第百一話「旅は道連れ」
「宴、楽しかった。近く来たらまた寄るよ」
「おう! 元気でな! それとジンのこと、頼んだぞ!」
村に来てから二日後の朝、俺とジンは村を旅立とうとしていた。
俺の別れの挨拶にビーガルが代表して返してくる。
「ああ、ジンがリンネさんに雇ってもらえるよう、俺も尽力するよ」
「助かる。そいつに幸せになってほしいのは、村人全員の総意だからな」
俺がはっきりと頷いて言うと、ビーガルはそう言ってから右手を差し出してきた。
俺はその右手をしっかりと握り返す。
「それじゃあ、また」
「ああ、またな」
そのやりとりの後、今度はビーガルはジンの方に向き直った。
「ジン。おめぇはもうこの村に帰ってくるんじゃねぇぞ。絶対、王都でリンネ様の元で幸せになれよ」
「……はい。今まで、ありがとうございました」
涙をこらえながらジン君は言った。
ビーガルも震えそうな声を必死にこらえている。
彼の後ろで見守っている村人たちの中には、大泣きしている人もいた。
そして、俺たちは村に背を向けて歩き出す。
遠ざかっていく村人たちの声。
一切振り返らずに歩いて、森を抜けて草原に出た。
「もう見えなくなりましたね……」
ポツリとジン君は言う。
どこか寂しそう口調だった。
そりゃそうか。
ずっと暮らしていた故郷を離れるのだから。
大切だった村人たちとの別れなのだから。
でも、ジン君は、それでも前を向いていた。
村の方を振り返ろうとしなかった。
それは彼なりに、村からの、そして過去からの脱却を意味しているのだろう。
「さて。ここから王都までは四日ほどだっけ?」
「はい、そうですね。一度、途中の街に泊まるので、実際には五日はかかるんですけど」
俺の問いにジン君は頷いて答える。
そうして俺たちは王都に向かって歩き出すのだった。
***
三日後、あまりジン君の負担にならないように気をつけながら、野営で夜を越しつつ草原を歩き、ようやく王都手前の街に着いた。
その間、どうやってリンネさんと近づくかとか、どういう感じで雇ってもらうかとか話し合ったが、何一つ思い浮かばなかった。
一番良さそうなのはやっぱり演奏だが、宮廷音楽家ともなれば、もっと才能ある人が居てもおかしくはないだろう。
ジン君の演奏は素晴らしいと思ったけど、俺には全く音楽の知識も聞き分ける才能もないので、彼が演奏だけで雇ってもらえるか分からなかったのだ。
「すごい人ですね……!」
ジン君は村から出たことがなく、街の雰囲気に圧倒されていた。
あの辺境の村から突然都会に来たら、そりゃ驚くよな。
キョロキョロとお上りさんみたいに辺りを見渡すジン君に、俺は苦笑いを浮かべた。
「でも王都の方がもっと人が多いんじゃないか?」
「確かにそうかもしれません……。なんだかワクワクしてきますね」
そして俺たちは大通りを歩きながら宿を探す。
しばらく歩いていると、街の掲示板らしくところに人だかりができていた。
「あれ、なんでしょうか……?」
「ちょっと気になるな。寄ってみるか」
まだ昼時だし、宿を探すのも焦る必要はない。
俺たちは興味をそそられて掲示板の方に寄っていった。
近づくと、人だかりから様々な声が聞こえてくる。
「リンネ様の誕生会を盛り上げる人、募集だってよ」
「盛り上げる人って何だよ」
「あれだろ。一発芸とか、演奏とか、そういうやつだろ」
「お前、一発芸得意だったろ。行かなくていいのか?」
「いやいや、行くわけないだろ。あんなので王女様の誕生会に出てみろ。赤っ恥かくだけだぞ」
……なるほど、誕生会が近々あるのか。
それで盛り上げる人か……。
俺はジン君と目を見合わせる。
「これ、いけるんじゃないか?」
「そうですね。有りかもしれません」
これにジン君の演奏で出演してみる。
まあ駄目かもしれないけど、こんなチャンスは逃すわけにはいかない。
とにかくやってみなきゃ夢はつかめないのだ。
「ちょっと不安ですけど……応募してみようと思います」
「そうこなくっちゃ! それじゃあ早速、審査のために準備して特訓するか!」
どうやら誕生会に出られるのは、審査を通った一部の人間らしいからな。
そりゃそうだが。
ジン君はひとまず、この審査を通らなければならない。
そのために俺たちは大慌てで宿に部屋を取り、街で楽器を探そうと宿から飛び出るのだった。