第百三十三話「VS世界最強」
バランが湖底に降りてきた時点で、俺たちの疲れはピークに達していた。
《深淵喰らい》との戦いで消耗し、魔力の残量も少ない。
それなのに――
「よし、休憩は終わりだ! 次の課題に移るぞ!」
バランの言葉に、俺とアーシャは同時に顔をしかめた。
いやいや、普通は「よくやった」とか「休め」とか、そういう流れになるんじゃないのか?
「ちょ、ちょっと待って……さすがに一息くらいつかせてくれても……」
「そうですよ! 私たち、今まさに命がけで戦ってたんですから!」
二人揃って抗議するが、バランは腕を組んだまま鼻で笑う。
「はっ! それくらいで音を上げるようじゃ、まだまだ修行が足りねぇな! いいか、お前たちに休む暇はない! もっと強くなりたいんだろ?」
ぐっ……反論しようとして言葉が詰まる。
確かに、俺たちはもっと強くならなければならない。
けど、せめて回復する時間くらい――
「まあ、そう言うと思ってな。一応、回復する手段は用意してやったぞ」
そう言うと、バランは腰の袋から何かを取り出し、ふわりと俺たちに投げてきた。
俺とアーシャはそれを受け取る。
――それは、小さな青い石だった。
「……これは?」
「《水精の核》だ。この湖の水精たちが生み出した結晶でな、口に含めば魔力と体力がある程度回復する。まあ、万能ってわけじゃねぇが、お前らの今の状態にはちょうどいいだろうよ」
なるほど、そんな便利なものがあるのか。
俺とアーシャは顔を見合わせ、同時に結晶を口に含んだ。
途端に、身体の内側からじんわりとした力が湧き上がるのを感じる。
魔力の流れもスムーズになり、疲れが和らいでいく。
「……すごいですね、これ」
「確かに回復するな。完全じゃないけど、これならもう少し戦えそうだ」
「はははっ! そうだろう!」
バランは満足そうに頷くと、ゴツゴツした腕を伸ばし、俺たちを見据えた。
「さて、それじゃあ次の試練だ」
俺とアーシャは身構える。
さっきの魔物よりもヤバいものを出されたら、流石に笑えない。
「まさか、また魔物と戦えって言うんじゃないでしょうね?」
アーシャが警戒しながら言うと、バランは違う違うと手を振った。
「今度は実戦訓練だ。俺が相手をしてやる」
「え?」
「……え?」
俺とアーシャは硬直した。
「えっと、つまり……バランさんと戦うんですか?」
「ああ、そうだ。さっきの戦いで水中戦の基本はだいたい掴んだだろう? なら次は、それを応用する段階だ。相手は俺。遠慮せずにかかってこい!」
バランがニヤリと笑いながら拳を鳴らす。
その音だけで、ゴクリと喉を鳴らしてしまうほどの威圧感。
「いやいや、さすがに無理ないか? だってバラン、あの《深淵喰らい》を素手で倒せそうな雰囲気出してるけど……」
「そうですよ! 明らかに格が違いすぎるというか……!」
「はっはっは! そりゃあ当然だろう。俺は世界最強だからな!」
なんの躊躇もなく自分を世界最強と言い切る男。
普段なら冗談かハッタリだと笑い飛ばすところだが、バランに限っては冗談にならない。
彼がどれほどの強さを持っているか、俺たちはすでに理解していた。
「安心しろよ。ちゃんと手加減してやる。……少しな」
「少しってなんだよ!? そこは全力で手加減しろよ!」
「はははっ! まあ、やってみりゃ分かるさ!」
バランはお構いなしに身構えた。
「さあ、準備はいいか? 始めるぞ!」
俺たちは否応なしに構えを取る。
湖底の水が揺れ、バランの全身から殺気のようなものが滲み出る。
「くっ……やるしかないですね」
「……ああ」
アーシャと俺は同時に動いた。
今まで培った水中戦の技術を総動員して、バランに立ち向かう――!
***
開始と同時に、俺は魔法を使う。
水の槍を形成し、一気にバランへ向かって突き出す。
「おっ、悪くねぇ!」
バランは軽く拳を振るっただけで、水の槍を粉々に砕いた。
(――やっぱり化け物かよ!)
衝撃が水中に広がり、俺の身体も流されそうになる。
しかし、それを計算に入れていた俺は、流れに逆らわず、バランの死角へと回り込んだ。
「アーシャ!」
「いきます!」
アーシャが俺の呼びかけに応じ、剣に魔力を宿らせる。
――水流を利用した超高速の斬撃。
バランの側面を狙い、一気に繰り出す!
「おおっ!」
だが――バランは笑いながら、片手でその斬撃を受け止めた。
「っ……!?」
アーシャの剣がビクとも動かない。
それどころか、バランは指一本で剣を押し返してきた。
「なるほど、悪くねぇ攻撃だ。だがな――」
バランの拳が、アーシャの腹部に向かって突き出される。
直撃すれば、間違いなく悶絶コースだ。
しかし――
「させるか!」
俺は即座に魔力を込め、水の壁を展開する。
バランとアーシャの間に壁が出来、衝撃を和らげる。
「おお、やるじゃねぇか!」
バランは楽しげに笑いながら、その場で拳を止めた。
「いい連携だったぜ。だが――お前たちの実力はまだまだこんなもんじゃねぇだろ?」
バランの目が鋭くなる。
まるで、俺たちの潜在能力を見透かすような視線。
「もっと来いよ。本気を出してみろ!」
俺とアーシャは、息を呑んだ。
まだ本気を出せる余地があると言うのか?
「……やるしかないですね」
「ああ……今度こそ、全力でいくぞ!」
俺たちは新たな覚悟を胸に、再びバランへと挑みかかる。
水中修行は、さらなる極限へと突入する――!