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第百四十五話「スミルの里」

 山道を歩き始めて三日目の朝。

 風の冷たさが微かに増してきた気がする。

 季節が少しずつ進んでいるのだろう。

 ルルネたちは深い森の間を抜け、ようやく次の目的地となる小さな集落──獣人が鍛冶を営むことで知られるスミルの里へと辿り着きつつあった。


「この辺りには腕の良い鍛冶職人が住んでいるって、地図のメモに書いてありましたよね」

「そうそう。私たちの装備を整えるためにも、一度立ち寄る必要があるわ。もし研究所に潜入する時が来たら、武器や防具がしっかりしてないと危険すぎる」


 ニーナが小さな岩場を乗り越えながら言い、アカネが地図を確認する。

 エリスはネシウスの容態を気にしつつも、険しい山道を頑張って付いてきている。

 今朝になって、ネシウスが少し熱を出しているようで、いつ目を覚ましてしまうかと不安そうに顔を曇らせていた。


「お兄ちゃん、きっとこの里で休めば、もう少し楽になると思うからね……」

「大丈夫よ、エリス。ここでしっかりした防具と道具を手に入れて、それからまた先に進むわ。ネシウスが少しでも安定するように、ミアが回復を続けてくれてるし」


 ルルネが優しく声をかけると、エリスはかすかに笑みを返した。

 封印の魔力を維持しているミアは朝からずっと呪文を継続的に唱えており、疲労が溜まっているようだったが、彼女の表情には諦めや焦りよりも、なんとか少年を救いたいという強い決意が滲んでいる。


「私の聖封印も、長くはもたないかもしれません。でも、ここで一旦休めば魔力を回復できるはずなので……」

「ええ、無理しないでね、ミア。私たちも交代で警戒するから」


 そんな会話を続けているうちに、木々の切れ目からいくつかの建物が見えてきた。

 遠目には、周囲を囲むように設置された木柵と、中心にぽつんと立つ大きな鍛冶小屋が特徴的だった。

 集落と言っても十数戸ほどの小さな里だが、その分よそ者はすぐに目立つだろう。


「気をつけましょう。今の私たちは指名手配の身分。迂闊に公然と名乗れないわ。鍛冶職人に話をつける際も、情報が漏れないよう注意が必要ね」


 ルルネの言葉に、全員が引き締まった表情で頷く。

 山道から集落への細い道をしばらく歩くと、木柵の門の前に二人の獣人が立っていた。

 彼らは警戒こそしているが、武骨な鎧というよりは、自然の毛皮と粗末な槍を持っているだけ。

 あまり大きな警備組織ではないらしい。


「旅の人か? ここはスミルの里だが、何か用事でも?」


 一人の狼系獣人が問いかけてくる。

 ルルネは穏やかな笑みを作って、できる限り怪しまれないよう言葉を選ぶ。


「はい。山道を越える途中で装備が傷んでしまって……。腕の良い鍛冶職人さんがいると聞いてきたのですが、短期間で直してもらえないでしょうか」

「ああ、鍛冶の長老に頼めば何とかなるかもな。急ぎなら、実際に見てもらうしかないが……。ま、通行は自由だ。中で誰かに話を通してみな」


 幸いにも、そこまで厳しい取り調べは受けずに済んだ。

 里の内側に入ると、質素な家が立ち並び、行き交う獣人がちらほらと見える。

 朝の家事が一段落したのか、ゆったりと畑を見回ったり井戸で水を汲んだりしている姿がのどかだ。


「ここなら、少しは休めそう。ネシウスも……あ、エリス、こっちに少し休めるベンチがあるよ」


 ミアが古びたベンチを見つけ、エリスはネシウスを横たえられるように工夫しながら座らせた。

 目を閉じたままの少年は、時折顔をしかめるように動くが、まだ目覚めるまでには至らないようだ。


「よし、アカネと私で鍛冶職人の家を当たってみるわ。ニーナは周囲を警戒がてら情報収集をお願い。ミアはエリスと一緒にネシウスの看病を」


 ルルネが素早く役割を振り分ける。

 すると、ちょうど荷車を引いた獣人のおばさんが通りかかり、彼女を呼び止めて鍛冶職人の居場所を尋ねることができた。

 どうやら里の中心に大きな工房があるらしい。


「行くわよ、アカネ」

「うん。さっさと済ませて戻ってくるから、みんなも気をつけて」


 二人は背中に大剣や剣などの装備を携え、工房へ向かって里の奥へと進んでいった。

 ――一方、残ったニーナは井戸端にいる里の若い獣人たちに声をかけて、軽く世間話を始める。

 王都の噂や最近の山道の情報、怪しい人物の目撃談などをさりげなく引き出すのが狙いだ。


 エリスとミアはベンチの横でネシウスを寝かせ、しばしの休憩を取ることに。

 少年の頬は微熱で赤らみ、その息は浅い。

 封印の力が効いているのか暴走こそしないが、体力と精神を蝕まれているのは明らかだった。


「大丈夫、ネシウス……今は私がそばにいるから。だから、もう少し耐えて……」


 エリスがそっと手を重ねると、わずかに少年のまぶたが震えた。


(まだ大丈夫。きっと目覚めれば、何か話せるはず……それまでに、私たちは人類統一計画のことも調べて、あなたを救う方法を見つけなきゃ)


 エリスの胸に宿る決意は、湖底での激闘や廃屋での邂逅を経て、さらに強固なものとなっていた。

 彼女の視線の先で、ミアが杖を使いながら聖なる光の魔力を少しずつネシウスに注ぎ込み、熱を下げる治癒を試みる。


「きっと、こんな山奥でも噂くらいは流れているかもしれませんね。アルベルト公爵のこととか、『人工英雄の素』の研究とか……」


 ミアが不安げに呟き、エリスもうなずく。

 いずれにせよ、里の鍛冶職人に装備を整えてもらった後は、さらに東へ進み、銀狼族の村へ向かう方針だ。

 道中で人類統一計画に関する情報が手に入る可能性もある。


「もうすぐアカネさんたちが戻るはず。もし伝説級の武器を鍛冶屋で手に入れられるなら、研究所潜入の際にもきっと助けになるはず」


 エリスはネシウスの頬をそっと拭き、少年の体が少し呼吸を楽にするように姿勢を整える。

 宿屋もない小さな集落だが、信頼できる鍛冶職人がいるなら、夜を越すまでには何とか態勢を整えたい。


 そしてこの集落で休息を終えたら、いよいよ研究所の所在を突き止めるため、さらに厳しい旅路に身を投じることになるだろう。

 ネシウスを救う鍵、そして人類統一計画の背後にある闇――それらを解き明かす道はまだ遠い。


「絶対に、負けるわけにはいかない……」


 エリスが微かな声で呟くと、ミアも「そうですね」と微笑んだ。

 朝日が高く昇り始めた山里の光景。

 修理や強化を施すための装備一式を手に、彼らは再び大いなる謎へ立ち向かう準備を進める。

 ネシウスを完全に取り戻すため――そして、この大陸に迫る『亜神』の脅威を止めるために。

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