残火の竜 2
ガイタ郷の里長達、郷の有力者達は住人の被害と、残火の丘の竜の進化に困惑していたが有力な情報は得られなかった。
どうも彼らは当事者ではない。残念だが仇の情報も無かった・・。
話が早く済んでしまった為、私は郷の書庫へ向かうことにした。
残火の丘や、郷の発達史、関わりは薄かったようだが発生してからの竜に関する記載等を確認したい。
「・・資源があると、辺境でも多少は栄える物だな」
人でごった返す程ではないが温泉目当てに客は来る。主な利用者は行商、解体屋、探索屋、伝達屋、荷負い人、亜人達といった野外活動に慣れた者達。
一般人はまず自分の住む郷から遠く離れることが難しい。
この地域の中でもマスクの必要が無い比較的安定した土地に郷は作られていたが、蒸気パイプとその制御機は必須である為、郷の至る所に見られた。
維持費は掛かるだろうが工業製品が多く文明を感じさせるこういった郷は、雲界の環境に人々の営みが勝ったようで見ていてちょっと痛快だ。
と、前方からマヌカが歩いてきた。焼きトウモロコシを噛っている。
「マヌカ! 聞き込みどうだった? こっちはさっぱりだ」
「わたしも。そもそもわたしは人当たりが悪いから聞き込みは向いてない。不愉快になってきたから買い食いをしてる」
「ああ、そう・・」
まぁ、あくまでシェルパだしな。
「わたしは発火死があった治療院に行くつもり。キリヒコは?」
雇い主じゃないから呼び捨てだ。うむ。
「書庫に向かおうかとも思ったが、治療院か・・私も行ってみようかな?」
「書庫は治療院から近い。続けて行けばいいと思う」
「そうだな・・よしっ、行こう!」
予定を変更し、私はマヌカとガイタ郷の治療院に向かった。
事前の下調べの想定ではガイタ郷の温泉治療院は比較的裕福な者や、野外活動者がグループ単位で部屋や棟を借りている、施設だった。
が、実際行ってみると一般客用の棟やガイタの住人用の棟、そして発火死騒動のあった、縁故を頼って預けられた難病や虚弱体質の子供達の為の棟もあった。
「3棟あった内の1棟が丸ごと焼けてしまいました。この郷までたどり着けなかった子達もたくさんいるのにっ、無念です・・」
治療師は悔しげだった。
1棟丸ごと焼け落ちていた。炭の臭いがした。
「単なる火事や放火ではないんですね?」
「違いますっ! 炎が竜の形を取って嗤っていましたっ。代償は得た、願いを叶えるっ、と!」
「う~ん・・」
願った者は治療院関係者か??
「ここって、子供が多いけど、大人の入院者は?」
マヌカが聞いた。
「大人のなるまで生き残られても、完治しなかった方々は教会か寺院の施設に移られて、そこで簡易な仕事をしながら治療を続けます」
「この郷で完結してるんだ・・」
「例外もありますが、完治しない限りは」
「例外、というと?」
取っ掛かりを感じた。
「代わり映えのしない日々に嫌気がさして、治療院からも郷からも、逃れてしまう方々は稀にいます」
私とマヌカは顔を見合わせた。
「脱走者の世代ごとのリストはありますか?」
「リストにはしていませんが、記録はあります、が・・」
患者が患者を殺したと、言われたような物で、治療師は複雑な顔をしていた。
それから私は教会と寺院に向かいマヌカには代わりに書庫に寄ってもらい、宿に戻ってヨイチとヤッポと合流して打ち合わせをしようとなったのだけれど、
「いつになったら温泉に入るんだ? わたしは不満っ! シェルパを休ませない雇い主達っ」
と言われてしまい、私達は一先ず温泉に入ることになった。
「ふぅ・・温泉に浸かるなんて何ヵ月ぶりだろう? いい骨休めだ」
「キリヒコは目的地から目的地に直行ばかりだからなぁ。俺達以外の野外活動者の拠点は結構、温泉あるぜ? というか温泉のある場所に拠点、作られがちだぜ。雲海は大体寒いからなっ」
「それな。狩り手のベテランの人の引退理由、リュウマチの悪化が結構多い」
「竜には勝ててもリュウマチには勝てんっ! てかっ? へへへっ」
「ふふっ」
男2人で湯で笑っていたが、人死にが多い案件だった。私は咳払いをして、話を切り替えることにした。
「・・寺院と教会にも行ってみたんだが」
「え? 急にっ? 仕事の話は上がってからでいいじゃんキリヒコぉ」
「いや、ざっとさ、ざっと!」
「んだよ、聞き込みの途中で兎族カフェ見付けた話しようと思ったのにっ。店ん中、兎型獣人だらけだったぜ? んなぁっ?! って」
「もういいからっ。とにかく、大人の患者の脱走者は過去40年で7名。内、3名は野外で死亡、1名は近くの亜人の集落で数年暮らして亡くなったことが確認されてる」
健康で装備も揃えて比較的安全なルートを取った一般人でも野外は厳しい。
「残り3名は?」
「一番最近でも11年前だ。考え難い気がする。代償にさせられた子供達とも同じ治療院に入ってた以外、全く共通項が無い」
竜は代償の意味合いを重視する。ただ単に生け贄を捧げても効果は薄い。
「11年、1人も脱走者がいなかったのか?」
「待遇や職業選択の幅を増やしたらしい」
「ふぅん?」
訪ねた、寺院と教会の施設はいずれも質素だが清潔で、伸び伸びとしていた。
「と、なると・・子供の方か」
「その可能性は高い」
ヨイチが調べた範囲では、残火の丘の近くの無人のはずの森で面を付けた奇妙な者達を見掛けた、という話が関係がありそうだった。
温泉から上がり、女湯から上がってさっぱりした様子のマヌカとヤッポと落ち合い、宿の名物の淡水魚料理を食べながら、改めて打ち合わせを始めた。
「リザードマンや解体屋、探索屋連中と話したんでやすが、残火の丘の竜はヤバいですね。攻略には大量の水が必須のようですっ」
やや不満顔で魚料理を食べているヤッポ。
「書庫を見てきた。竜のことはよくわからなかったけど、ガイタ郷の前身の流浪の人々の一団は最初、残火の丘の近くの森に拠点を作っていたそうだよ。鍛冶をしてたみたい。ただ、人口が増えて水と食料の確保が難しくなってこっちに移った、って記録にはあった」
魚より野菜と米と芋ばかり食べているマヌカ。
「ということは、その森には魔除けの祓い所や、それに類する設備がまだ生きていても不思議じゃないな」
ワサビ岩海苔を内臓を取った腹の中に塗って焼いた岩魚が美味過ぎて、自分の話にちょっと集中できないと思いつつ、私はなんとか真面目な顔を保持した。
「刺身旨っ! ・・ええっと、そうっ、亡くなった子供達と同世代、同じ棟で脱走して死体や行方がわからない子供は?」
野外では中々食べ難い鱒の刺身に感動しつつ聞いてくるヨイチ。
「3人いる。手引きした者も特定されていた」
「手引きでやすか?」
「かなり荒っぽい探索屋の一派から離脱した混血の子供達だ。この一派は、残火の竜の定期観測を担当していた」
「繋がっちまったなぁ・・相手、子供かぁ」
面倒そうな顔をするヨイチ。
私も暗澹とした気持ちだ。願いの持続の意思と叶った願いの状況によっては、手を汚すことになる。