第百六十一話「緑炎の結社」
緑炎の結社の石門の前に立つルルネたち。
緑色の衣装をまとった数人の人物が静かに彼らを見つめていた。
その中から、年配の女性が一歩前に出る。
「試練の森を抜けて来られたとは、並々ならぬ決意の持ち主たちですね」
女性の声は静かだが芯が強い。
「私は緑炎の結社の長老、セイラ。あなたたちの来訪の理由を聞かせてください」
ルルネは一歩前に出て、深く頭を下げた。
「私たちは友人を救うために来ました。《人工英雄の素》を埋め込まれ、亜神化されかけている少年を元に戻す方法を探しています」
セイラは目を細め、じっと彼女を見つめた後、周囲の結社員たちと視線を交わした。
「《人工英雄の素》ですか……。それはよほど邪悪な術者の仕業ですね。まずは詳しい話を聞かせてください。どうぞ中へ」
彼女らは石門をくぐり、緑炎の結社の聖域へと足を踏み入れた。
そこは想像以上に広大で美しい場所だった。
古い石造りの建物が点在し、緑の灯火が通りを照らしている。
中央には巨大な樹が天を突くように伸び、その根元には湧き水の池が広がっていた。
カゲトは敬虔な態度で結社員たちに頭を下げながら、ルルネたちに小声で言った。
「ここは外部の者がめったに入れない聖域です。心して行動してください」
彼らは中央の大きな建物へと案内された。
内部は緑の結晶が埋め込まれた壁に囲まれ、柔らかな光が満ちていた。
長老セイラが彼らを大きな円卓へと導き、座るよう促す。
「さあ、すべてを話してください」
ルルネはネシウスとの出会いから、彼が公爵の実験体だったこと、亜神化しかけていること、そして銀狼族の村での儀式で一時的に意識を取り戻したことまでを詳しく説明した。
アカネとニーナも時折補足を入れる。
セイラは説明が終わると、しばらく黙考していた。
やがて彼女は立ち上がり、壁一面を覆う古い書物が並ぶ棚へと向かった。
「《亜神》と《英雄の素》……古くからある概念ですが、それを人工的に作り出すとは」
彼女は一冊の古い書物を取り出し、ページをめくる。
「アルベルト公爵の《人類統一計画》……私たちも断片的な情報は耳にしていましたが、ここまで進んでいたとは」
「ネシウスを救う方法はあるのでしょうか?」
ニーナが切実な声で尋ねた。
セイラは本を閉じ、彼女らのもとに戻ってきた。
「可能性はあります。《人工英雄の素》は自然の《英雄の素》の模倣ですが、本来、《英雄の素》とは生まれつき特別な魂を持つ者に宿るもの。それを人工的に埋め込むことで、身体と魂の乖離が起き、亜神化の際に自我を失ってしまうのです」
「では、どうすれば……」
アカネが身を乗り出す。
「二つの方法があります」
セイラは指を二本立てた。
「一つは《浄化の儀式》。もう一つは《魂の繋止》です」
彼女は壁の棚から別の古文書を取り出し、円卓の上に広げた。
そこには複雑な魔法陣と儀式の手順が描かれていた。
「《浄化の儀式》は、体内の《人工英雄の素》を無力化させる方法です。しかし、一度覚醒が進みすぎた場合、魂の一部も失われてしまう恐れがあります」
「それじゃあネシウスの人格が……」
アカネが声を震わせる。
「そうです。だからこそ、もう一つの《魂の繋止》という方法も同時に行う必要があります。魂が完全に消失するのを防ぎ、本来の自分を取り戻せるよう繋ぎ止めるのです」
「二つの儀式を同時に……」
ルルネは難しい表情をした。
「それは可能なんですか?」
「簡単ではありません」
セイラは率直に答えた。
「しかも、儀式には特別な道具が必要です」
彼女は再び立ち上がり、奥の部屋から古い羊皮紙を持ってきた。
そこには青白く光る結晶が描かれていた。
