第百十四話「神隠し事件」
次の日。
ルルネとミアは隠れて一人の少年を追っていた。
スラムに住み着くごく普通の少年だ。
子どもたちが忽然と消える神隠し事件が多発している現在、少しでも情報を得る必要がある。
手当たり次第に子どもたちを追っているのだが、全く手がかりを掴めていない状況だ。
「あっ、彼、角曲がりますよ」
ルルネがそんなことを考えていると、ミアが小声でそう囁いてきた。
追っていた少年は道の角を曲がり家の影に消えていった。
「追うわよ」
「分かってますよ」
ルルネの短い言葉に同じく短い言葉で返すミア。
少し急ぎめに歩き、角を曲がると——
「居なくなってますね……」
「ええ。この時間じゃあどこにもいけないと思うのだけど」
やはり忽然と消えていた。
近くに入れそうな建物や入れそうな裏路地もない。
本当に神隠しにあったように消えてしまうのだ。
「どこへいってしまったのでしょうか……って、あれは?」
ミアはそう呟きながら、何かを見つけたらしい。
少し歩いて地面で光っている物を拾い上げた。
小さなバッジだった。
どこかの貴族の家紋に見える。
「これは……」
「いったん、どこの家の家紋か調べた方が良さそうね。おそらくこれは手がかりよ」
ルルネの言葉にミアも同意するように頷く。
ようやく手に入れた手がかりだ。
ここから真実を手繰り寄せていくしかなかった。
***
その日の午後。
二人はスラムに住む老人——通称長老に会いにいっていた。
彼がどんな過去を持っていて、どんなことをしてきた人物なのかは誰も知らない。
しかしずっと前からスラムに住み、スラムの人たちに様々な生きる知恵を与え、何故か凄まじい教養と洞察力を持っている、不思議な狼の獣人の老人だった。
彼に聞けばこの家紋がどの家の家紋なのかが分かるかもしれない。
二人はそう思ったのだ。
彼の住まう古びた小屋の前に立ち、扉をノックした。
「自由に出入りして良いと言っているだろう、お二人とも」
まだ扉を開けてもいないのに、自分たちが誰だか分かっているような口調で言った。
ルルネは扉のノブに手をかけて開けると言った。
「お邪魔します。なぜ私たちだって分かったんですか?」
「ふむ。……なぜだと思う?」
モジャモジャの白髭の奥で、いたずらそうな笑みを浮かべて長老は言った。
それに二人は少し考えた後、それぞれ答える。
「透視能力とか?」
「私は匂いだと思いますね」
二人の答えを聞いた長老は朗らかに笑いながら言う。
「ほほっ、ミアの方が惜しいかの。正解は匂いではなく足音じゃ。一人一人、足音は違う。重心の取り方、足の上げる高さ、身長や体重でも変わるな。まあこれは、儂が狼の獣人だから特別聴覚に優れているってのもあるじゃろうがの」
その言葉に二人は驚いたように目を見開いた。
確かに理屈はわかるが、その域に辿り着くまでどれほどのことがあったのか。
普通ならそんな特技を得ようとは思わないはずだ。
「心臓の音が重くなったの。不安、恐怖……いや、畏怖に近いかのぉ。そこまで怖がる必要はないと思うがの。別に取って食ったりするわけでもあるまい」
感情さえも言い当てられ、気が気でない二人。
不思議な老人だった。
しかし害意がないのは手にとるように分かった。
なんとか深い呼吸をすると、ルルネは懐からバッジを取り出して尋ねた。
「長老に聞きたいことがあります。——この家紋、見たことあったりしますか?」
「ふむ……貴族の家紋とな。これをどこで手に入れたのかは知らないが……これはアルベルト公爵家の家紋だの」
やはり知っていた。
そのことに二人は目を見合わせて頷き合う。
これで一歩前進した。
ミアは逸る気持ちを抑えながら長老に尋ねた。
「アルベルト公爵家というのがどう言った家なのか、ご存知ありませんか?」
「知っておるぞ、ふむふむ、もちろん知っておるとも。今さらこの家紋を見ようとは思わなかったが、古い時代から現在までよく知っておる」
何やら因縁があるらしい。
しかし触れない方が良さそうだと二人は直感で悟った。
長老はスッと目を細めると、二人に忠告した。
「その家には関わらない方が良い。自分たちをより苦しめることになる……が、それでも知りたいかの?」
脅すような口調だった。
しかし二人はしっかりと頷いて答える。
「はい。覚悟はあります。このスラムの人たちにはとてもお世話になっていますから」
「そうかそうか。ここは良き旅人を迎え入れることができたようじゃの」
先程までの脅すような感じはなくなり、朗らかな笑みとともに長老は言った。
それから話し始める。
アルベルト公爵家について。
「あの家はな、代々とある使命を掲げておる」
「使命、ですか……?」
「ああ、そうじゃ。獣人こそ至高、そしてその他の人類種は全て人ではない、という考え方を受け継ぎながら、獣人によってこの超大陸アベルを統一することを夢見ている」
その言葉を聞いた時、二人はゾッとした。
統一といえば聞こえがいいが、その他の人類種を人として扱わず、奴隷のように扱う、もしくは殺してしまってもいいとさえ考えている感じだったからだ。
以前、奴隷として扱われたことのある二人だから分かる。
そんな世界は間違っていると。
二人はスラムの人たちのお願いだから、そして子どもたちが心配だから神隠し事件を追っていた。
が、そんな話を聞いた以上、もう止まることは出来なくなってしまった。
「詳しくは知らないが、アルベルト公爵は今、何やら計画を進めているみたいじゃの。それに関しては情報屋のベンが詳しかったのじゃが……悲しいことにもういなくなってしまったの。彼のバーで働いていたウェイトレスのエリを訪ねてみるといいだろう」
そう教えられ、二人はエリについて長老に教えてもらった。
どうやら彼女は現在、姿を眩ませているらしい。
何者かに追われていると長老は言った。
まずはエリという少女を探してみることにする二人であった。