第十一話「マンドラゴラを採ってきました」
俺は要塞都市アルカナから出ると一直線に『魔の森』に向かっていた。
今回はかなり急がないといけないっぽいし……彼でも呼ぶか。
そう思って森の前に立つと、思いきり口笛を鳴らす。
すると『魔の森』の奥から物凄い勢いで何かが近づいてきて。
「お呼びか、我が主」
目の前に巨大なエンシェントウルフが立ち止まった。
こいつは魔物――というよりか妖精種になるらしい。
間違えて魔物として討伐しそうになったが、突然泣き出され、それから家来みたいになったのだ。
「ああ。マンドラゴラの生息している『嘆きの湖』付近まで頼む」
「承った。――今日はご褒美貰えるのだろうな?」
彼――カミアの言ったご褒美とはただのごく普通の銅貨のことだ。
金貨とか銀貨とかではなく、銅貨が欲しいらしい。
彼が言うには、この錆びた銅貨をピカピカに磨き上げるのが至高の時間みたいだった。
「ああ、今回は街に行ったからな、それなりに銅貨を持っているぞ」
その言葉にカミアの瞳はキラリと瞬いた。
「もう以前に貰った銅貨は全てピカピカにしてしまったからな。新しいのが欲しかったのだ」
このどでかい図体で銅貨を磨くという細かな作業を必死にしている。
その姿を思い浮かべるだけで笑い出しそうになるが、俺はいつも必死に堪えていた。
「くくっ……ま、まあ、早く行こう。今回は一刻も争う事態なんだ」
「そうか、了解した。ならば全速力で行く」
「……え? 全速力? あ、待って、それは勘弁――」
俺が言い終わる前にひょいっと俺をつまんで背中に乗せ、いきなり加速した。
うごごごごご。
こいつは速すぎるし、運転も荒いので、メチャクチャ酔うのだ。
俺の三半規管は間違いなくグチャグチャにされていた。
そして『嘆きの湖』には一時間ほどで辿り着いたが、俺はもうグロッキーになっていた。
普通に走ったら三日はかかっていただろうし、カミアには感謝しかないんだがな……。
この乗り心地の悪さだけはどうにかして欲しいと切に願っている。
「うげぇえええ……やっぱりこれには毎回慣れないな……」
「ふんっ、我が主は弱すぎるな。……三半規管だけは」
カミアは弱すぎると言った後、自分の失言に気が付き言葉を付け加えた。
まあ俺としては自分がそこまで強いと思っていないから、別にいいんだけど。
「さて、マンドラゴラを探すか」
「我はマンドラゴラの鳴き声が苦手だから離れたところにいるぞ」
「ああ、分かった」
マンドラゴラの鳴き声を聞いたら、普通に気分が悪くなるのは当然のことだ。
俺は慣れてしまったからいいけど、普通は不快に思うはずだった。
マンドラゴラのエキスは『緑化の呪い』だけではなく、他にも色々な病気に効くからな。
田舎村のルインが風邪をひいて倒れた時も、取りに来てたっけ?
「さぁて、どこにいるかなぁ」
普段はそこらの雑草にまぎれているから分かりづらい。
しかしマンドラゴラは甲高い音が嫌いなのだ。
――自分も甲高い鳴き声を響かせる癖にな、自分勝手が過ぎると思うが。
俺は持ってきていた鉄板に爪を立てて、ギィイイイイイと音を奏でた。
するとポンッと近くの雑草たちから一つ、飛び出してくる影があった。
それがマンドラゴラだ。
そいつはキョロキョロと音源を探すようにあたりを見渡している。
そして俺が音を出していることに気が付くと、敵対心を向けてきた。
マンドラゴラ自体はあまり強くない。
ただ死んだときの鳴き声が危険なのと、すばしっこくて逃げられることくらいが難点だった。
俺は剣を取り出しながら駆け出す。
するとマンドラゴラも逃げ出す。
まあ俺のほうが圧倒的に速いから、すぐに追いついて一刀両断にしてやった。
途端にマンドラゴラの鳴き声が森中に響き渡る。
うっせぇな、おい!
やはりいつ聞いても不快な音だ。
こうなった場合、その音が鳴き止むまで待たないといけない。
うーん、めんどいよなぁ、これ。
それから十分ほども鳴き続けたマンドラゴラだったが、ようやく鳴き止んだ。
「よしっ、帰るか」
俺はマンドラゴラの死体を手に、再びカミアのところに戻った。
カミアは少し不機嫌そうに立っている。
「ここまで鳴き声が聞こえたぞ。もう少し離れたところでやってほしかったものだ」
「すまんすまん。ともかく早く帰るぞ」
そして俺は再びグロッキーになりながら要塞都市アルカナに戻った。
――オロロロロロ。
うぃー、マジきついって。
二日酔いになった気分だ。
そして森の前で存分に吐くと、俺は疲れ切った表情でカミアに言った。
「ほら、銅貨だ。ありがとな、カミア」
「ああ、我が主のためだ。これくらいは構わん」
それだけ言うとカミアは再び森に帰っていった。
俺はフラフラとした足取りで街に戻った。
すると、ちょうど街を出ようとしていたルルネと出会う。
「どうしたんですか、アリゼさん!? 酷い表情をしてますよ!」
まあそりゃあ、あんな荒運転に付き合わされちゃあ、グロッキーになるってもんよ。
俺は立っているのもつらくなって、ルルネの前で情けなくぶっ倒れてしまうのだった。
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