第百九話「披露と賞賛」
リンネさんの言葉によって、芸の披露が始まった。
どうやら合格した順に披露するらしく、最初は光とダンスを組み合わせた人が披露することに。
「……平民どもの芸なんて大したことないはずなのに、リンネ様は何を考えていらっしゃるのだろう?」
「さあ? まあリンネ様は変わった人だからな。またちょっと人とは違うことをしてみたくなったのかもしらん」
近くでワインを傾けていた貴族たちがボソボソとそう会話する。
その言葉に俺は思わず顔をしかめるが、ジン君はただひたすらに壇上を見ていて、その会話に気づいてすらいないようだった。
「さあ、初めてくれ!」
リンネさんの言葉に、芸が始まる。
光の魔法と動きの大きいダンスの融和はとても華やかで煌びやかだ。
さっきまで小言を言っていた貴族たちも、ポカンと見惚れていた。
そしてその芸が終わった瞬間、割れんばかりの拍手が会場に響いた。
それほどまでに新鮮で素晴らしい芸だったのだろう。
「素晴らしい芸をありがとう! 私は感動したぞ!」
そう言ってリンネさんはダンサーの手を握った。
それをダンサーは表情を変えずに握り返していた。
……いや、よく見てみると、少し表情は変わっているか。
口元が緩んでいる。
「さて! 次はジン! 同じくらいの素晴らしい芸を見られることを期待しているぞ!」
そうしてジン君の出番がきた。
チラリとジン君の方を見ると、その顔はまっすぐ前を向いていて、覚悟を決めた表情になっていた。
「行きましょう、アリゼさん」
「ああ」
俺はジン君の言葉に短く答えて頷くと、一緒に壇上に上がった。
それを見たリンネさんがこう尋ねてくる。
「おおっ、おぬしらは二人でやるのか」
「はい」
短く答えて頷くジン君。
そんな彼の顔をリンネさんはチラリと見ると、かすかに口角を上げた。
「そうだ、言い忘れていたことがある! この芸で一番優れたものを披露できたヤツには、特別に私の直属にポジションを用意しよう!」
「…………え?」
それを聞いたジン君は今度こそ大きく驚いて、リンネさんの方を見た。
リンネさんはいたずらが成功したような、ニヤついた笑みを浮かべている。
「だから、芸を披露する人たちは、精々頑張ってくれたまえ! さあ、始め!」
そして心の準備が整う前に開始の合図をされてしまった。
慌てふためいたジン君は、演奏を始めるが、緊張しているのと突然の情報にうろたえているので、細かいミスが多かった。
俺はなんとかそれに合わせて舞うが、やはり上手く合わない。
「……今回は期待外れか」
「まあ、さっきのが特別良かったんだよ」
「平民なんてこんなもんよな」
そんな声が聞こえてくる。
先ほどリンネさんがフォローしたことも、もうこの人たちは忘れているみたいだった。
ジン君の方を見ると、強く歯噛みしている。
……そろそろ、大盛り上がりのパートに入るけど、大丈夫なのだろうか。
そんなとき――。
「こんなヤツがリンネ様の隣に立つだなんて、おこがましいにもほどがあるな」
ぼそりと、そんな声が聞こえてきた。
なんともなしに呟かれた言葉なのだろう。
だが、それでジン君の心に火がともった。
激しく、もっと激しく。
大げさに、人の心を動かすように。
汗が散る。
息が上がる。
それでもこの音楽が途絶えない限り、俺は舞う。
ジン君の夢を、そして村人たちの夢を叶えるために。
美しく、大きく、舞う。
「はあ……はあ……」
気がついたら、演奏が終わっていた。
俺はふっと剣を一振りして、短く息を吐く。
静かだ。
そう思った直後、割れんばかりの拍手喝采が鳴り響いた。
先ほどよりもよほど大きい。
リンネさんが登場したときと同じくらいなのではないだろうか。
「とても素晴らしかったぞ! 最初はどうなるかと思ったが、最後の演奏と舞いは人生で一番心を動かされた!」
感激した様子のリンネさんが近づいてきて、ジン君の手をそう言って握った。
握られた瞬間、ジン君の顔が真っ赤に染まり、視線が泳ぎ始める。
「あっ、あっ、ああっ、ええと、その……!」
「なあに、緊張するな! 前に何度も遊んだではないか!」
「でも、それはリンネ様が王女様だって知らなくて……」
ゆでだこになったようなジン君を、リンネさんは優しく抱きしめてこう言った。
「ありがとう。私のためにここまで来てくれたのだろう?」
その言葉に、ジン君はしばらく視線を泳がせた後、観念したように頷いてこう言うのだった。
「…………はい」