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残火の竜 4

夜、荷物を纏めてレミィとジョビと一緒にオレは野営地から抜け出そうとしたが、木の陰にイーダンがいた。


「様子がおかしいとは思っていた。逃げるのか?」


油断の無いイーダン。隊のナンバー2。顔がいいけど優秀だから娼館に売られなかった。

オレはレミィとジョビを後ろに庇ってナイフを抜いた。手が震える。


「刃に毒が塗ってある。邪魔しないでくれっ、イーダン!」


ああ、イーダン! なんでオレは子供なんだっ? お前と逃げたかったっ。


「・・ベイウーは執念深く、顔も利く。逃げるなら2つ以上離れたテリトリーへ逃れるといい」


「見逃してくれるのかっ?!」


「ここでお前達を吊るし上げることになると、離反者が返って増える」


この隊が長く続くとは思っていないはずなんだけどな・・


「2つ忠告する。1つ、次に見付けたら見逃すことはできない。2つ、逃げるなら逃げることのみに集中しろ。わかるな? アズヤク」


「・・うん」


オレはまごついた。


「アズヤク」


「早く行かないと」


レミィとジョビが戸惑っている。


「・・じゃあ、さよなら」


「行け」


オレは涙を拭って、レミィとジョビと共に霧深い森の中に駆け出した。



薄ぼんやりとした、夜光灯(やこうとう)を1つだけ点して夜の森の中を走る。

夜光灯は大半の魔物が上手く認識できない。認識できる魔物も限られているので対処しやすい。

遠目には、人の目につき難く、見に止めてもそれが夜光灯なのか魔物によるものなのか雲界の環境から生じたものなのか? 区別がつき難い。

オレは鍛えてるから夜目が利くし、レミィとジョビは血統的に暗くても見え易い。夜光灯1つで十分視界を確保できた。

ルートも全てわかってる。命懸けで覚えたオレ達のテリトリーだから。と、


「うっ、痛ぇ・・」


ジョビが片手で頭を抑えだした。


「また頭痛か? ジョビ」


「ごめん、アズヤク。ちょっと休ませてくれ・・」


オレは頭の中で地図を展開してルートを取り直した。

祓い所に来ると、火は灯せないけど毛布にくるませて有り合わせの薬を飲ませて眠らせた。レミィも身体が少し痛むというので眠らせた。


「・・・」


夜光灯の頼りない明かりを見ながら、オレは2人の苦しげな寝息を1人で聞いていた。何も上手くゆかない。なんでだろう?


『猫の方は持ってあと2日だな』


「っ!」


念話(テレパシー)っ!


(竜かっ?!)


『他に誰がいる? 小さなアズヤク、お前を助けるのは我だけだ』


(オイサのおっちゃんを殺したなっ?!)


『ククッ、結果的に死んだが、捧げられた物以上は取っていない』


(クソ竜めっ!)


『酷い思考だ。それよりいいのか? 猫は頭の血管を痛めている。ガイタの治療院の飲み薬や塗り薬、温泉では治らんぞ? 頭の手術ができる医院のある大きな郷まで、何日掛かることやら・・ククッ』


(また願いを叶えさせる気かよっ?!)


『勿論だ。今の脆弱な姿では狩り手に為す術が無い。我も必死なのだ、アズヤクよ? ククッ』


オレは必死で考えた。心を読まれたって構うもんかっ。


(・・レミィの身体はどうなってんだ?)


『虫の血を、人の身体が拒絶しているな。半年もすればこの子供は死ぬか、虫の魔物に変わるであろう。医術で治せない。治療に長けた魔術師を探す必要があるが、我の感知の及ぶ範囲でこの地に見当たらぬな。クククッ』


(わざと、この2人を連れて来させたな)


失敗だ! 失敗したっ!!


『友達をな、お前達が友達と呼ぶ物をな、助けてやろうと言っている。機会を利用しろ、アズヤク』


(・・助けられるのか?)


