第二十一話「その剣は誰が為に」
夢を見た。
昔の夢だ。
ルルネたちと出会うよりももっと昔の、俺が幼少期だった頃の夢だった。
俺は小さな村に住む、ごく普通の少年だった。
その村に山賊が攻め込んでくる前までは。
村が山賊に襲われ、両親含む大人たちは必死に戦った。
しかしただの農業を営む村人だ、山賊に勝てるわけがなかった。
簡単に死んでしまった。
そんなにあっさり死んでもいいのかと思うくらい、簡単に死んだ。
大人たちに守られていただけの俺に、その山賊たちを退ける力なんて無い。
死を悟った。
そのとき、俺は間違いなく死ぬだろうと覚悟を決めた。
しかし死ぬことはなかった。
たまたま通りかかった一つの冒険者パーティーが山賊たちを殲滅してくれたのだ。
そしてそのリーダー、ベアトリクス・アウシュタッドは俺にこう言った。
『すまん、君しか守れなかった』と。
それから俺はパーティー《黄金の水平線》に同行することになった。
ベアトリクス――ベア以外のメンバーも俺に優しく構ってくれた。
旅をして、街に行っては串焼きを買ってくれたり、色々なことを教えてくれた。
時には男子メンバーだけで娼館に行ったこともあったっけ。
後から知ったことだが、その《黄金の水平線》は俺が生まれる以前に活躍していたSランクパーティーだった。
彼らから剣を教わった。
あいにく魔法の才能はなかったから、剣ばかりをやった。
今の俺がいるのは彼らのおかげだ。
そして、俺は彼らから一番大切なことを教わった。
――その剣は誰が為に。
ベアがよく口癖のように言っていた言葉だ。
人を救う、助ける、そのために我々は剣を握っているのだ。
その志だけは絶対に忘れてはならない。
そんなことを教わった。
ベアのそんな教えがあったから、俺はルルネたちを助けようとも思ったのだ。
わざわざ悪徳奴隷商を一つ潰してまで、彼女たちを助けたのだ。
もうベアたち《黄金の水平線》は歳を取ったので、隠居していると聞いている。
でもまたいつか会えたならな――そしたら美味しいご飯を奢ってやろう。
「懐かしいな……まだ俺がクソガキで、何も知らなかった頃の記憶を思い出すなんてな」
だが忘れもしない日々だ。
輝かしかった、美しい日々だ。
ルルネたちと一緒に暮らしていたときも、田舎村でルインに剣を教えていたときも、もちろん輝いた日々だったが。
「ふっ……俺も本当に歳を取ったものだな。昔を思い出して苦しくなるなんておっさんのすることだ」
この人生には色々なことが詰め込まれている。
楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと。
でもそれらは全て大切な記憶だ。
「よしっ! 早く庭に行かないとな。ハルカちゃんが剣を教えて貰おうと待ってるはずだし」
パンっと両手で頬を叩くと、俺はベッドから起き上がり言った。
そして着替えながら、思わず一人、笑みが零れてしまうのだった。
***
庭にやってくると何やら慌ただしそうにしていた。
なんだろうと思い近づくと、それに気が付いたルルネが焦ったように言った。
「アリゼさん! ハルカさんを知りませんか!?」
「ハルカさん? いや、知らないけど、まだ来てないの?」
「はい、王城のどこを探しても見当たらないみたいで……」
なるほど、それは一大事だ。
俺は近くに控えていた一人のメイドさんに尋ねる。
「ハルカさんの匂いが分かるものってある? 香水とかでもいいんだけど」
「匂いですか……? 確かいつもつけていた香水のストックがまだあるはずですが」
困惑した表情でメイドさんは言った。
俺はそれに頷くとさらに言う。
「じゃあその香水を貸してくれないか?」
「ええ、構いませんけど……」
頷いてメイドさんは香水を取りに行った。
その間に俺は口笛を吹く。
それを見ていたミアは納得したようにポンッと手を打った。
「なるほど、カミアさんに匂いを嗅いで貰うのですね」
「ああ、そうだ。あいつならすぐに見つけてくれるはずだ」
そして、ものの数分でカミアはやってきた。
メイドさんが戻ってくるよりも早い。
「どうした我が主よ。何か問題でも起きたか?」
「察しが良くて助かる。この国の王女様が攫われたんだ、その匂いを嗅ぎ分けて欲しい」
「ふむ、畏まった。王女様ということは、たくさん銅貨を持っているのだろう?」
カミアの問いに俺が頷くと、彼は嬉しそうに笑った。
本当に銅貨磨きが好きなんだな。
戻ってきたメイドさんはカミアの姿を見て驚きの声を上げるが、すぐに説明して納得してもらう。
俺は彼女が持ってきた香水を差し出しながらカミアに言った。
「どうやらこの匂いがハルカさんのものらしい。分かるか?」
「もちろん。――この匂いの少女はこの街から離れて行っているな。速度はそんなに速くないが」
ふむ、まだ生きているらしい。
それならひとまず安心だ。
現時点で殺してないってことは、今のところ殺す気はないってことだからな。
「カミア、追いつけるか?」
「当たり前だ、我を誰だと思っている」
「それじゃあ頼んだ」
俺がそうしてカミアの背中に乗ろうとすると、ミアとルルネも一緒に乗ろうとした。
まあやはりというか、思った通り彼女たちもハルカさんを見捨てたりは出来ないらしい。
「それじゃあカミア、全速力で頼む」
そして俺たちは、ハルカさんを救いに彼女のところへ向かうのだった。