残火の竜 5
枯れ森を暫く進むと様子が変わってきた。
「苔・・か」
呟くヨイチ。
この乾燥した火の力の強い環境で、地面と木の幹に淡く光る苔が張り付きだしていた。
臭いも乾いた土と木の臭いから、湿った森のような臭いに変わっている。
「対策いるな」
私とヨイチはウェストバッグから抗生剤とゴーグルとマスクと耳当てを取り出し、服用して身に付けた。
物理的な範囲の毒物計測器も取り出す。
「毒性は・・無い、か? むしろ乾いた木々が活性化してる」
苔の影響範囲の木々は青々と太く生え、葉や実、花を付けだしていた。そんなワケがないのに。
ヨイチは腰の左に差している狩り手の補助武器、竜角小剣を抜いて魔力を込め不可視の刃を少し拡大させ、手近な光る苔にまみれた木の幹を軽く斬り付けた。
「っ!」
斬り痕は見る間に伸びた発光する菌糸のような物に覆われて再生した。
「こりゃ凄ぇ。意思は働いてない感じだけど・・」
「人と竜の気配がする。願いによって変質した子供の誰か、あるいは全員か?」
嫌な想定だ・・
「病気の子供もいたが、全員かぁ? 少なくとも1度は段階を踏んで願ってるのも気になるぜ」
弱った者からつけ込まれる物だが、子供の集団というのが目も当てられない。
「ヨイチ。状況を確認、対処後に苔の浸食エリア全体を竜の汚染物とみて焼却しよう」
「これは治療に使えるぜ? 本部の技官が知ったら舌舐りもんだ」
「ダメだよ。ほぼ確定で人の子の一部だし、竜の一部とも言える。交戦の結果焼失。本部にはそう報告しよう」
妥協すれば我々は竜に与する側に刷り代わりかねない。
「・・固いな、キリヒコ。ま、しょうがないか」
ヨイチは肩を竦めて竜角小剣を鞘に収め、私達は見違えて青く色付き苔むした枯れ森の奥へと進んでいった。
・・完全に光る苔に呑まれた、枯れ森奥の集落跡にまで来た。苔を深雪のように踏み通せる。定期的にマスクと耳当てのフィルターと靴に魔力を通して、苔の侵入を防ぐ必要がある程、濃厚な、苔の空間。
そして、その主は悠々としていた。
「狩り手だよね? こっち先に来るんだ。もうオレ、願いなんて無いのにっ。ふふっ」
一際強い光を放つ苔の小山が3つあり、その前の長椅子状にした苔の台座に、人と竜の中間のような子供がリラックスした様子で座っていた。顔に、涙のような赤い紋様もあった。
「探索屋の写真の面影がある。アズヤクだな? 何を成したかはもう問わない。汚染の範囲が拡大している。竜の力を得た君も、進化は止まらないだろう。君達を、滅ぼさなくてはならない」
私とヨイチは無詠唱でそれぞれの狩り手の武器に炎の力を宿した。
「見て見て、これがドーナツで、これはチュロス、こっちはマシュマロ、これは、シュークリームかな?」
竜人となったアズヤクは苔を操って、菓子に見立てたらしい物を次々作って、それを食べだした。
「もむもむ・・んぐっ。美味しいなぁ!」
身体に入った光る苔はアズヤクに吸収され、一瞬体内から透かすように光った。
「キリヒコ、森の木と同じだ。共生状態だぜ? 半端は効かない」
「わかってる」
手加減を牽制されて私は少しイラついた。
「・・ここは、オレの家なんだ。家族と暮らしてる。皆、死ぬはずだったけど、今はオレといる。ずっとだ! オレ達から家と家族を奪おうとするヤツは」
突如、苔の地面の中から猫の魔獣と虫の魔獣が飛び出したっ!
「絶対許さねぇっ!!」
アズヤクは熱線を吐き、猫の魔獣は飛び掛かり、虫の魔獣は毒気を撒き散らした。
熱線を避け、私は槍の炎で毒気を焼き払った。ヨイチは猫の魔獣の喉元を正確に炎の矢で射貫いて吹っ飛ばした。
猫の魔獣はすぐに燃える矢を引き抜いたが、焼け焦げた傷口は苔の力で簡単に再生した。
虫の魔獣が威嚇し、アズヤクは翼で飛び上がった。
「オレ達死なないよっ? あははっ!」
「ヨイチ、あの子は私が倒す。他の2体、いや2人を頼む」
「レミィちゃんとジョビ君だっけか? 了解っ!」
「風よっ、雷よっ!」
私は炎の力を解除し、槍に2つの力を宿し、旋風で浮き上がり、雷を穂先に溜めた。
上空のアズヤクを追うっ!
