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第百四話「宿屋の事情」

「あっ、お客さん! こっちこっち!」


 昼寝から起床して夕食を食べに宿の一階に降りてくると、宿屋の女の子がテーブルの近くで手招きをしていた。

 そこには懐かしの向こうの大陸の料理がいくつも並んでいた。


「おおっ! 最近はずっとこっちの大陸の食べ物ばかりだったから、懐かしいな!」


 それを見て俺は思わず感嘆の声を上げる。

 こっちの食べ物もおいしいんだが、エルフの料理は薄味だし、ドワーフの料理は味が濃いし、魔族の料理は大雑把だ。

 ちょうどいい感じのがなかったんだよな。


「へへっ、人族の人が来たっていったら、お母さんが張り切って料理たくさん作っちゃって」


 宿屋の女の子がそう言うと、奥からガタイのいい女性が出てきた。

 顔に傷があり、かなり歴戦の猛者って感じがする。


「おう、お前さんか! 人族の客人ってのは! がははっ、久しぶりの同族って聞いて張り切っちゃったぞ!」

「ありがとうございます、久しぶりに向こうの料理を食べられます」


 豪快に笑う女性に、俺は頭を下げる。

 ジン君は机の上の料理を興味深そうに眺めていた。


「そうだろうそうだろう! あっちにはなかなか帰られないからな! 料理が恋しくなったら私に言えよ!」

「そういえば、どうして魔族領で宿屋なんてやってるんですか?」


 ふと気になって俺は尋ねる。

 あっちにはなかなか帰られないのと同様、こっちにもなかなか来られない。

 こっちに来る船は、ニーサリス王国のハルカ王女とアルカイア帝国のレーア辺境伯令嬢に協力して作ったものだからな。

 なかなか資金とコネがないと作れないものなのだ。


「ああ……その話か。それは単純に転移トラップに引っかかったのさ。向こうでは冒険者をしていてね、夫と迷宮に潜っているときに私だけ転移トラップを踏んじまってさ。その頃にはすでに腹の中にこの子がいたから、夫との繋がりはこの子だけになっちまったがね」


 少し寂しそうに女性が言った。

 大陸を渡る転移トラップなんて迷宮にあるのか。

 魔王もルルネたちをこっちの大陸に転移させたのだから、理論上は可能なのだろうけど。


「……俺はこっちに飛ばされてきた人たちを探しに来たんです。みんな見つけたら、また向こうの大陸に戻ると思うんですけど、二人くらい増えても大丈夫だと思います」


 俺が言うと宿屋の女性は少し考え込んだ。

 それからゆっくりと口を開く。


「誘ってくれるのは嬉しいが、こっちでも友人やら知り合いやらができちゃってね。この子も魔族の友達しかいないし、向こうに戻りたいとは思うけど、少し考えさせてくれないか?」

「それは構いませんよ。答えが出たら教えてください」


 その話は終わり、俺たちは机の上の料理に手をつけ始めた。

 うん、凄く懐かしい味だ。

 思わず涙が出そうになる。

 ジン君もその料理を食べて驚き目を見開いていた。


「……美味しいですね。凄い繊細というか」


 確かに魔族の料理は大雑把だからな。

 調味料ガツン、お肉ガツン、油ガツン、みたいな料理ばかりだ。


 それからひたすらにその料理を食べて、明日に備えるのだった。



   ***



 次の日。

 誕生日会の出し物をやる人を集め、一斉に審査をする日だ。

 ジン君は一番得意な弦楽器を手に緊張した表情をしている。


「大丈夫ですかね……?」

「絶対大丈夫とは言えないけど、ジン君の演奏は魅力的だし、俺だったら間違いなく採用するくらいの腕はあると思うよ」


 不安そうにしているジン君に、俺はそう言った。

 それを聞いて、ジン君は少し表情を緩める。


「アリゼさ〜ん、ジンく〜ん、いますか〜?」


 準備をちょうど終えた頃、宿の一階からそんな声が聞こえてくる。

 アーシャの声だ。

 俺たちは一階に降りていき、待っていたアーシャに声をかけた。


「アーシャ、どうしたんだ、こんなときに」

「いえ、純粋にジン君がどんな出し物を用意するのか近くで見てみようかなって」

「なるほどね。アーシャはリンネさんと一緒の参加じゃないのか」

「はい。そもそもリンネさんは今日は参加しないので。審査するのはリンネさんの弟さんですよ。まあ彼は照れ屋なので表には出てこないみたいですが」


 へぇ。

 リンネさんにも弟がいるんだ。

 そう以外に思っていると、ジン君が聞いた。


「それってもしかして、ルーク様ですか?」

「ええ、ルークさんですね。彼の審美眼はなかなか厳しいらしいですよ」


 アーシャの言葉にジン君は考え込む。

 どうしたのかと思っていると、ふとジン君が呟いた。


「僕は……ルーク様に誘われて、楽器を始めたんです。あの日、あのとき、リンネ様と出会った日に」


 そうだったのか。

 なかなかいろいろな縁がつながっているな。

 そう思わず感心する。


 それから俺たちは朝食を食べ、準備を整えると、審査の会場に向かうのだった。

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