」
カミアを近くの森に待たせ、俺たちは三十分ほど歩いて街の近くまで来た。
ヴァーチャリアは小高い丘の側面に広がり、俺たちは『蒼穹の湖』を見下ろしている。
そんな湖を見たミアが陶酔するような声で言った。
それに対してルルネもうっとりとした声音で言う。
「そうですね……。これは想像以上です」
二人に対して、俺も同じく湖に視線を釘付けにしながら尋ねた。
「二人は来たことないのか? 魔王退治で旅とかしてきたんだろ?」
するとルルネがその問いに首を振りながら答えた。
「来たことないですね。ニーサリス共和国の王都とかは行ったことあるんですけど」
「なるほど。確かに魔王を討伐するってのにわざわざ観光都市には来ないか」
俺が言うとルルネは頷く。
それから数分間、俺たちはその湖を眺めていたが、ふと我に返って口を開く。
「てかこのままじゃあ、ずっと見惚れることになるから、さっさと街に入ろう」
「そうですね! 私もそれが良いと思います!」
「街からも湖は見れると思いますしね。ここほど綺麗には見れないでしょうけど」
ミアは元気よく手を上げてそう言い、ルルネは名残惜しそうにそう言った。
「ここは料理も美味しいらしいからな。湖に近いというだけあって魚貝が定番らしいぞ」
湖なので淡水魚だけだが、この湖で獲れる魚は魔力が含まれているらしく特別美味しいとのこと。
シーフードピザやら、シーフードパスタやら、考えるだけで涎が出そうだ。
この都市には城壁とかもないので、普通に身分証の提出もなく入れる。
基本、ニーサリス共和国の都市には城壁がない。
北国ということもあって、魔物もそこまで多くはないらしいのだ。
二人が英雄であることがバレると少し面倒なので、外套のフードを深々と被り街に入った。
赤レンガの屋根が立ち並び、石レンガが敷き詰められた道を歩く。
人々もみんな穏やかで、道端で談笑したり、子供たちが走り回ったりしている。
「私お腹すきました! やっぱり干物だけじゃあ物足りなかったのですよ!」
グルメなミアにとって道中の食事は物足りなかったのだろう。
ワクワクと目を輝かせて、あちこちの店をがん見している。
「そうだな。もう昼過ぎだし、どこか適当な店に入るか。ルルネもそれでいいか?」
「はい、構いません。ちなみに私はシーフードピザが良いです」
頷きルルネはそう言った。
それに対してミアは反論するように声を上げた。
「えー、私はシーフードパスタが良いです! ピザの気分ではありません!」
「はあ……ワガママよね、ミアって。あの、アリゼさんもピザが良いですよね?」
いきなりそう尋ねられ、俺は困ってしまう。
ピザと答えてもパスタと答えても、間違いなく顰蹙を買う。
悩んだ挙句、俺は一番無難な答えを言った。
「……どっちも食べれる店に行こうか」
すると二人は呆れたようなため息をつき、こう言うのだった。
「アリゼさんって少しヘタレなところありますよね」
「それにはミアに同意です。はっきりとして欲しいところでした」
***
満腹にピザとパスタを食べ終えた俺たちは、日も傾いてきていたので宿を探すことにした。
北国だからか、日照時間も短く陽が落ちるのも早い。
「すいません、現在部屋が満室でして……」
これで三軒目の宿だったが、どこも埋まってしまっていた。
流石は観光都市というだけある。
俺たちはトボトボとその宿を出ると、少し歩いて他の安っぽい宿に入った。
「ええと、一人部屋なら一つだけ空いているのですけど……」
一人部屋かぁ……。
そうなるとベッドは一つしかないってことだよな?
流石に部屋も狭いだろうし、それは厳しいか?
そう思っていたが、ミアが間髪入れずに返事をした。
「じゃあ一人部屋で大丈夫です! それでお願いします!」
「あ、はい。畏まりました。では案内しますね」
そして俺たちは部屋まで案内された。
受付嬢が部屋から出ていき、三人だけになるとルルネとミアは外套を脱ぐ。
「あー、フードを被っていると流石に暑いですね」
「アリゼさん、汗をかいてしまったのでお風呂に入ってもいいですか?」
ルルネに尋ねられ、俺は頷いた。
まあそれくらい一緒に生活していた頃に何度もあったから、今さらドキドキしない……と思っていたのだが、やはり十年の時を経て成長した二人の体つきのせいで、やっぱりドキドキしてしまう。
「……ああ、もちろん構わないよ」
「ええ、ルルネだけズルいです! 私も入ります!」
ルルネがお風呂に入ろうとすると、ミアも後に続いて入ろうとした。
それにルルネは鬱陶しそうに言った。
「二人は流石に狭いし、嫌なのだけど」
「ええ、いいじゃないですか、別に! 一緒に入りましょうよ!」
そう言うミアにルルネは一つため息をついて、一緒に風呂場に行った。
どうやら何を言っても聞かないと思って諦めてしまったらしい。
それからしばらくして、浴槽から声が響いてくる。
壁が薄くて全部の声が筒抜けだった。
『近づかないでよ、ミア! 肌がくっつくじゃない!』
『仕方がないじゃないですか、狭いんですから!』
『だから言ったでしょうに! 狭いからやめておいたほうがいいって!』
思わずごくりと生唾を飲む。
むう、これはマズいぞ……何がとは言わないが。
『それにしてもミア、また成長した?』
『きゃ! いきなり触らないでください!』
『いいじゃない別に。減るもんじゃないんだし』
『それなら減ってほしいんですけどね……。大きくなりすぎて困ってるのですよ、肩こりが酷くて』
『それは私に対する当てつけかしら……?』
『え? そんなつもりはないんですけど……まあ、そう思うならそうなんじゃないですかね!』
『くっ……』
そんな会話を聞きながら、俺は一人悶々としているのだった。