「なんにも手に入らなかったんだっ! 家とっ! 家族くらいっ! オレに来れよっ!!」
火球を次々と使って放ってくるアズヤクっ。私は槍でカマイタチを放って打ち払う。
「君はその機会を手放してしまったんじゃないか? 決して救えないモノを提示してくる。竜達のよくやる手口だっ!」
「うるさいっ、パニオが許してくれたっ! リンゴも受け入れた。ノモも楽しそうだったし、レミィやジョビだって! いい思いしてたんだよっ。オレの番だってっ、・・くっ。オレにだって! いいことあってもいいだろっ?!」
アズヤクはさっきとは比べ物にならない強力な熱線を吐いてきた! 竜、その物だっ。
風では防げない、その破壊の光を私は烈風に乗って回避して突進する。
「セェアッ!!!」
竜人となって尚、小さなアズヤクの胸部に狩り手の槍を打ち込んだ。
「がぁふぅっ?!!」
吐血するアズヤクに動じる心を抑え込み、私は溜め続けた槍の雷を解放した。
バリィイイイィッッッ!!!!!
「ギャアンウゥンッッッ!!!」
絶叫して体内から焦がされ、苔の力も全て電撃に焼き尽くされるアズヤク。
「悪い、夢を見たな。アズヤク」
「違うっ、オレが、決める・・一番、楽しかった・・」
アズヤクは崩れ、塵となって風に消えた。
「・・・」
地上では、ヨイチがまず土の矢で発生させた岩の槍でレミィとジョビを縫い付け、雷の矢で止めを差していた。
私は地上に降りた。
「後はこの苔の子達か・・ただ生きてるだけってのも」
「炎よ」
私はヨイチが言い終わらぬ内に、槍の炎でリンゴ、パニオ、ノモと思われる苔山焼き払った。
「オイ~っ。キリヒコぉ、躊躇しようぜぇ? 一応悩んでます、ってポーズでもさぁ。しんどくなっちまうぜぇ?」
「・・森の苔を全て焼く。火勢が足りない。ヨイチ」
「へいへい。・・その前に携帯ボンベ、マスクに付けよう。大気石、持ってるか? キリヒコ」
「ああ」
私達はウェストバッグから取り出した、空気を出す大気石を仕込んだ小型ボンベをマスクに付け、作業に当たった。
苔達は何も反応しなかった。ただ焼かれるばかりだった。
一通り焼き払った後、ブーストウェポンで消火もして枯れ森の入り口の祓い所まで戻ると、ヤッポとマヌカの他に探索屋のベイウー隊の者達が来ていた。
率いているのは大男のベイウーではなくNo.2のイーダンだった。イーダンは返り血を浴びていた。
「・・ヤッポ、マヌカ。終わった」
「お疲れでやしたね」
「ヨイチ、気にするな」
「してねーし」
私はイーダンに向き直った。
「消火はしたが、残り火や、再生する苔の汚染物がまだあるかもしれない。後処理を頼めるか?」
「勿論だ。我々の不始末でもある。責任を取ってベイウーは先程自決した」
「自決にしちゃ返り血浴びてる人、多くないかぁ? ダイナミックな自決だなぁ?」
確かにイーダン他、腕利きとみられる者8名程が返り血を浴びていた。私刑、だろな。評判の悪い男ではあったが。
「ヨイチ」
「へっ」
「・・御悔やみ申し上げる。加えて、領分違いではあるが、連戦になって我々も消耗している。これから行う竜狩りの、下準備に少し手勢を貸してくれないか?」
「身体の利かない者達と、子供達でよければ」
よくはない。
「わかった。恩に着る。早速段取りを組みたい。ヤッポ、地表図を」
「合点っ」
思う所はあるが、可能な条件で挑むしかない。何より、事態を招いたであろう残火の丘の竜には相応の報いがあって然るべきだ。必ず!