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第百五十一話「納骨堂」

前話の第百五十話をすでにお読みの方は、少し改稿しましたので、お手数ですがそちらから読み直して頂けると助かります!

何卒よろしくお願いいたします!


 夜が明けかけた王都の城壁を遠目に眺め、俺たちはいったん森の中の仮拠点へ戻った。 正直、すぐにでも地下墓地へ直行したい気持ちはある。

 だが、焦りと興奮を抑え、状況を冷静に整理しなくてはならない。 師匠バランは木の根元にどっかり腰を下ろし、俺とアーシャに向けて小さく指を振った。


「まずは休め。人間も獣人も、寝ずの行軍はろくなことにならん。日が沈むまでガッツリ眠って、今夜改めて都に入るぞ」


 俺は頷きながらも、落ち着かない心を感じていた。

 ルルネやミアが地下墓地に潜んでいるという確証はまるでない。

 だが、王都で必死に隠れているのなら、比較的衛兵の手が及びにくい墓地が有力かもしれない、という推測だけが頼りだった。


 ちなみにニーナたちと別れた時にアレバさんから貰った発信器によると、ニーナとアカネ、ルインとナナもこの獣人の国に入っているらしいことは分かっていた。

 発信器では正確な場所までは把握できないが、おそらく近いことだけは分かった。

 もしかしたらそのどちらかがルルネたちと合流している可能性もあったが……。


「……でも、下手に動いて相手を刺激してもいけませんよね。やっぱり夜が更けるのを待つのが最善でしょうか」

 アーシャが地図を眺めながら、深い息をつく。


「王都の地下墓地は広く複雑だって聞きます。一度入れば方向感覚を失いがちだし、不気味な連中が出入りしているとも……」


 言っているそばから、不安が大きくなる。

 だが、それでも行かねばならない理由がある。

 仲間を見殺しにはできない――そう思うと、不安よりも決意のほうが強くなった。


「まあ、そう難しく考えるな。俺もついて行ってやるし、仮にそこになきゃ別の場所を当たるまでよ」 バランが豪快に笑うと、森の空気が少し緩んだ気がする。 とにかく休息しろという指示に従い、俺たちは手早く簡易の寝床を作り、昼まで仮眠を取ることにした。



   ***



 俺たちが再び目を覚ましたのは、すでに夕方に近い時刻だった。 幸い、追っ手や野盗が襲ってくる気配はなかった。

 バランの存在がここまで威圧力を放っているのかもしれない。 簡単に腹ごしらえを済ませ、日暮れと共に三人で王都へと戻る。


 表の大通りは明るいうちでも人通りが多く、衛兵も多数配置されている。

 今さら正門から入れば職務質問を受けるのは目に見えていた。 よって、深夜に潜入した抜け道――朽ちた倉庫の亀裂――に再び目星をつけ、同じ手順で城壁の内側へ滑り込む。

 月が高く昇る頃には、俺たちはすでに王都の裏通りを歩いていた。

 廃墟や粗末な家々が並び、そこここで痩せた獣人や人間の姿がうずくまっている。 夜の王都は一見眠っているように見えて、その実、闇の住人が息づく別世界だ。


「……情報屋でも探しましょうか? 地下墓地に詳しい人がいるかもしれないですし」

 アーシャがそう提案し、俺も首肯する。

 実際、ここは衛兵すら敬遠する危険地帯。

 このスラムの片隅には、裏の情報を扱う連中が必ずいるはずだった。


 だが、運よくさしたる苦労もなく探し当てられるわけもない。

 俺たちは足早に路地を進み、とある粗末な飲み屋へ入る。 中はカビ臭く、客層もガラが悪い印象。

 酒場というより吹き溜まりに近い場所だったが、ここなら墓地の噂くらい転がっているかもしれない。

 俺が恐る恐るカウンターに近づくと、半分睡眠状態の猫獣人のマスターが目を細めてこちらを見た。

「……飲むか、それとも、何か探し物かい?」

 しわがれ声に、俺は暗号じみた探り方を感じ、ひとまず軽い合図を送る。

「探し物のほうだ。地下墓地のことを知りたいんだけど」


 その瞬間、マスターの目がギロリと光った。

 周囲の客もわずかにざわめく。 地下墓地は王都でもタブーに近い領域らしく、安易に口にするだけで警戒されるようだ。


「へえ……あんた、観光でもする気か? あそこは死者の眠りを邪魔するとこじゃねえぞ?」「わかってるさ。でも、そこに用があるんだ。詳しい話は払うよ、金でね」


 俺が素直にコイン袋を示すと、マスターは少し笑みを浮かべる。

「ちっと裏へ来い。ここで堂々と話すのもなんだしな」


 こうして俺はアーシャと共にカウンターの奥へ回され、バランは店内で客に紛れて待機することになった。 マスターの小部屋は雑多な酒樽や箱が積まれており、空気が濁っている。

