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第百六十七話「オーカスの遺跡へ」

 銀狼族の村を後にしてから、三日が経過していた。

 案内役である銀狼族の若き戦士、カゲトに導かれ、ルルネ、ニーナ、そしてアカネの三人は、獣人の国ビーミト王国の東部に広がる険しい山脈地帯へと足を踏み入れていた。


「この先からが、古の民が聖域としていた土地です。空気も……少し変わるかと」


 先頭を歩くカゲトが、背負った大弓に手をかけながら静かに告げた。

 彼の言う通り、木々の密度が増し、ざわめきが満ちる森を抜けると、空気がふっと澄み渡るのを感じた。

 俗世から切り離されたかのような、神聖で、同時に人を寄せ付けないような張り詰めた空気が漂っている。


「ここが……《オーカスの遺跡》に続く道……」


 ルルネが、エルフ特有の鋭い感受性で周囲の魔力の流れを探りながら呟く。

 彼女の表情は、普段の快活さの奥に深い緊張を湛えていた。


 一行の目的は、緑炎の結社の長老セイラから教えられた《聖なる水晶》を手に入れること。

 それが、アルベルト公爵の実験によって《亜神》化しかけているネシウスを救う唯一の希望だった。


「カゲトさん。その遺跡について、何か伝承はありますか?」


 ニーナが、杖を片手にカゲトへ問いかける。

 道中、彼女は熱心にこの大陸の歴史や伝承を彼から聞き出していた。

 カゲトは険しい岩場を軽やかな身のこなしで登りながら、振り返って答えた。


「我ら銀狼族に伝わる話では、《オーカスの遺跡》は、この大陸に我々の祖先が住み着くよりもさらに昔、天から来た民が築いた神殿だとされています。そして《聖なる水晶》は、その民が遺した星の欠片だと」

「星の欠片……」


 なんとも壮大な話である。

 だが、この超大陸アベルに来てからというもの、常識外れの出来事ばかりに遭遇している。

 魔王ですら一過激派に過ぎなかった世界だ。

 星の欠片が存在したとしても、もはや驚くには値しないと三人は感じていた。


 ただし、とカゲトは言葉を続けた。


「その聖域は、資格なき者の侵入を拒むそうです。遺跡そのものが意思を持ち、訪れる者の心を試すと……。これまで多くの冒険者や探検家が水晶を求めてこの山脈に挑みましたが、誰一人として戻ってきた者はいません」


 その言葉が、道のりの険しさを物語っていた。

 事実、一行はすでにいくつかの困難に直面していた。

 まっすぐな道を選んだはずが、気づけば同じ場所をループしていたり、存在しないはずの崖が目の前に現れたりと、強力な幻術が彼女たちの行く手を阻んでいたのだ。


「まただわ……! この先、魔力の流れが渦を巻いている!」


 ルルネが叫び、全員が足を止める。

 目の前には鬱蒼とした森が続いているように見えるが、彼女の目には、それが巧妙に仕組まれた罠であることが見えているらしい。


「私が霧を払う。アカネはその後ろを」


 ニーナが短く詠唱すると、彼女の杖先から放たれた紫電が霧状の幻術を切り裂いた。

 すると、森に見えていた場所の正体――無数の茨が絡み合った深い谷間――が姿を現す。


「道はあっちだ!」


 カゲトが谷の側面、僅かに獣が通ったような痕跡が残る細い岩棚を指差した。


「うわっ、あんな所を通るのか……」


 アカネが思わず愚痴をこぼすと、ニーナが冷静に返した。


「他に道はない。行くしかない」


 アカネが先頭に立ち、大剣で邪魔な茨を薙ぎ払いながら、慎重に岩棚へと足を踏み入れる。

 全員がそれに続いた、その時だった。


 グルルル……。


 岩肌の陰から、低い唸り声と共に複数の影が飛び出してきた。

 体躯は狼に似ているが、その毛皮は鉱石のように硬質で、陽光を鈍く反射している。


「《結晶狼》! まずい、群れだ!」


 カゲトが叫びながら矢をつがえる。

 結晶狼たちは通常の刃を容易く弾く硬い外皮を持つ、この聖域の厄介な守護獣だった。


「ニーナ、援護を! ルルネは弱点を!」


 アカネは大剣を構え、先頭の一匹に向かって突進した。

 ガキン! という甲高い音と共に剣が弾かれるが、その衝撃で相手の体勢をわずかに崩した。


「腹部よ! そこだけ結晶化が甘い!」


 ルルネが敵の群れの中を俊敏に駆け抜けながら叫ぶ。

 彼女の双剣が、別の個体の腹を浅く切り裂いていた。


「了解!」


 ニーナの杖から放たれた雷撃が、一体の結晶狼の足元を砕く。

 その隙を逃さず、アカネは再び大剣を振り下ろした。

 今度は狙いを定め、敵の柔らかい腹部へ。

 断末魔の叫びと共に一体が倒れるが、残りの数匹は怯むことなく、さらに激しく襲いかかってきた。


「キリがないな!」


 カゲトが的確に矢を放ち、敵の動きを牽制する。

 三人の英雄たちは背中合わせになり、円陣を組んで応戦した。

 アカネが敵の注意を引きつけ、ルルネが死角から仕留め、ニーナが広範囲の魔法で足止めをする。

 その戦い方は、かつてアリゼと共に魔王軍と戦った日々を彷彿とさせた。


 数分にも及ぶ激しい戦闘の末、最後の結晶狼が甲高い悲鳴を上げて地に伏した。


「はぁ……はぁ……。なんて硬い奴らなんだ」


 アカネは大剣を杖代わりに、荒い息を整えた。

 仲間たちも皆、疲労の色を隠せないでいた。


「ですが、これで最初の関門は突破したはずです。見てください」


 カゲトが指差す先、険しい岩棚を抜けた先に、ついに目的地の姿が見えていた。

 そこには、巨大な一枚岩をくり抜いて作られたかのような、壮大な石造りの門が聳え立っていた。

 蔦や苔に覆われているが、その表面には今もなお淡い光を放つ古代のルーン文字がびっしりと刻まれている。

 門の周囲だけ空気が澄み渡り、圧倒的なまでの神聖な気配が満ちていた。


「あれが……《オーカスの遺跡》……」


 ルルネは息を呑んだ。

 長い旅路の果てにたどり着いた、伝説の入り口。

 一行は疲れた身体を引きずるようにして、その巨大な門の前へと歩み寄った。


「さて、ここからが本当の試練、か」


 アカネが呟くと、ニーナが真剣な眼差しで門を見上げた。


「ええ。この門、強力な結界で封じられている。開けるには、ただの力や魔法じゃ駄目みたい」


 彼女の言う通り、門には物理的な鍵穴も、開くための仕掛けらしきものも見当たらない。

 ただ静かに、訪れる者の資格を問うかのように、彼女たちの前に立ちはだかっている。

《聖なる水晶》への道は、まだ始まったばかりだった。


「ネシウス、待っていて……」


 ルルネが、村に残した仲間たちを想うように小さく呟いた。

 その声には、どんな困難にも屈しないという、英雄の決意が込められていた。

 三人は互いに顔を見合わせ、固く頷き合う。

 この先に何が待ち受けていようと、進むしかないのだ。

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