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第百三十四話「成長」

 湖底での実戦訓練が始まって数十分。

 俺とアーシャはバランの圧倒的な力に翻弄されつつ、必死にもがき続けていた。

 水流を操った魔法、連携を意識した斬撃。

 どれもこれも、バランにとっては遊びの延長線なのかもしれない。

 だが、俺たちはそう簡単に諦めるわけにはいかなかった。


「もっと来い! 全力を出さなきゃ意味がねえぞ!」


 バランの挑発めいた叫びが、水中を振動させて響く。

 彼の周囲には小さな渦が生まれ、まるで鞭のように俺たちを打ち据えようとしていた。

 アーシャが水の抵抗を利用し、斜め下から剣を振り上げる。

 斬撃に合わせて俺は水の槍を放ち、二段構えの攻撃を仕掛けるが、バランは腕を一振りするだけで二人分の攻撃をまとめて払う。


「チッ……やっぱり硬いな」

「アリゼさん、次は私が囮になります! その間に貫通力のある魔法を――」


 アーシャは素早く作戦を提案すると、すぐさまバランの懐へ飛び込んだ。

 俺もそれに合わせて、魔力のチャージを開始する。

 水中での魔力操作は難しいが、この修行で多少は慣れてきた。

 身体の奥底から魔力を引き出し、指先に集中させていく。


「はあっ!」


 アーシャは一撃必殺の勢いで斬りかかる。

 だが当然、バランは軽く手を伸ばし、その刃を受け止めた。

 しかも掌底のようにして剣の腹を押し返し、アーシャを水底へ叩きつける。

 その瞬間こそが最大の好機。

 俺は全力で水を圧縮し、先端を尖らせた水の穿槍を完成させる。


「いまだ――っ!」


 アーシャが姿勢を崩すふりをしてバランの注意を引き、俺は横合いから水の槍を放った。

 大気よりも密度の高い水の中で加速した魔法は、まるで巨大な銛のようにバランの脇腹を狙う。

 ドシュン、と濁った音が水底に鳴り、視界に泡が散った。

 バランの巨体がぐらりと揺れ――。


「……いいじゃねえか。なかなかの威力だ」


 バランは腹の辺りを軽く押さえながら、ニヤリと笑う。

 わずかに血が滲んでいるようにも見えた。

 ほんの少しとはいえ、攻撃が通じた証拠だ。

 アーシャと視線を交わし、俺たちは確かな手応えを覚える。


「ぐっ……でも一撃じゃ倒せませんね」

「さあ、次はどう動く! それとも、ここまでか?」


 挑発的な言葉に、俺とアーシャは膝が笑いそうになる。

 疲労は限界で、呼吸も乱れてきた。

 それでも、水精の核のおかげで多少は立っていられる。


「……まだ、やれます!」


 アーシャは強く剣を握り直す。

 俺も気合を入れ、再び魔力を練り始めた。

 その時、バランがゆったりと身構えを解き、指先をパチパチと鳴らす。


「じゃあ、最後にもう一手だけ試させてもらうぜ。もしこれを耐えられたら……そうだな、ひとまず合格ってとこだ」


 一瞬、空気が凍りつくような殺気が広がった。

 水中なのに、肌にヒリつくような圧力がかかってくる。

 見上げると、バランの周囲に水流が渦を巻き、まるで竜の顎のような形を成していた。


「アリゼさん……あれはヤバいですね」

「分かってる。総力で防がないと……」


 俺たちは即座に身を寄せ合い、魔力の壁を重ね合わせる。

 アーシャの剣が生む防御結界と、俺の水魔法が作る一枚の障壁。

 それをさらに強化し、渦を逸らすように構築していく。


「いくぞォォ――!」


 バランが拳を振りかぶると同時に、水流が竜の形を保ったまま凄まじい速度でこちらに突っ込んでくる。

 結界がバチンと弾ける音を立て、衝撃波が全身を襲った。

 視界がぐらつき、まるで水底ごとひしゃげるような圧力だ。

 アーシャの悲鳴が聞こえた気がしたが、耳がキーンとなって判別できない。


「ぐぅっ……!」


 なんとか踏みとどまる。

 結界の大半は破られ、俺は必死に残りの魔力を絞り出して衝撃を受け流す。

 崩壊した障壁の残滓が、白い泡となって辺りを覆い――。


 やがて、水が静寂を取り戻した頃。

 俺たちは辛うじて意識を保ちながら膝をつく。

 気が遠くなりかける中、ぼんやりとした視界にバランの影が映った。


「……合格、だな」


 低く響くその声に、俺は思わず笑みが漏れた。

 やっと、これで地獄の修行が終わる――。


「ふぅ……マジで死ぬかと思いました……」

「同感だぜ……」


 バランは上機嫌に笑いながら、俺とアーシャの肩をバシバシ叩く。


「よくやった! お前たち、最初に比べりゃ見違えるほど強くなってるぞ。誇っていい!」


 気付けば水中に立つ自分の体が、以前よりも確かな手応えを持って動いているのが分かった。

 呼吸は乱れ、腕も足も痛いが、不思議と心は晴れやかだった。


「さて、一週間に及ぶ水中修行はここで終了だ。次は地上に戻って総仕上げといこうか」


 バランの宣言に、俺とアーシャは顔を見合わせ、そして深いため息を吐く。

 しかし同時に、自分たちがまた一段階成長できたという確信が胸に芽生えていた。

 その思いを糧に、俺たちは地獄の修行に終止符を打ち、地上へ向かった。

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