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第百三十九話「情報屋」

 夜の王都は、表向きは静かだが、その実どこか張り詰めた空気が漂っていた。

 ニーナとアカネは廃屋を出ると、路地裏を縫うように足早に進む。

 露店が閉まり始めた寂れた通りを避け、人気の少ない脇道を慎重に選んでいく。


「やっぱり衛兵が増えてるね。向こうの通りにも数人見える」


 アカネが声を潜めて言う。

 夜陰に紛れたまま、その鋭い視線で街角を確認する。


「うん、さっきまでこんなに見回りしてなかったはず。ネシウスがあれだけ暴れれば、当然警戒は強まるか……」


 ニーナも同じく、身を縮めるようにしながら衛兵の動向を探っていた。


 目指すは情報屋が集まるという闇商人の店。

 以前ルルネたちが聞いていた噂によれば、夜になると胡散臭い商人や冒険者、さらには貴族の密使までが顔を見せるという。

 情報を得るには絶好の場だが、それだけ危険も多い。


「よし、あの曲がり角を抜けた先にある店が怪しいかもしれない」

「了解。なるべく目立たないように……」


 二人は合図を交わし、衛兵の視界を外したタイミングで通りを横切る。

 暗がりに身を潜めつつ、地図で大まかな位置を確認しながら進むと、やがて錆びた看板が外灯に照らされて見えてきた。

 看板には『トライアス』という、聞き慣れない文字が刻まれている。


「ここかな。いかにも怪しい雰囲気だけど……」

「行ってみましょう。もし危なくなったら即撤退で」


 扉を開けると、むっとした煙草と酒の混じった臭いが鼻を突いた。

 店内は薄暗く、あちこちに顔を隠した客が座っている。

 獣人やエルフ、人間など種族も様々だが、みな一様にピリピリとした空気を纏っている。

 ニーナは改めて気を引き締めた。


「いらっしゃい。飲み物かい? それとも……情報か?」


 カウンターに立つ細身の猫獣人の男が、低い声で問いかけてきた。

 その目は細く、何を考えているのか分からない。


「ちょっと、獣人関係の事件を探していまして……最近、銀狼種の少年が大暴れしたって噂を聞いたんだけど、何か知ってる?」


 ニーナがさらりと切り出すと、男はふっと笑みを零した。

 周囲の客たちもわずかに耳をそばだてる気配がある。


「銀狼種ね……確かになんだか物騒な話を耳にするようになった。だが情報には値がある。タダで教えるわけにはいかないよ」


 男はカウンターの下から小さな紙切れを取り出し、値段らしき数字を書いて示す。

 アカネの目がピクリと動く。


「随分と高いですね。実際、どれほどの価値がある情報かによるんですが」

「ふっ、まあいい。最近、妙な実験が行われているって噂だ。『公爵家の地下施設で亜神を作る研究をしている』なんてね。名前は聞いたことがあるだろう? アルベルト公爵――」


 その名が出た瞬間、ニーナとアカネは顔を見合わせる。

 やはりアルベルト公爵が絡んでいるのか。

 男は二人の反応を見て、さらに言葉を続けた。


「銀狼種とやらが、その実験の成功体らしい。もはや人間でも獣人でもない、『亜神』に近い力を持ち始めてるって話さ。実験体が暴れ出してるなら、公爵家も焦ってるだろうぜ」

「……なるほど。ありがとう。もう少し詳しいことは?」

「これ以上知りたけりゃ、その代金を払うか、他の噂も持ってきな。俺は商売でやってるんでね」


 ニーナは一旦話を打ち切ることにした。

 必要な核心はひとまず掴めた。

 銀狼種、亜神、そしてアルベルト公爵。

 このラインが確実に繋がっているのは明白だ。

 あのネシウスはまさに成功体として操られている可能性が高い。


「アカネ、そろそろ出ましょう。長居は無用みたいだし」

「そうだね。……でも目的の情報は得られたよ。帰ったらルルネたちに伝えなきゃ」


 二人はカウンターの男に軽く礼を言い、店を出た。

 呼吸が詰まるような空気から解放され、路地の夜風が心地よく感じられる。


「やっぱり公爵家が黒幕っぽいですね」

「どうやらそうみたい。ネシウスがアルベルトの手中にあるのなら、何とかして彼の敷地か施設に潜入する必要がありそうだわ」


 ニーナが夜闇を仰ぎ見て決意を固める。

 アカネも静かに頷く。あの凄まじい力の少年を、どうやって救うのかはまだ分からないが、一歩前進したのは間違いない。


「さて、戻りましょう。待たせてるみんなも心配してるだろうし」

「そうね。例の廃屋に戻って作戦を練ろうか。万が一、敵が先に嗅ぎついていなければいいけど……」


 その一言にふと不安がよぎる。

 ネシウスや敵組織が、もしかしたら廃屋を嗅ぎ当てるかもしれない。

 だが、急いで帰ればまだ間に合うはずだ。


 二人は夜の闇に紛れ、足を速めて路地を駆けていく。

 その頃、薄暗い廃屋の中では、エリスが微かな物音にハッと耳を澄ませていた。

 ルルネとミアは立ち上がり、リアも不安げに身構える。


「何の音……? もしや、さっきのネシウスがもう……」


 視線が四方に散り、緊迫が高まる。

 外から聞こえる小さな足音が、闇に溶けるように一瞬止まり――。


 王都の夜は、さらに深みへ沈んでいく。

 彼らが次に直面するのは、果たして予想外の奇襲なのか、それとも仲間が無事に戻る報せなのか――。


 一方、遠く離れた場所では、銀狼種の少年が虚ろな瞳のまま、再び狩りを始める気配を漂わせていた。

 亜神の力を宿したその姿を取り戻すため、そしてネシウスを救うために、ルルネたちは刻々と迫る運命に向き合わなければならない。

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