『親しいだけの者ならば数名、代わりの無い特別な者ならば1人、我に捧げよ』


色んな顔と思い出が浮かんだ。悔しくてたまらない。コイツ遭わない方が、マシだったと、言い切るだけの生き方が、オレに、無い。


(隊にはもう迷惑掛けたくない。父親を、オレを棄てた父親を、お前に、やる)


『受領した。お前も見るがいい。小さなアズヤク』


(やめろっ!)


父親の、何年ぶりだろう? あのクソッタレっ。姿が見えた。見させられた。部屋だ。質素だけど、清潔そうで、ストーブの点いた、レコードまで掛けてる、家。

若い人間の女とのんびり何かの茶を飲んでいた。手作りっぽいパイ菓子を食べてる。

近くにベビーベッドがあって、赤ん坊が眠っていた。ふくふくと、健康そうな頬っぺた。何も心配を知らない顔。

と、父親が突然心臓を押さえて苦しみだし、そのまま倒れ、死んだ。

若い女は驚いていたけど、すぐ死んだ父親に駆け寄り、泣き出した。そこで見させられていた音の無い映像が途切れた。


「ははっ・・」


オレは嗤って泣いていた。


『我を復讐に利用したな? まぁいいだろう。猫と虫の子供の身体は既に治した。そして我も』


今度は残火の丘で2階建ての家くらいの大きさになって魔方陣を破って吠えて、炎を放つ竜の姿を見させられた。


『小さなアズヤク。やはり、お前とは上手くやってゆけそうだ。ククッ。最初の願い、まだ叶っていない。料理人の命、無駄にするものではないぞ・・』


竜の気配が頭の中から去っていった。


「・・くっ!」


オレは毒塗りのナイフを自分の喉に突き立てようとしたけど、できなかった。


「オレは、化け物だっ。うっ」


オレは泣き、祓い所の端にゲロも吐いた。



・・ガイタ郷の温泉治療院まで来た。


「お前達はここで隠れてろ。約束を・・したヤツらがいるんだ」


「私達だけで逃げようよっ」


「街で暮らしてる病人なんて・・」


「いいんだよ、そういうことになってるから」


「え?」


「アズヤク?」


オレは治療院前の物陰にすっかり体調のよくなったレミィとジョビを置いて、子供用の第3棟へ向かった。すると、


「大丈夫かな?」


「確認したからっ、急ごう! 見回りが来るっ」


「兄さん、僕は置いていって。無理だよ」


オレと同年代くらいの、素人臭い旅支度をした子供3人が建物の勝手口から出てきた。1人は年長らしいのに背負われていた。これだ。


「そんなヤワなナリでどうするつもりだよ?」


庭木の陰から出ると3人は驚いていた。


「施設の・・人じゃないな。野外生活者か? 俺達は、3人とも長くない。親にも見捨てられた。最後の時間は自分達で好きにしたいんだ」


年長が話した。細い身体で、1人背負ってる。


「アテはあんのか?」


「ある! ガイタ郷の東側に放棄された祓い所があるはずだ。そこで暮らすっ」


オレは笑うのを通り越して可哀想になった。その祓い所はとっくに近くのガス溜まりの爆発の影響で崩落して、無い。

溜め息を吐く。ゆっくりと、心の芯が冷え冷えする気がした。


「おいっ。君達っ! 何してるんだっ?!」


職員に見付かったらしい。オレは顔を上げた時、とびきりにフレンドリーな笑顔をした。


「オレはアズヤクっ! オレ達も逃げてきたんだ。よかったら、一緒に行かないか?」


治療院の子供3人は面食らっていた。



そこからの旅は本当に大変だった。治療院の子供、年長のリンゴ。弟のパニオ。おまけで付いてきてたノモの3人は話にならないくらい身体が弱い。特にパニオは誰かが背負わないとどうしようもなかった。

夜が明けてからは隊にも治療院にもバレる。普通のルートは使えない。治療院こ子供達を連れて遠くの郷や、ベイウーの目の届かない亜人や野外生活者の拠点まで移動することもできやしない。

