第百話「やりたいことをやれ」
大喝采だった。
ジン君の演奏を聴いた村人たちは、拍手喝采を彼に送った。
酔っ払い、場の空気が明るいってこともあるだろうが、みな心からジン君の演奏に感謝と感動を伝えていた。
村人たちの中心で、ジン君は照れたように頭をかいている。
ここまで注目を浴びた経験がないのだろう。
そんな彼にビーガルが近づいていって、優しく頭を撫でた。
「おめぇさん、いつの間にこんな演奏が巧くなったんだ?」
「森でウチェットに聴いてもらってたんだ」
「ほお、そうかそうか。それは良かったなぁ。素晴らしい演奏だったぞ」
ビーガルの言葉に村人たちもそうだそうだと声を合わせる。
しかしビーガルは、ふと真面目な表情になると、こう尋ねた。
「だが、なんでいきなり演奏したんだ? おめぇさんはこう……あんまり目立ちたがらないだろう?」
「ええと……恩返ししたくて、演奏して盛り上げればみんな喜んでくれるかなって」
ジン君の言葉に再び喝采が起こる。
嬉しかったぞ! とか、最高だったぞ! とか、村人たちが叫んでいた。
だがビーガルだけは少し難しそうな表情をしていた。
あの脳筋の権化みたいな人がこんな表情できるのかと俺は少し驚いた。
「恩返しねぇ……。俺たちは恩を返してほしくてジンの世話をしているわけじゃねぇんだがな」
「でも……」
「その気持ちは嬉しいし、ジンの気持ちもよくわかる。しかし俺たちの願いはおめぇさんが幸せになることだ」
まっすぐな言葉。
純然な気持ちをストレートに表現するビーガルに、全く関係ない俺まで心動かされそうになる。
その言葉を直接受けたジン君は、衝撃を受けたような表情で固まった。
「幸せになること……」
「ああ。おめぇさん、なにかやりたいこととかないのか?」
ビーガルに聞かれてジン君は考え込んだ。
そしてポツリと小さく呟く。
「やりたいこと。……リンネ様にもう一度会いたい。そして彼女の隣に居たい」
リンネ。
誰だろうと思っていると、ビーガルが少し驚いたように言った。
「リンネ様といやぁ、魔族の王女様じゃねぇか。確かに以前、彼女らが道に迷ったときにこの村で一週間ほど過ごしていたが」
魔族の王女様か。
ってことは、彼女が本物の魔王ってことになるのか。
でもなんでリンネ様とやらの隣にいたいのだろう?
「僕は……あのとき、本当に絶望していました。父も母も死に、心臓の病気でろくに働けない。目の前が真っ暗になった気分でした」
「……そうだったな。リンネ様が来たのはちょうどおめぇのおやっさんたちが死んだ頃だったな」
「そのとき、リンネ様に教えてもらったんです。未来は自分で掴むものだと、苦しみを耐え続ければ、いつしか未来は開けるのだと」
懐かしそうに、大切な思い出を語るようにジン君は言った。
彼にとって彼女の言葉はとても大事なものだったのだろうな。
「確かにリンネ様は自分の力で王女の立場を手に入れたお人だからな。説得力もある」
「そうなんです。でも彼女は良くも悪くも実力主義です。僕が彼女の隣に立てるとは思えません」
きっぱりとジン君は言った。
もうその思いは断ち切っていると言いたげな、そんな口調だった。
そんな彼に、ビーガルは優しい口調で諭す。
「……ジン。おめぇはさっき自分でなんて言った?」
「…………え?」
「おめぇ、さっき、未来は自分で掴むものだって教えてもらったって、そう言ったよな? 苦しみを耐え続ければ、いつしか未来は開けるのだと、そう言ったよな?」
ビーガルの言葉にハッとジン君は目を見開く。
「そうか、そうだったのか……。僕も、僕でも彼女の隣にもしかしたら……」
上の空でジン君は呟く。
そして俯いていた顔を上げ、ビーガルの方を見る。
「ビーガルさん。村のみんな。僕は恩をみんなに返したい。そして恩を返すことが僕の幸せだというのなら、僕はリンネ様のところに行くよ。彼女の隣に立てるように、頑張ってみるよ。もうクヨクヨしてた自分は捨てます。心臓の病がなんだ、僕はやりたいことをやる」
割れんばかりの喝采だった。
先ほどよりもよっぽど大きな歓声だった。
村のみんなは泣いている。
俺もいつの間にか泣いていた。
なぜ泣いたのか。
どこに心を動かされたのか。
それを言語化するのは難しい。
でも、確実に、俺はジン君の言葉に心を震わせていた。
こうして村人たちの宴は朝を迎えていった。
朝日が上り、村に日差しが差し始めた頃には、みな二日酔いと寝不足で死んでいた。
そんな中、ジン君は晴れやかな顔で爽やかな音楽を奏でるのだった。