残火の竜 3
オレはアズヤク。はっきりしないけど、たぶん11歳くらいだ。
4分の1くらい頭に角がある雲鬼族の血が入ってるらしいけど、これもはっきりしない。オレの生まれのことは大体はっきりしない。
探索屋のベイウーの一派で下っ端をやってる。他の子供もオレみたいなのばっかしだ。
今日もお頭のベイウーのヤツに殴られてムカついたのと、たまたま近くで単独作業をした帰りだったから、オレはこっそり残火の丘に来ていた。
残火の丘は焼けた土や岩が目立つ何も無い丘だ。火の力が強過ぎるらしい。
熱で霧も寄せ付けないし、ここいらのあちこちにある鬱陶しい噴気孔や間欠泉が無いから清々する。
その一角に、ウチの一派で定期観測してる竜の幼体が眠っている。コイツのおかげで魔物も寄らないから尚更に楽チンだ。
本来、下っ端は特に出入り禁止なんだけどオレは時々来ていた。
竜と話をする為に。
『・・また殴られたのか? 脆弱だな』
「うるせぇなぁ」
掌に乗るくらいの大きさの火の力の竜の幼体は、雇った魔術師が施した複雑な魔法陣に縛られて身動きできなくなっていた。
けど、妙なもんでコイツは3つある目玉の内の1つは自由に動かして瞬きもしていた。言葉は念話で話してくる。
他のヤツらの前では黙って目を閉じているだけなのに、コイツはオレにだけ特別に話し掛けてくるんだ。スゲェだろ?
「ちょうどいいぜっ、顔が綺麗なまま身体が大人になると、女も男も娼館に売られちまう。オレは前歯を1本、自分で抜いたんだぜ?」
オレは口を開けて1本足りない、上の前歯を竜に見せてやった。
『ククッ、徒労だな。アズヤク。お前は顔が綺麗で身体は強く、胸と尻が発達する体型だ。その怪我もすぐ治るだろう。歯は魔術に頼らずとも、差し歯、というのが、あるんだろう? クククッ』
「・・チッ、うるせぇよ。ああっ! つまんねぇなぁっ。アチっ?! ここ焼けてんじゃんかっ!」
うざったくなって寝転がったら、焼けた地面に触っちまった。最悪っ。
『アズヤク、アズヤクよっ! 願いを叶えてみないか? ささやかなモノでいい、代償もささやかだ。ただ、我に偽りは通らない。わかるだろう? いつもお前の心に語り掛けてきた。わかるだろう、小さなアズヤクよ』
「はぁ? お前の方がチビだろ? ま、いっか」
オレは座り直した。大それたことを願うとヤバそうだよな・・よしっ。
「じゃあ、最近、オレの子分のレミィが混血の身体がなんか上手く噛み合わないみたいで筋肉痛? みたいになってんだ。それ、直してくれ。もう1人の子分のジョビがこの間、ベイウーに殴られてから頭痛がするって言ってるからそっちでもいいや。代償はベイウーが3日間下痢になる! だっ。ざまぁ見ろっ! あははっ」
想像しただけで、笑っちまうぜ! あのっ、筋肉野郎めっ!
『・・ダメだ。その願いは叶えられない』
「えーっ? なんでだよ? 代償が足りないのか? じゃあ、ベイウーが5日間下痢」
『違う』
竜は一瞬を炎を纏った。イラついてるんだ。
「んだよっ、怒るなよ? 何がダメなんだよ??」
『我らが叶えるのは、魂が決めた、その者の真実の願いのみ。代償も、その者が無意味と思っているモノでは何一つ贖いにはならない!』
「ええっ? んなこと言ったって・・じゃあ、飯炊き担当のオイサのおっちゃんいるだろ? オレ、あの人、結構気にいってるから、あの人が2日・・いや1日下痢になる、っでどうだ? その範囲の願いでいいよ」
オイサのおっちゃんはオレ達子供が泣いてるとこっそり隠してる塩クッキーとかくれるし、怪我の後遺症とかで仕事についていけなくなってベイウーに蹴られたりするようになった大人の隊員にも食べ易い粥とかを出して気遣ってて、ちゃんとしてる。
本当は、オレらの隊のナンバー2のイーダンの顔が浮かんでドキリとしたりもしたけど、それは高価過ぎるから手が付けられないと思った。
『・・まぁ、代償はそれでいいだろう。だが、願いが違う。お前の本当の願いを言え、ささやかな、モノだろう?』
「オレの、本当の願い??」
なんだ、それ? またイーダンの顔が浮かんで顔が真っ赤になったけど、こんな願いは口に出せない! でも他に何を願ったらいいんだよ??
『焦れったいヤツだっ、アズヤク! 代わりに言ってやろう、お前の魂の願いは』
「お、おいっ! ちょっと、いきなり」
なんだ? なんだ??
『安全な家と、本当の家族、だ』
「・・・はぁ?」
なんだソレ? そんなのがオレの願い?
