薄氷沼の竜 4
二十数名のガスマスクを付けた解体屋達が手際良く沼の竜を革と骨を解体してゆく。
凍り付いた周囲の石や植物や魚? 等や特に魔力の強そうな氷その物も一部回収しているが、不要な竜の素材は分解剤で溶かしてしまう。
私はこの解体屋のグループのリーダー格と話がついたので、ヤッポが手頃な岩の上に敷いた獣の革の上にボンヤリと座っていたミルスに話し掛けた。
「ミルス、解体屋に話が通った。ほんとにいいんだな?」
「・・はい」
「近くの郷くらいまでなら送れるが?」
「いいんです。さっきは感情的になってすいませんでした」
「いや、それは・・」
泣かれても困るが、淡々と聡いことを言われるのもな。
「暫くは解体屋と一緒に、北側のルートでなるべく大きな郷を目指すといい」
「はい」
ミルスには話しが通じているのかいないのか? 上手く伝わっていない気がした。
「トォトイ郷の今回の件は周辺の郷や亜人達の集落にも伝わる。君が、これ以上負担を負うべきじゃないとは思うよ」
「・・元から戻るつもりはありません。お金も家族の遺品も持ってきました」
「そうか。まず教会か寺院に籍を置くか、あるいは魔術師に弟子入りするといい。庇護が必要なんだ。郷の人達も必死になる。まず、誰も魔除けが管理ができない。連れ戻す為ならなんでもするだろう」
「それはよく知っています」
皮肉な笑みをするミルス。
「気をしっかり持って、自分に時間を掛けてやることだよ? では、私は」
立ち去り掛けると、服の裾を掴まれた。
「キリヒコ様、竜や魔物の災いの遺族なんて、どこにでもいたでしょう? 私のような者は珍しくもない。そうでしょう?」
「そうだね。だが、この時はこの時だよ、ミルス」
「・・わかりません。どこへ行っても、私はずっとこのままなのかもしれません」
ミルスの顔は曇ったままだったが、やがて力無く裾を離した。
私はヤッポの忠告を無視してトォトイ郷に報告に戻った。蛇足だとは自覚している。
「どういうことですかっ?!」
青筋を立てて喚く里長。
「竜は退治しました。遺骸も解体屋が処分して、沼も浄めておいたので、心配は無いでしょう」
「ミルスです! このトォトイ郷の巫女っ!! 連れ出したのですかっ?!」
里長の怒気に呼応して、里長の館の部屋に控える郷の者達も気色ばむ。ヤッポが素知らぬ顔で対人用の軽い拳銃とナイフに手を掛ける。
「連れ出してはいません。彼女の意思で解体屋について行ったようですね。南のルートで旅をするとは言っていましたよ? この経緯からすれば、不思議は無いでしょう」
「くっ! 南・・オイッ! すぐに追えっ」
男達が慌ただしく部屋から出てゆく。里長は恨みがましく私を睨んだ。
「郷の死活問題だっ! この件はギルドに抗議させてもらいますよっ? キリヒコ・フガクさんっ」
「御自由に。では、私は務めを果たしたので失礼します」
私はヤッポと共に部屋の出入口に向かった。
「殺し屋がっ! 竜は少なくとも2度も郷を救ってくれたっ。どちらが災いだったかっ! 辺境での暮らしなどっ、見下しているんだろうっ?!」
罵声を浴び、憎まれ、私とヤッポはトォトイ郷を後にした。
「・・よしゃいいんですよ。田舎のヤツは住んでる土地以外は別の世界だと思ってやすからねっ。構うこたぁないんです。キリヒコ坊っちゃま」
霧の中、トォトイ郷近く岩場をヤッポと歩いていた。
「口喧嘩が強くなりたいな」
「は?」
「ヤッポ、本当はさ。ミルス達の代わりにさ、もっとハッキリ色々厳しく言ってやりたかったんだ。だが、面と向かって人を罵倒するのは案外難しいもんだよ。ある種の才能が求められることだと思う」
「坊っちゃま~、わかり難いお人好しは間抜けに見えやすよ?」
「ほらそれだ! お前は簡単に間抜け、などと言える。才能だよ、ヤッポ」
「褒められた気がしやせん」
「才能だよ、才能」
「もうそれやめて下せぇよっ!」
私はヤッポと掛け合いながら、霧深いの岩場を進んで行った。
・・解体屋の人達は正直得体が知れない。まず、作業中でなくてもマスクをしているし、よく見ると種族もバラバラ。混血もいるみたい。
共通語以外の独自の言語でボソボソ話して、数組ずつ隊を離れていって最後には私とリーダー格の人と他に数名だけになった。
私が普段薬草や山菜を取ったり鹿や兎を取ったり、郷の釣り場に向かう時に通る道とは比べ物にならない険しく霧深い道を迷わず進んでゆく。
魔物を見付けると、隠れてやり過ごすか道を変え、或いは魔物避けか魔物寄せの臭い袋を投げて誘導して避ける。戦わない。
竜を解体したばかりからなのか? 普段からそうなのかはわからなかった。
私が遅れるとただ黙って待っている。休憩の時は虫を煮て消毒してから塩と香辛料で煎った保存食をよく噛っていた。
郷のお年寄りもよく食べていた物。私は食べない。
1人、私と歳の近い混血の子がいた。言葉はよくわからなかったけど、干した山査子の実をくれたりして仲良くなれるかと思ったけど、防腐処理したらしい人の頭蓋骨を持ち歩いていて、休憩中にずっと話し掛けていた。
「変な人達・・あっ」
気を抜いていたら崖の細道の端の苔が足場の無い岩の縁からはみ出した苔の塊に過ぎなくて、私は滑落した。
短杖を取らなくちゃ、どこの小石で足場を作る? 小石はどこ? 今の体勢はどうなってる? とても疲れた気がする・・。
一瞬の間に思考してどう行動したらいいか混乱した。
シュルルッ!!
