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第百四十六話「長老」

 その日、スミルの里の空は晴れ渡っていた。

 陽光が降り注ぐ中、ルルネとアカネは鍛冶職人の工房を訪ね、里の長老でもあるという年老いた獣人と相対していた。

 木造の大きな工房には、数多の武具や鎧の部品がずらりと並べられており、中央には巨大な炉と鉄床が設置されている。

 炉の熱気が部屋中に立ちこめ、獣人の鍛冶職人たちは忙しなく作業に没頭していた。


「いらっしゃい。ここは鍛冶の里、スミルの名物工房じゃが……ほう、随分と手入れの行き届いた剣を持っとるのう。だが、刃こぼれが目立つか?」


 ごつい体格の長老が、ルルネの剣を手にとって唸る。

 年老いたとはいえ、腕に筋肉が盛り上がり、その瞳は金属を見極める熟練の眼光を宿していた。


「ええ、急ぎで修理と補強をお願いしたいのです。できれば短期間で強度も上げてほしくって……」


 ルルネは申し訳なさそうに頭を下げる。

 彼女の愛剣は度重なる激戦で刃が少し曲がり、細かな亀裂が走っていた。

 水中修行や廃屋での戦闘、そしてネシウスとの衝突が続いたため、どこか限界が近いのは確かだった。


「ふむ、素材は悪くないが……破損具合が激しいの。どこまで直せるかは腕次第じゃが、まあわしらに任せてみるかね? わしらは急ぎの仕事でも、ちと多めに貰えれば大丈夫じゃ」


 アカネは隣で大剣を背負いながら、長老の言葉にすかさず応じる。


「追加料金は構いません。こちらの大剣も含めて補強をお願いしたいんです。あと……もし可能なら、伝説級の武器や防具を手に入れたいのですが、売っていただける在庫とか、もしくは作成依頼とか、受けられますか?」


 長老は一瞬、驚いたように目を丸くするが、すぐに苦笑まじりに肩をすくめた。


「伝説級の武器っちゅうのは、そう易々とは手に入らんぞ。中には先祖伝来の名剣や、希少鉱石を使った逸品があるが、相応の代償が要る。素材持ち込みならまだしも……あんたたち、何か珍しい鉱石でも持ってるわけかの?」


 ルルネとアカネは顔を見合わせる。

 思えばネシウスやアルベルト公爵の話ばかりで、素材のことまでは考えていなかった。

 しかし、ここで運が良いことにアカネが思い出すように言った。


「そういえば……前にニーナと旅をしていた頃、山賊のアジトで見つけた珍しい鉱石を持ってた気がするな。量は少ないけど、もしかしたら強化の足しになるかも」

「おお、そんなものがあるなら、見せてみ。わしも素材次第じゃ、特別な武具を作ってやらんでもない」


 長老の目がきらりと光る。

 アカネは鞄を探り、包み込んだ小さな鉱石を取り出すと、長老はそれをしげしげと観察し、満足げに頷いた。


「ふむ……なるほどな。これなら、まあ『伝説級』とまではいかんが、かなり高品質な鋼へと鍛え直せるじゃろう。短時間で作れる代物ではないが、補強と合わせて三日は欲しいところじゃな」