俺達はガイタ郷を出てから3日間、行ったり来たり、休み休み、放棄された祓い所に泊まりながら移動し続けた。

オレとレミィとジョビは焦りはしてもどうってことなかったけど、リンゴ達はどんどん弱っていった。特にパニオ。


「残火の丘近くの枯れ森に行こう。集落の跡があるし、誰も来ない。竜が強くなったから、魔物も減ってるはずだ」


オレの提案の他にアイディアのあるヤツなんていなかった。

活性化した竜がいて、身の隠しようがない残火の丘を避けて岩山沿いにどうにか移動して、装備品も殆んど使い果たした頃、オレ達はようやく枯れ森の奥の集落跡に着いた。


「この祓い所っ、修理できそう!」


「見ろよ、鉱石があるっ」


レミィとジョビは興奮した。この枯れ森は地面から大した価値のない鉱石の原石が生えてくる。昔、この原石目当てに鍛冶の集団が暮らしてたらしい。


「ようやく、ちゃんと休める・・」


「パニオ、大丈夫?」


「ありがとう、ノモ。兄さんも、皆も」


俺達は祓い所と屋根と壁のある寝床と、暖房をまず整備してリンゴ達を休ませ、他の設備も直していった。

それから数日経つ頃には集落跡は完全の俺達の拠点になった! 水場も1つだけどうにか確保できてる。卵を産む鳥も捕まえて飼うことにした。

パニオは寝たきりのままだったけど、ノモとリンゴはすっかり元気になって拠点を維持する簡単な作業を手伝えるようになった。


「俺っ、仕事するなんて初めてだっ!」


「リンゴはアズヤクのこと好きみたいだよっ?」


「っ?! バカっ、ノモっ! 変なこと言うなっ」


「ふふふっ、兄さん楽しそうだね」


「別にっ、ほら、パニオ。卵のスープだぞ? 治療院の薄いヤツより美味しいぞっ?」


リンゴ達も楽しんでいるようだったし、体調のいいレミィとジョビものんびりとしていた。

レミィは暇な時に絵を描き始め、ジョビはずっと隠し持っていて詩集を読みだしていた。どっちも隊にいた時は見たことがなかった。


「・・これで、よかった。これで、叶った、のか?」


俺は暖房の燃料に加工できる原石をノミで砕きながら呟いた。竜の声はあれから一度も頭の中に響かない。

一度望遠鏡で、残火の丘の真ん中で大きくなった竜を見てやったこともある。アイツはただ黙って円くなって目をつむっていた。

ベイウー達の隊が周りでチョロチョロしても何も関心を示さないでいる。

なんのつもりだ? 狩り手が来る前に別の土地に逃げればいいのに。待っているのか? 何を? オレか?

オレが、ここで、さらに願うことを知っているのか? お前は。



暫くは、一度も知らない、平和は時間だった。だけど、


「げはっ」


ノモが血を吐いて倒れ、そのまま寝たきりになった。その数日後にはリンゴも高熱を出して起きれなくなった。

2人の体調は日に日に弱る。ずっと寝たきりだったパニオの体調の方が安定しているくらいだった。

オレとレミィとジョビにはどうしようもない。


「アズヤク! さっき、枯れ森の入り口辺りに隊の偵察が来てた! ヤバいっ。前から張られてたかも?!」


その日、仮面を付けて偵察していたジョビが報せてもきた。時間切れ、か。

同じ日、リンゴとノモが高熱や失神を伴う痙攣に苦しむ中、レミィが見張りにゆき、ジョビが薬草を採りに行ってオレだけになると、パニオは穏やかな表情でオレを見た。


「アズヤク、これで良かったんだよ。僕達だけならなんにもできずに旅は終わっていた」


アズヤクはオレの目を真っ直ぐ見る。


「君の中に何か特別な、決意のようなモノがあって、それがたぶん良いモノじゃない、ってそれはなんとなくわかる」


なら止めてくれ。


「でも、僕達は楽しかった。僕達はね。きっと、正しく、穏やかに、誰かに看取って欲しいわけじゃなかったんだ。誰も罪悪感を感じないように、綺麗に片付けられる為に産まれたわけじゃないから。生きてる実感が欲しかった。僕はそれを、見てるだけでも楽しかった」


