第百八話「王女の弟」
「私がリンネである! 今日はみな、私のために集まってくれてありがとう!」
その言葉と同時に拍手喝采が起こる。
地割れが起きそうなほどの大音量だ。
リンネさんの人望の厚さというか、カリスマ性が見て取れた。
「さて、みなが気になっているであろう、芸のほうは中盤に取っておくとして、今はみなで食事を楽しもうではないか! かくいう私も、芸の方はとても楽しみにしていて、ソワソワしっぱなしなのだがな!」
そう言ってリンネさんは朗らかに笑う。
その言葉のおかげで、芸を披露するために呼ばれた俺たちが表立って嘲笑されることはなくなった。
俺たちを嘲笑するってことは、それを楽しみにしていたリンネさんもあざ笑うことになるからな。
流石は魔族の女王様だ。
伊達に実力主義の世界で成り上がって、荒くれ者が多い魔族たちを取り纏めているわけじゃない。
「ほら、食った食った! 私も色々と食わせてもらうからな!」
パンパンと手を叩き、そう言うリンネさん。
それでみなリンネさんの方に注目していたのが、自然と食事に注意が行くようになった。
それから談笑が始まる。
まあ貴族が多いからか、どこか腹に一物を抱えているような会話が多く聞こえてくるが。
相手のことを見定めるような会話が多かった。
そんな中、俺たちにこっそりと話しかけてくる少年がいた。
先ほどの晒し上げを見ていたはずなのに、勇気のあることだと思った。
「あのぉ……もしかしてジンさんですよね?」
オドオドした感じの少年だ。
その少年を見たジン君は思わずといった感じで目を見開く。
「ルーク様……?」
「あっ……はい! 覚えていてくださったんですね!」
ジン君の言葉にその少年はぱあっと目を輝かせた。
「そりゃあ、もちろん覚えていますよ! 僕に楽器を教えてくれたのは、ルーク様なのですから!」
「それなら良かったです。……審査の時の演奏、とても良かったですよ。まあまだ、思い切りが少し足りない気もしますけど……」
最後の方は自信なさげにそう言うルーク。
ルークって確かリンネさんの弟だったよな。
わざわざ話しかけに来てくれたのかな?
「思い切り……そうですね、確かに僕に一番足りないところ……」
ルークの言葉に顎に手を当てて考え始めるジン君。
確かにジン君の演奏は繊細なのだが、思い切りというか、勢いみたいなのが足りない。
それは俺の剣舞と合わせている時に感じていたことだ。
前にアーシャがルークの審美眼は厳しいと言っていたが、間違いではなさそうだ。
しばらくジン君は考えた後、一つ頷いて言った。
「ありがとうございます。ルーク様にまた助けられてしまいました」
「いっ、いえいえ! 僕はただ、お姉ちゃんの誕生日会を素晴らしいものにしたいだけですからっ!」
ルークはそう謙遜するものの、嬉しいのか口元がニヤけていた。
年齢的にはおそらく10歳前後だからな。
そりゃあ、嬉しくなったら顔に出ちゃうのは仕方がないよな。
そのとき、再びリンネさんが壇上に上がってこう言うのだった。
「これよりお待ちかね、芸を披露してもらおうと思う! みな、自信を持って挑んでほしい!」