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第百七十八話「各地からの協力」

 長老の詠唱が始まると、小屋から放たれる光は一際強さを増し、俺たちの立つ地面さえもビリビリと震わせるほどの魔力が奔流となって溢れ出した。

 空へと立ち昇る光の柱は、夜の闇を真昼のように照らし出し、この村の存在を全世界に知らせているかのようだった。


 俺は剣の柄を握りしめる。

 これほどの力だ。

 儀式の成功を予感させると同時に、最悪の事態を引き寄せるための狼煙にもなる。


「来たか」


 隣で泰然と構えていたバランが、森の奥深くを見据えながら低く呟いた。

 彼の言葉を合図にするかのように、森の闇の至る所から、獣の低い唸り声と、無数の紅い光点が浮かび上がった。

 魔力の奔流に引き寄せられた、この土地の魔物たちだ。


「来るぞ! 全員、小屋から引き離せ! 一匹たりとも近づけるな!」


 俺の檄に応え、四人の英雄たちが一斉に動く。


「任せろ!」


 先陣を切ったのはアカネだ。

 彼女は新調された大剣を担ぎ、獣のような雄叫びを上げて魔物の群れへと突進していく。

 その一振りは大地を揺るがし、数匹の魔物をまとめて薙ぎ払った。


「アカネ、突出するな! ルルネ、左翼を頼む!」

「分かってるわ!」


 ルルネは風のように舞い、アカネの死角を突こうとする魔物の群れを、流麗な剣技で切り裂いていく。

 二人の連携は、かつて俺が教えていた頃とは比べ物にならないほど洗練され、力と技が完璧に噛み合っていた。


「アーシャ、後方の支援を!」

「はい!」


 アーシャは一歩引いた位置から、戦況全体を冷静に見極めていた。

 彼女が仲間たちに放つ支援魔法の光は、的確にその力を増幅させる。

 アカネの一撃はさらに重く、ルルネの動きはさらに速く。

 彼女の存在が、前線の戦闘能力を何倍にも引き上げていた。

 俺はと言えば、全体の指揮を取りながら、防衛線の綻びが生じた場所へと即座に駆けつける役目だった。


「やはり、ただの獣じゃないな……」


 襲いかかってくる魔物は、儀式の魔力に当てられたせいか、その姿は禍々しく歪み、通常の個体よりも遥かに凶暴化していた。

 一筋縄ではいかない。

 その中でも一際巨大な猪のような魔物が防衛線を突破し、小屋へと突進してきた。


「そいつは俺がやる!」


 俺が駆け出すより早く、その前に立ちはだかったのはバランだった。

 彼は武器すら構えず、ただ仁王立ちになる。

 そして、突進してきた魔物の巨大な牙を、その鉄のような両腕で正面から受け止めた。


「ぐおおおおっ!」

「フン、その程度か」


 バランは笑みすら浮かべ、魔物の巨体を軽々と持ち上げると、そのまま森の奥へと投げ飛ばした。

 世界最強の言葉は、伊達じゃない。

 その圧倒的な力に、俺は改めて舌を巻いた。

 激しい戦闘の最中、儀式から放たれる魔力は最高潮に達したようだった。

 あまりの力の奔流に、俺の意識が一瞬、くらりと揺らぐ。


(なんだ、これは……?)


 儀式の莫大な魔力が、世界の繋がりを僅かに見せたのだろうか。

 一瞬、俺の脳裏に、全く別の光景が鮮明に浮かび上がった。


 ――そこは、豪華絢爛なエルフの国の玉座の間だった。

 王女デリアが、窓の外、はるか東の空が微かに光るのを感じ取り、険しい表情で立ち上がる。


『友人たちが戦っている……』


 彼女の心からの声が聞こえた気がした。

 彼女は近くに控える騎士に、力強い声で何かを命じていた。


 光景が切り替わる。

 今度は、荘厳な魔族の国の謁見室。

 玉座に座る女王リンネと、その傍らで竪琴を奏でる少年ジン。

 彼らもまた、この異常な魔力の波動に気づいていた。

 リンネが何かを呟くと、ジンはハッとした顔で立ち上がり、恩人である俺たちの身を案じているようだった。

 リンネは静かに頷き、影に控える配下に指示を出す。


 幻は、そこで途切れた。

 俺は激しい戦闘のさなかにいるというのに、奇妙な感覚に囚われていた。

 あれは、ただの幻覚だったのか?

 いや、違う。

 確かに感じた。

 遠く離れた場所から、俺たちを案じる仲間たちの、温かい想いを。


 俺たちは、一人じゃない。

 その想いが、俺の心に新たな力を宿した。


「うおおおおっ!」


 俺は雄叫びを上げ、眼前の魔物を一刀両断する。

 仲間たちの想いに、応えなければならない。


 やがて、数時間に及ぶかと思われた魔物の猛攻は、夜が最も深くなる頃には、ようやく終わりを告げた。

 俺たちの周りには、夥しい数の魔物の骸が転がっている。


「はぁ……はぁ……。終わった、のか……?」


 アカネが膝に手をつき、荒い息を整える。

 誰もが無傷とはいかなかったが、幸いにも致命傷を負った者はいなかった。


 だが、安堵のため息をついた、その時だった。

 村の外縁部を見張っていた銀狼族の斥候の一人が、血相を変えてこちらへ駆け寄ってきた。


「報告! 村の南方に、アルベルト公爵家の紋章を掲げた大規模な部隊が集結しつつあります!」


 その言葉に、俺たちの間に再び緊張が走る。

 獣の次は、人間か。

 俺は小屋を振り返った。

 中で続く儀式は、まだ終わる気配がない。

 そして、森の闇の向こう側、公爵の軍勢が集うであろう南の空を見据える。


「……本当の戦いは、ここからだ」


 俺の呟きは、新たな戦いの始まりを告げる、静かな決意表明となった。

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