 小さなランプに照らされた中、彼は椅子に腰を下ろすと、静かに口を開いた。


「地下墓地を探るってことは、あんたら、訳ありだろう? 最近は指名手配の連中もあの辺に身を隠してるって噂がある」「指名手配……やっぱり、エルフの女と聖女のことか?」

 俺が即座に問うと、マスターはニヤリとした。

「ああ、そいつらだ。どこに隠れてるのかは知らんが、地下墓地にも潜ったって話が出回ってる。衛兵は怖がってあまり追わないからな。もし本当にそいつらに会いたいなら……覚悟がいるぞ?」


 俺は苦い思いを噛み締めながら、コインをいくらか差し出す。

「場所の詳しい入り口とか、行くための注意点を聞きたいんだ。頼む」「へっ、わかったよ。地下墓地へ行くには、旧区画の外れにある納骨堂から潜るのが近道だ。夜になれば、あそこも墓守は寝てるか逃げてるかだろうな。だが、変な連中や魔物じみたものが出るって噂だから、そう簡単にはいかねえぞ」


 手短に情報を仕入れた俺とアーシャは、礼を言って部屋を出る。

 店に戻ると、バランがテーブルで酒を舐めていた。


「終わったか。なかなか厄介な話をしてたみたいだな」

 視線で問いかけるバランに、俺は地下墓地への手がかりを説明する。

「墓地への入り口は旧区画の納骨堂。夜中に行けば衛兵も少ないだろうけど、危険が多いってことらしいです」

「そりゃあそうだろう。まあ、いい。すぐに行くぞ。ここに長居してもろくなことがねぇからな」


 その言葉に、俺たちは再び夜の通りへ飛び出した。

 時刻は深夜に差し掛かり、街灯もほとんど消えている。 スラム街のさらに外れた旧区画へ向かうべく、俺たちは建物の隙間を縫いながら、石畳の路地をひたすら進む。



   ***



 旧区画の外れに来ると、雑居した建物が途端に途切れ、打ち捨てられたような墓地が広がっていた。

 錆びた柵を越え、傾いた石碑の間を抜けると、そこには半分崩れかけた礼拝堂のような建物が立っている。 アーシャが震える声で言った。

「ここが……納骨堂かもしれませんね。扉が開いてます」


 扉に近づくと、木材が腐食して今にも壊れそうだ。

 夜風が吹き込み、カランと小さな物音が鳴った。 内側は薄暗く、ほんのかすかな松明の残り火が揺れている。

 誰かが最近までここを使っていた形跡があるが、人影は感じられない。


「この奥から地下に降りる階段が見える」

 俺は松明を手にとり、足元を照らした。

 礼拝堂の奥にぽっかりと口を開けた小さな階段――そこからカビ臭い空気が漂ってきて、何とも言えない不気味さが鼻につく。


「地下墓地……本当にルルネさんやミアさんがいるのでしょうか……」

 アーシャが呟く。

 バランは肩をすくめる。

「行くしかねぇだろ。もし外れでも、ここを調べてみなきゃ、先に進めん」


 俺はアーシャを見やり、互いに小さく頷き合う。 そして、三人で階段へ足を踏み入れた。

 きしむ石段の下には、深遠な闇が待ち受けている。


「もしルルネたちが本当にここに潜んでいるなら、声くらい聞こえるかもしれないな。あるいは……」


 その先の言葉を続けることなく、俺たちは慎重に下へと降り始める。 冷え切った空気が肌を刺し、足元には苔と泥がこびりついた床がのびている。 闇が深まるほどに、俺の胸騒ぎも増していく。

 仲間を救うための手がかりは確かに得た。 だが、この地下墓地が安息の場なのか、さらなる地獄なのか。

 ――それを確かめずには、先へ進めない。 かすかな水滴の音が、石壁に染みるように響きわたる。


「ルルネ、ミア……頼むから無事でいてくれ」


 そう心の内で叫び、俺は松明を高く掲げた。 闇の中には何が潜んでいるのか。 この陰鬱な世界の先で、俺たちは真実と仲間を取り戻すことができるのだろうか――。

 湿った空気に混じって、わずかに人の息遣いのようなものが聞こえた気がした。 それが錯覚なのか、それとも希望の兆しなのか、今はまだ判別がつかない。 けれど、俺たちは一歩ずつ足を進める。 必ず二人を探し出すために。

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