第二十三話「ハルカ・アルカイアの器」
私——ハルカ・アルカイアの幼少期は普通の女の子だった。
普通にお人形で遊び、普通に綺麗なもの、可愛いものが好きだった。
母は妾だったけど、とても優しく、私を一番に愛してくれた。
幸せだった、満たされていた——はずなのに。
あの日から私の日常は変わってしまった。
……いや、変わったのではないのだろう。
もともとこんな日常だったのが、ひょこっと顔を出してきただけなのだろう。
私は継承権争いで負け、母はその代償として処刑された。
このアルカイア帝国は実力主義の国家だ。
私に剣や魔法の才能がなく、そのせいで母は殺されてしまった。
それ以来、私は剣に生きた。
いくらでも強さを求めた。
他の王族からは鼻つまみ者として扱われたが、それを見返してやろうとずっと努力してきた。
それから何年も経ち、アルカイア帝国に英雄たちが現れた。
しかも彼女たちの師匠と呼ばれる人も一緒だ。
これは剣を教えてもらい、強くなるチャンスだと思った。
本当に幸運だったのは、うちの王族は皆、英雄という存在に懐疑的だったことだろう。
彼らは英雄たちの実力を、運と天空城のおかげだとしていた。
確かに神々から賜われたとされる天空城の恩恵は大きかったに違いない。
でも英雄なんて呼ばれている人が、それだけなわけないと私は思っていた。
出会った英雄たちは優しく、温かくて、とても強い人たちだと知った。
それは肉体的なものではなく、精神的なものも含めて、強い人たちだと思った。
彼女たちが元は奴隷だったと聞いて、私は勇気を貰った。
自分はまだまだ甘えた存在なのだと思った。
でも——母が死んだ日のことは決して忘れられない。
王城の処刑場に縛り付けられる母。
どんなに泣き叫んでも、どんなに足掻いても、その運命は変わらなかった。
そして——。
「いやぁああああああああああああ!」
私はビタビタに汗をかきながら思わず飛び起きる。
久々に嫌な夢を見た。
……って、あれ。
手足が杭に縛り付けられていて動かせない。
目隠しをされていて、視界が塞がれている。
もしかして……。
王族の誰かが英雄たちと接触したことに怒り、私を誘拐したのだろうか?
そう思ったが、どうやら違うらしい。
「起きたか、王女。ああ、待て、騒いでも無駄だから、騒ぐなよ? 今、繊細な作業をしているのだからな」
そう言った声は聞き覚えがなかった。
王族の誰かが誘拐したのなら、聞いたことのある声が聞こえてくるはずだ。
しかしその声は神経質そうな冷たい声で、初めて聞く声だった。
「……あなたは?」
「俺か? 俺はジジーニャ。魔王軍、円卓騎士第四位の魔族だな」
魔族……!?
まだ生きていたの!?
私は思わず驚愕で声を上げそうになるが、どうにかして抑える。
「あなたは……私に何をするのですか?」
そう尋ねると、立ち上がった音が聞こえてきて、足音が近づいてくる。
そして私の前で止まると、ひらりと目隠しを取った。
「お前はこれからあの魔人の器になるのさ。魔人グーシャイアは負の感情を触媒に成長していく。お前がその器に相応しいことは、自分でも分かっているのだろう?」
そこには見るのすら厭われるほどの異形が静かに鎮座していた。
おそらくその異形にはまだ中身がなく、その言葉通り私があの中に入るのだろう。
なるほど、それで昔の記憶が蘇ってきたのかと納得し頷く。
逃げたかった、そんな最期はもちろん嫌だった。
でも、そうなる運命をどこかで受け入れている自分がいた。
どうせ私の人生なんて。
どうせ、私は生きる価値のない人間なんだ。
あの日から、母を見殺しにしてしまったあの日からそんな観念が心に根付いていた。
「ふっ、もう少し騒ぐものかと思ったが、随分と受け入れているようだな」
「……どうせ騒いだところですぐに助けは来ないでしょうし、あなたが死んで開放されるわけでもないですからね」
「よく分かっているじゃないか。ここは帝都から早馬で十時間はかかる場所《墓地迷宮》の最深部だからな。そう簡単に辿り着けまい」
それまでに召喚術は完成するとジジーニャは言った。
私は故郷を襲いたくないと言う思いの反面、自分を虐げてきた故郷を潰したいという思いもあった。
だからこその受け入れ具合なのかもしれないと、どこか客観的に分析する。
「さて、いつになったら助けは来るかな? 楽しみだな」
そうして順調に作業が進んでいき、私の最期が刻一刻と近づいてくるのだった。