スーっと、涙が落ちた。冷たい気がした。


「だからね、アズヤク。悪でもいいんだよ?」


「・・ごめんね、パニオ」


そういうのが、精一杯だった。

その夜、オレと、見張り番のジョビ以外が寝静まると、オレは目覚めなくなったリンゴに強い気付けの薬を射った。


「くぁっ!」


リンゴは目覚めた。オレはリンゴにキスをした。口を離す。


「アズヤク?」


「オレは竜と契約できるんだ。竜に、親しい者の命を捧げると、願いが叶う。オレはもう捧げる者を思いつけない。代わりに」


オレは誰か早くオレを殺せと願った。


「誰かの命を捧げて、願いを叶えてほしい。お前達の健康と、オレ達にお前達を守れる力を与えてくれ」


「・・それが、お前の欲しい物なら、俺はそれでいいよ、アズヤク」


『受領した』


竜の声が響いた。音の無い映像がオレ達全員に見せられる。

治療院の子供達の第3棟に入院する小さな患者達全員が、発火した。もがき苦しみ、焼け死に、建物も燃えてゆく。


『代償を得たっ! 願いを叶えるっ!!』


炎は竜の形になって嗤った。

変化が起こる! リンゴ、ノモ、パニオが緑色に光始め、オレとレミィ、間違いなく見張りに出てるジョビの身体も異様な変化を始めるっ!!


「アズヤクっ! 何これ? 何これっ?! あうぅっ」


起きて混乱するレミィ。変わってゆく。


バシュウウゥゥーーーッッッ!!!!


リンゴ達は光る苔の塊になって爆発的弾け、仮説の寝床の建物を吹き飛ばした。鳥小屋も、スケッチブックも詩集も苔に呑まれた。

レミィは虫の怪物に変わった。オレは人と竜の中間のような生き物に変わり、軽く宙に浮き上がった。力が溢れる!

枯れ森の向こうから、猫のような魔獣が駆けてきて、オレの足元にすり寄ってきた。ジョビだ。レミィだった虫の怪物もオレに(ひざまず)く。

苔に変わったリンゴ達は小山のようになって淡く光っていたが、一部は俺達に吸収された。


『その不滅の苔を補う限り、お前達は不老不死に近いモノとなる。アズヤクよ、お前の最初の願いを果たした。ここがお前の家で、これがお前の、決して壊れぬ完全な家族だ。見よ! 小さなアズヤクっ。この人の想いに基づいたっ、真実の光をっ!!』


光る苔の山をオレとレミィとジョビは眩しく見詰めた。背後の残火の丘で激しい炎が立ち上がっているようだった。竜がまた強くなったんだろう。どうでもいい。


「リンゴ、パニオ、ノモ、レミィ、ジョビ。温かいな・・」


オレは血の色の涙を流して笑っていた。



私達は枯れ森の入り口近くの、探索屋ベイウーの一派が新設した祓い所まで来ていた。竜退治より前に、願った者に対処する必要があった。


「ヤッポ、マヌカ。おそらく対人戦になる。竜と違い、隙のあるお前達は見逃されないだろう。ここで待機していてくれ」


「2時間経っても戻らない時は、取り敢えず後ろで様子見てるベイウー隊に報せて、状況次第で本部に電信な」


「了解でやす」


「気を付けて、ヨイチ様。キリヒコも」


それぞれ狩り手の武器(ブーストウェポン)を構え、その名の通り枯れたような木ばかりの、霧も無い。代わりに鉱石の原石がやたらと露出した森を進んでゆく。


「・・キリヒコ、お前は真面目だからよ、一応言っとくけどさ」


「聞きたくないな」


「やたら願いを叶えまくる竜達を関わる限り、こんなの、慣れっこだぜ? これまでだってそうだったろ?」


「ヨイチ」


「んん?」


私はヨイチの締まりは無いが端正な顔を見た。


「この時はこの時だ。慣れはしないよ」


「オイ~っ、キリヒコぉ。重いってばよぉっ」


私はヨイチと共に枯れ森奥の集落跡を目指した。

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