「《聖なる水晶》……古の時代から伝わる魔力の結晶です。これを使って初めて、《浄化の儀式》と《魂の繋止》を同時に行うことができます」
「その水晶はどこにあるのですか?」
ルルネが尋ねる。
セイラは羊皮紙の下部に描かれた地図を指さした。
「ここ……古代遺跡。この大陸の歴史が始まる前から存在していた場所です。そこには《聖なる水晶》が祭壇に安置されていると伝えられています」
カゲトが思わず声を漏らした。
「伝説の《オーカスの遺跡》ですか……」
「そう。多くの探検家が挑み、帰ってこなかった場所です。厳重な防御機構と守護獣が待ち受けています」
ルルネたちは顔を見合わせた。
「どれほど危険でも行くしかない」
アカネが決意を込めて言った。
セイラは彼女らの覚悟を見て、微かに微笑んだ。
「あなたたちの友情は本物ですね。しかし、もう一つ警告しておきます」
彼女の表情が一気に引き締まった。
「アルベルト公爵の《人類統一計画》は、単なる野心ではありません。彼らは《大陸統一の覚醒祭》と呼ばれる大規模な儀式を計画しています。大陸各地で《英雄の素》を持つ者たちを集め、同時に亜神化させようというのです」
「一体何のために……」
ニーナが眉をひそめる。
「世界の覇権を握るため。亜神たちを操れる者こそが、全種族を支配できると考えているのでしょう」
セイラは深いため息をついた。
「しかも、その儀式は間もなく執り行われると情報が入っています」
「じゃあ時間がない。すぐに《オーカスの遺跡》へ向かわなければ」
アカネは立ち上がった。
セイラは頷き、側近に指示を出した。
すぐに詳細な地図と、いくつかの魔道具が用意された。
「これらはあなたたちの旅路の助けになるでしょう。そして、儀式の方法もできる限り教えます」
そして彼女は深刻な表情でルルネたちを見つめた。
「もしあなたたちが《聖なる水晶》を持ち帰ることができたら、私たちも全力で協力します。ただ……時間との闘いになるでしょう」
夜が更けるまで、彼女らは結社の長老たちから《浄化の儀式》と《魂の繋止》について詳しく学んだ。
複雑な呪文や手順、必要な薬草や道具の使い方まで、できる限りのことを頭に入れる。
夜明け前、彼らは聖域の門の前に立っていた。
カゲトを含め、四人は出発の準備を整えている。
セイラが見送りに来ていた。
「《オーカスの遺跡》までは三日の行程。しかし、内部の探索にどれだけ時間がかかるかは誰にも分かりません」
彼女は懸念を隠さない。
「一方で、《大陸統一の覚醒祭》は一週間以内に執り行われるという情報もあります」
「全力を尽くします。必ず間に合わせて、ネシウスを救います」
ルルネは決意を込めて言った。
「そして《人類統一計画》も阻止する」
アカネが付け加えた。
セイラは彼らに小さな緑色の石を一人ずつ手渡した。
「緑炎の結社の守護石です。危険な時に、これが微かな光を放ち、あなたたちを守るでしょう」
「ありがとうございます」
ニーナが頭を下げた。
カゲトが前を指した。
「行きましょう。《オーカスの遺跡》へ」
彼女らは結社の人々に別れを告げ、再び険しい山道へと踏み出した。
緑炎の結社から得た知識は、彼らの希望となった。
しかし同時に、時間との競争も始まっていた。
アルベルト公爵の《大陸統一の覚醒祭》を阻止し、ネシウスを救うために、彼らは《聖なる水晶》を求めて古代遺跡を目指す。
未知の危険が待ち受けているが、後戻りはできない。
「ネシウス、エリス……みんな、待っててね」
ルルネは心の中で呟いた。
「必ず戻るから」
朝日が山の端を照らし始める中、四人の姿は次第に小さくなっていった。