解体屋のリーダー格の鞭が私の腰に巻き付いて、先端を器用に結ぶように引き締めて私を捉え、吊るした。助けられた。他人ごとみたいに思っていると、
「ゲェエエーーンッ!!!」
兜割り、と呼ばれるツルハシのような嘴を持つ怪鳥の魔物が吊るされた私に迫っていた。既にワンドは握っている、私は杖の周囲に炎を灯した。
「待てっ!」
解体屋のリーダー格は鋭く言った。戸惑っていると、いつも頭蓋骨を持っている子が狙い済まして兜割りに臭い袋を投げ当てた!
「ゲェインンッ?!!」
慌てふためいて宙で切り返して逃げてゆく。わりと近かったのと、風が流れて、酷い臭気を浴びて私は咳き込んだ。
逃げた兜割りの後方には他の兜割りが4体もいたけど、臭いの付いた兜割りが寄るとすぐに退散していった。
私は鞭がほどけないように警戒されたらしく、鞭の上から投げ縄を掛けられて、内臓が口から出そう、と思いながら上に引き上げられた。また咳き込む。
「ケホケホっ、あ、ありがとうございました」
「脅威になる敵がいる、と思われると仲間を呼ばれることもある。疎ませて、去らせる方がいい」
「・・はい」
「簡単に魔法に頼るな。できることの判断が疎かになる。いざとなったら魔法で足場を作れるからと、道の端の苔を平気で踏んだのだろう。ミルス、お前は自分の実体を感じ取れているのか?」
「すいません・・」
「雲界は、人の形にはできていない」
リーダー格は歩き出した。他の解体屋も続く。頭蓋骨の子が私の腕を取って立たせてくれた。微笑んで話し掛けてもくれる。
「んあんおうあうののあっ! ミルスっ」
ミルス、だけわかった。
夜、古びた魔除けの祓い所で野営になった。
夕飯は蜂蜜を入れたらしい甘苦い薬湯と虫の保存食。
私はまた虫に手を付けられずにいたが、頭蓋骨の子がたぶん御馳走なんだと思う干し山査子を差し出した。また笑顔。
鼻の奥がツーンとしてきた。簡単に泣く。
「んのあ? ミルス」
「・・ありがとう。昼間も鳥を追っ払ってくれてありがとう」
「んのっ!」
力こぶを作ってみせる頭蓋骨の子。
「・・ふふっ、食べてみよっかな? ・・食べちゃえ」
私は保存食の虫を口に入れた。ポリポリしてる。川海老の鋏を煎ったみたい。ちょっと生臭いけど。
「ミルス! んのっ」
興奮する頭蓋骨の子。
「んのっ」
私も力こぶを作ってみせた。それから言葉は通じないけど頭蓋骨の子と色々話してみた。どうやら、頭蓋骨はお母さんの骨らしかった。
・・夜明け前、空が白染みだすと、なぜか起こされて私達は出発した。霧の中に切り立つ岩山の上に登った。
近くの郷まで移動するだけならこんなに登る必要あるかな? とは思う。
解体屋達が立ち止まるので私もワケもわからず立っていると、ヒュウウゥ・・・急に風が吹き出しで、私達のいる標高の高い場所の霧が晴れた。
「っ!」
霧の湖に浮かぶ島みたい。雲界で、霧が晴れる景色を見たのはどれくらいぶりだろう? 確か子供の頃、姉さんと、釣り場の帰りに見たこともあった。姉さん、発達した郷で髪結いになりたいって言ってた。
夜が明け始める。
「なぅんのと、ろんままよんんのっ! ミルスっ!!」
「うんっ、うん!」
私はまた泣く。泣いてばかり。今は旅をしよう。私を、知らない場所がきっと待っている。