「待て、竜。それって、オレはいい家で、オレを棄てた親達と暮らす、ってことか? オェッ! だぜっ。そんなの望んでねぇぜっ」
『違う違うっ! 要領を得ないヤツだっ。お前が安心できる場所と、共に行動する者達という意味だっ! わかれっ』
「ああ、そういうこと・・。オレ達だけの隠れ家とか、気の合う新しい仲間見付けるとかか。なぁ~んだっ! 大袈裟なこといいやがってっ」
『我に願うのか? アズヤク』
「ああ、いいよ。よろしく」
『・・願いを受領した』
竜の目が妖しく輝いた。
『代償も、得た』
「おお、オイサのおっちゃん、災難だったな。なんか帰りに腹痛に効く薬草でも採ってってやろうっと」
ドクンッ!
「っ!」
胎動のようなテレパシーを感じて驚いていると、栗鼠くらいの大きさの竜が犬くらいの大きさに変わり、縛る魔方陣の形も変わって3つの瞳の内、2つ目の瞳も開き、口も開いた。
「我の神性を認め、供物を捧げたな。力が増したぞ? クククッ」
テレパシーではなく口で喋った!
「お前、そんな大きくなって、次の定期観測で見付かったら狩り手を呼ばれちまうぞっ?」
「構わぬ。この箱庭の世界に現れたからには、あの憐れな対抗者どもと争う定めだ」
大きくなっても魔方陣からは出られないようだった。
「お前がいいなら、いいけど・・というか、オレの願いはっ?」
「ククッ。勿論、叶える。ガイタ郷の治療院へゆけ。子供の、第3棟だ。夜中に、先程何やら言っていた手下2人を連れて向かうといい」
「・・? そこに行ったら隠れ家と仲間が見付かるのか? まさかオレ達も入院しろ、ってことか?」
「違う。願いが叶えられる、運命の糸が、既に紡がれたのだ。我の神性によって!」
「よくわかんないけど、まぁ都合ついたら行ってみる」
そろそろいい時間だな。オレはボロいけど一応動いてる懐中時計を取り出して確認した。
「帰るか。お前もせいぜい狩られないように気を付けろよ? じゃあな」
「ああ、さようなら、小さなアズヤク。我はお前と多く話したな・・ククッ」
「いちいち大袈裟だってのっ」
腑に落ちない気がしたけど、とにかくオレは残火の丘を去って、ベイウーの隊の野営地に戻った。
腹痛に効く薬草を採って野営地に戻ったら、隊が騒ぎになっていた。なんだ??
「アズヤク! 大変だよっ」
虫人族の血を引くレミィが慌てて駆け寄ってきた。猫人族の血を引くジョビも一緒だ。
「オイサのおっちゃんが死んじまった!」
青い顔をしているジョビ。オレは一瞬、訳がわからなかった。
「なっ?! なんでっ??」
「何でもない程度の魔物に襲われたんだけど、ちょうど腹が痛くなったみたいで・・あっという間に急所を狙われて」
「あそこだよっ、遺体は酷い有り様だったよ・・」
涙を溢すレミィ。オレは心臓がバクバクした。
「アイツ・・やりやがったっ!」
「アズヤク?」
「どうしたの?」
「なんでも、ない・・」
どうする? オレに竜を殺す力は無い。狩り手に報せるか? なんて報せる? 名前を隠して? 卑怯じゃないか? どうする? どうする?
「ああっ! とんだ損失だぁっ!!」
鼓膜に響くような大声っ。ベイウーだっ! 酒を呑んでるっ。隊の全員が緊張した。
「バカみたいな死に方しやがってっ。野外料理人雇い直すのにいくら掛かると思ってんだぁっ!」
たまたま目が合った大人の隊員を蹴り飛ばすベイウー。身長は2メートルはある。誰も逆らえないっ。
「う~っ、・・タコルダっ! マツミっ! 金がいるっ。お前ら娼館に行けっ!!」
タコルダとマツミは震え上がった。
「待って下さいっ、ベイウーさん! 俺もマツミはまだ12歳ですしっ。俺、今勉強してて、教会学校に」
「っせぇんだよっ!」
タコルダの顔を強く殴り付けて3メートルは吹っ飛ばして気絶させるベイウーっ。タコルダは綺麗な鼻を潰されちまった。
「ああっ、タコルダも壊れちまったぁ! ・・ミシコーポっ、お前が代わりに娼館に行けっ!」
「あたしっ?!」
オイサのおっちゃんの代わりに夕飯の支度を手伝っていた、スタイルはいいけどソバカスがあって美人でもないミシコーポは驚いてた。獣人の彼氏いるもんな・・
めちゃくちゃだ、全部めちゃくちゃ!
「レミィ、ジョビ」
「ん?」
「何?」
オレは2人を抱き締め、耳元で囁いた。
「今夜、逃げよう。ここはダメだ」
そう、そんなこと、ずっと前からわかってたんだ。