第百二十六話「美味しいステーキ」
南地区。
そこは数多の食品が出入りし、無数の料理人が腕を競い合っている、天下の台所である。
そんな場所に足を踏み入れたミアとルルネは、まずは腹ごしらえをしようと街を散策していた。
「しかしあのフードの人は何だったんですかね……?」
「う~ん、おそらく【亜神】に関係ある人だと思うんだけれど」
しかしその確証もない。
ルルネたちがコソコソと【亜神】について嗅ぎ回っていることを察知した何かしらの組織が、その存在を抹消しようと動き出した。
そう考えるのが一番自然ではある。
そもそも【人類統一計画】なんていう仰々しい計画を立案している時点で、大きな組織が関わっていることは確かなのだ。
まあでも、ルルネたちが指名手配された理由も定かではないし、この街の奥底に何が蠢いているのか分かったもんじゃない。
どんな敵が現れようともおかしくはなかった。
「って、美味しそうな匂いがしますよ! 私、もうお腹ペコペコです!」
「確かにこっちに来てからまともに美味しいものを食べられてないものね。あの食いしん坊のミアがよくここまで我慢できていたと思うわ」
「まあ転移させられた当時は生き延びるのに必死でしたし、その後指名手配からの神隠し事件と心安まる時がなかったですからね」
そりゃそうかとルルネは思う。
思えばルルネも忙しさに悩殺されて食事を楽しむ余裕がなかった気がする。
そう気がついた途端、ルルネの腹の虫も一斉に音を奏で始めた。
「今まで頑張ってきましたし、今日は休息日としましょうか!」
「大賛成ね。さぁて、いっぱい食べるわよ~」
そうして最初に入ったお店はもちろんステーキの店。
最上級のドラゴン肉からオーク肉、普通の豚肉や牛肉など、様々な肉をこれでもかと盛り付けて焼いたステーキが魅力的な店らしい。
「お金はあまりないから……オーク肉が限度かしらね」
「そうですね……。ああ、本当はドラゴンのお肉を食らいたかったのに……」
今までスラムにいた関係で、ある程度の貯金はあれど潤沢ってわけにはいかなかった。
スラムには全くと言って良いほど稼げるような仕事が回ってこないのだ。
そしてオーク肉のステーキを頼んだ二人は、料理が届くのを腹を空かせながら待つ。
しばらくしてホクホクと湯気が立ち、上質な肉汁で輝いているように見えるオーク肉のステーキが届いた。
「おっ、美味しそうですね……」
「これは久々のごちそうだわ……」
二人はゴクリと唾を飲み込んで、そう呟く。
震える手でフォークをナイフを掴み、一口サイズに切り分けると、口の中に運び――
「う、うまぁあああ……」
「ああ、お肉の旨みが染み渡りますね……」
完全に昇天しそうだった。
それからは口にステーキを運ぶ手を止めることすら叶わずに、ただ一心にステーキを食べ進めた。
ものの数分で300gほどのステーキをペロリと食べ終えてしまった。
「美味しかったですね……」
「そうね。やっぱり美味しいものを食べている時が幸せね……」
さて、後は会計をして店を出て、他のものも食べに行こう。
二人の心はそう一致し、席を立ち上がろうとしたその時。
ガラガラガッシャン!
と、大きな音が聞こえてきた。
そちらの方を見ると、黒髪の猫の獣人のウェイトレスが客に押し倒されて床に倒れ伏していた。
どうしたのかと驚いて思わず制止してしまうルルネとミア。
その直後、その厳つい熊の獣人の客は大声でこう怒鳴り散らかした。
「てめぇ! 今、俺のステーキに唾飛ばそうとしただろ!」
「そ、そんなことありませ――」
「嘘つけッ! てめぇみたいな黒猫族が卑しく卑劣だってことくらい、俺でも知ってらぁ! 馬鹿にするなッ!」
よく分からないが、おそらくあの黒猫の獣人は難癖つけられているのだろう。
そのくらいはルルネたちにはよく分かった。
『その剣は誰が為に』
ふと、アリゼのその言葉を思い出す。
ルルネはミアの方に視線を向けた。
ミアはその視線を受けて、一つ頷く。
心は同じらしい。
「流石に止めに入った方が良さそうよね」
「そりゃそうでしょうね。さて、行きますか」
そうして二人は怒鳴られて怯える黒猫の獣人を守るように、二メートルはあると思われる熊の獣人の前に立ち塞がるのだった。