 ルルネたちは検討しあう。

 三日という時間は痛いが、銀狼族の村まで向かう間に使い物にならない装備では、研究所潜入どころかネシウスの護衛すらままならない。

 彼らにとっては必要な投資だ。


「分かりました。三日待ちます。その間、私たちも里の外れで野営か、あるいは近くで泊めてもらえる場所を探しますね」

「うむ、急ぐ仕事なら、昼夜問わず鋳造するが……金は多めに頂くぞ? とにかく匂いを嗅ぎつけてくる輩もおる。賊に襲われないよう注意しなされよ」


 長老はにやりと笑って、炉の側へ足早に向かう。

 ルルネとアカネが金額の交渉を済ませると、工房の弟子たちが手際よく道具を揃え始めた。

 外ではまた、金属を打ち鳴らす高い音がこだまする。


「じゃあ、私たちは一度ニーナたちのところに戻りましょう」

「ああ、エリスもネシウスも心配だしな。戻って状況確認したら、宿のあたりを探そう」


 こうして、ルルネとアカネは一旦工房を出る。

 周囲を見回しながら、里の中心へと足を向けていると、再び暖かな朝日の光に照らされる村の光景が目に映る。

 人々はのんびりと行き交い、山菜や薬草の取引をしている。そこには残酷な争いや亜神など無縁のような平穏があった。


「……本当はずっとこういう平和な生活が続けばいいのにね」

「そうだな。でも、私たちにはまだやることがある。ネシウスを助けて、人類統一計画ってやつを止めなきゃならない……」


 アカネは呟くように言い、ルルネは深く頷き返す。

 ――一方、すでに村の広場付近で待機していたニーナとエリスは、ベンチでネシウスの様子を見守りつつ、ミアが治癒を施しているところだった。


「どうだった? 鍛冶職人さんと話はまとまった?」


 ニーナが駆け寄ってくる。

 ルルネたちが簡単に内容を伝えると、ニーナは「三日か……まあ仕方ないね」と納得したように呟いた。


「じゃあ三日間はこの里で過ごすしかない。ネシウスが暴れないよう、ちゃんと隠れておかないと。衛兵とか公爵家の追っ手が来る可能性はゼロじゃないし」


 その言葉に、エリスは神妙な面持ちで、ネシウスの頬をそっと撫でる。

 彼は相変わらず深い眠りの中にいるが、心なしか表情が穏やかになった気もする。


「三日あれば、ミアさんも魔力を回復できますし、彼を看病する時間もとれますね」

「うん。里のみんなには見つからないように、少し外れた場所で野営するか、もしくはこの村に誰か好意的な人がいれば、その家の納屋でも借りられるかもしれない」


 ニーナとアカネは里人たちに、宿のようなものがあるか聞いて回り、どうやら一軒だけ余っている納屋を提供してくれるらしいとの情報を手に入れて戻ってきた。

 その納屋は家の裏手にあり、ほぼ物置状態だが屋根はあるし、人目にもつきにくいという。


「助かりますね……匿ってくれるなんて、優しい方がいるんですね」


 エリスがほっとした顔で言うと、アカネは苦笑する。


「ええ、でも念のため余計な話はしないようにして。指名手配犯だってバレれば、里も巻き込むことになるし」

「分かってます。大丈夫ですよ」


 そうして、一行はやや里の中心から離れた一角で、納屋を借りてキャンプのような形で過ごすことに決めた。

 近くには小川が流れ、水も比較的容易に確保できる。

 ネシウスの容態を安定させるには絶好の環境と言えそうだ。


「じゃあ、私は昼間のうちに鍛冶工房の進捗を見に行きがてら、里の人々にも何か噂を聞いてみる。ニーナはどうする?」


 ルルネの問いに、ニーナは少し迷いながら答える。


「私も手分けして情報収集をするわ。人類統一計画なんて、ここまで来るとほとんど聞いたことがないかもしれないけど、それでも何か手がかりがあるかもしれない。あと、夜になったら皆で交代でネシウスの番をしよう」

「了解。エリスとミアはネシウスの世話を頼んでいい?」


 アカネが背の大剣を一度背負い直しながら、二人を見つめる。

 エリスは「もちろんです」と力強く頷き、ミアも「そろそろ私も魔力の回復を優先しますから」と納得する。


「三日後には装備の強化が完了する。その頃にはネシウスの身体状態も少し落ち着いてるかもしれない。そこで改めて作戦を練ろう」


 ルルネがそう締めくくり、全員が各自の役割を果たすため動き出した。

 ――この平和な里にいる間に、ネシウスは一度は目を覚ますだろうか。

 人類統一計画や英雄の素についての手がかりは得られるのだろうか。

 その答えを探すため、一行は限られた三日間を存分に活用していくことになる。


 里の風は心地よく、豊かな緑の香りが漂っていた。

 しかし、その穏やかさの裏で、大陸を揺るがす計画は確実に進行している。

 ルルネたちは焦りや不安を抱えつつも、今は力を蓄え、ネシウスを回復させるのに専念する――。

 そんな思いを胸に、スミルの里での短い滞在を始めるのだった。

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