薄氷沼の竜 3
早朝、一際冷たく濃い霧の中、私とヤッポは軽めに駆けていた。
資料によれば沼の竜達は昼間の日差しの強い時間帯以外は眠りが深く、朝は野外の無関係な魔物達も比較的大人しい。
薄氷沼までにはトォトイ郷の住人達が一定間隔で簡易な魔除けを置いた道も作っていて、移動に関しては楽だった。
「ヤッポ、解体屋は?」
「今朝も電信機借りてせっついてやりましたけど、倒してもあまり身が残らない方の竜と見込んでるみたいで、もう一つでしたね」
「そうか」
倒した魔物や竜の解体屋への売却は、狩り手のギルドの貴重な収入源だった。
「まぁいい。・・2手目で支援してくれ。最初に当てたら後は陽動でいい」
「了解してやす、坊っちゃま」
「私が敗れても、狩り手の槍は探索屋か次の狩り手が回収する。お前は私の荷物と金を契約通り始末してくれたらいい。欲をかくものではないよ?」
「心得てやすって」
「うん。私もこんな所で死ぬつもりは・・」
知った気配を感じた。前方。舌打ちしたくなった。お陰で寝不足で、万全じゃない。
「押し出しの強い娘ですね」
「余計なことは言わなくていい」
ミルスだった。ちょうど道の魔除けの前に荷物を置いて立っていた。旅装だ。
近くで足を止めた。
「ミルス。困る」
だが郷に戻れとも言い辛い。
「私は巫女です、キリヒコ様。郷やこの道の魔除けの管理も手伝っていました。竜と戦えます!」
ミルスは真剣その物だ。
「お嬢ちゃん、具体的に何ができるんですかい?」
「ヤッポっ」
「もう今さらですよ? 坊っちゃま。郷にも戻らないでしょう」
「うーん・・」
ミルスは左右の腰の鞘に差した短杖と短剣を抜いた。
「郷の近くで兎や鹿はよく捕ってました。魔術での念力は、ほんの少しですが・・炎は得意です! 燃えてっ!!」
ミルスはワンドを振るって炎を放ち、近くの岩とその苔を焼き周囲の霧を払った。
「・・・」
やむを得ないか。
「わかった。戦力と認める。段取りを確認しよう」
私達はその場で短く、話し合った。
薄氷沼は元々氷の力の強い場所であったようだ。年中薄氷が張るから薄氷沼、ということだろう。
今は薄氷どころではなかったが。
「・・足場が多いことは好材料、としよう」
厚い氷で覆われた、さほど広くもない沼に、2階建てのちょっとした家程の竜3体が折り重なるように浸かり、眠っていた。
形状はオオサンショウウオに似ている。
力に溢れ、ここに収まっていられるのはもう限界に見えた。
次の活動期が来れば間違いなく、トォトイ郷の者達は致命的な対価と引き替えに願いを、叶えさせられる。
私が敗れれば次の狩り手は死地に望むハメになるに違いない。
沼からの冷気で凍った岩の陰に一人で潜み、グレネードガンが凍り付いてしまわないように魔力を当てて維持していた。
暴発を考慮して装填した以外の弾薬は持ってない。
レインポンチョは既に脱いでいる。霧は霜に変わり、グレネードガン以外の装備を髪を眉を固めてゆく。
様子を見ながら、数えていた。時間だ。ミルスはともかくヤッポは配置に着いたはずだ。
私は岩の陰から出てグレネードガンを3連射した!
一撃目の炸裂弾で起こし、二撃目の臭気弾で嗅覚を奪い、三撃目の照明弾で視覚を奪った。ブーストランスを展開しながら突進するっ! 嗅覚と視覚はすぐ戻る。特に視覚っ。
「ゴォアアァッッ!!!!」
混乱に激昂し、沼の氷を叩き割りながら暴れる沼の竜達っ。飛び散る氷の破片だけでも十分凶器だ。
「爆ぜよ」
小さく詠唱してブーストランスに爆破の力を宿した。
破片の浮かぶ、荒れ狂う沼の水面を駆け抜け、向かって左の竜の体表に飛び付き、さらに駆け上がる。
凍った下は粘液に覆われた身体だった。私が飛び付いたことでさらに暴れる!
「セェアッ!!」
構わず頭に飛び付き、脳天にブーストランスを突き込んだ。
ドォウッッ!!!!
爆破の力が解放され、最初に向かって左にいた個体の脳を吹き飛ばした。
すかさず中央にいた個体が、吹雪の息を放ってきたが私は倒れゆく左の個体の遺体を盾にしながらその下方に潜り込んだ。
吹雪の息は凄まじい広範囲攻撃でさっきまで隠れていた岩を簡単に丸ごと氷漬けにしていた。
と、ダァンッ! 砲弾が右の個体の左の眼球を砕いた。ヤッポだ。単発式のグレネードランチャーを持っている。近くの崖から撃ったはずだ。
仰け反って反射的に吹雪の息を吐いて崖を霜まみれにする右の個体。ヤッポは上手く凌いだはずっ。これで一時は一対一で中央の個体とやれるっ!
中央の個体は俺の動きを見て、倒れる左の個体の下から私が出てくるとみて屈むようにして迎え撃つ挙動を見せた。
私は反転して逆さのまま左の個体の体表を駆け、吹き飛んだ頭部の側に出て、虚を突き、真ん中の個体の胸部に飛び乗った。
左の個体は派手に氷と水を散らして沼に倒れ込む。
「ゲェッ?!」
慌てて私を握り潰そうとするが、遅い! 私は間近で触れると低音の打楽器のような心音を頼りに胸部の心臓の真上からブーストランスを突き込んだ!
胸部が爆ぜ、予想通り破れた心臓から凍える血液が大量に噴出したが既に離れて、力を失った肩の辺りに駆け出していた。
『狩り手だなっ?! 無益なヤツらだっ』
頭に響く片眼を失った右の竜の思念っ。並の精神ならこれだけで昏倒させられる。
ここで、
ボオォウゥッッッ!!!!!
突然飛来した火炎に残る右眼も焼かれる右の個体。ミルスだ。ヤッポとは反対側の崖にいるはず。あとはこの隙に・・
ビシィイイッッッ!!!!
「っ?!」
突如、竜の背鰭が立ち、全方位に対して猛吹雪を巻き起こした!
ビュオオォオオーーッッ!!!!
飛び移る機会を逸した上に竜に近い程低温だっ。呼吸もできない! 倒れる途中で凍り出した中央の個体から駆け降りて、私は一旦、沼から離れ、ブーストランスに掛けた爆破の力の付与を解除し、代わりに、
「炎よっ!」
火の力を付与し、槍だけでなく、私の全身を炎で覆った。意思のある限り、この炎は私を傷付けない!
やり過ぎではあるが、凍り付きかけていた身体の自由が戻るっ。
竜の方は両目を失ったが、
「ゴルゥオオォッッ!!!」
ブーストランスの炎を探知して凍り付いた沼から這い上がって吹雪を纏いながら私に突進を始めたっ! 地が揺れるっ。
が、すぐに左前肢の付け根辺りに砲弾を撃ち込まれ、バランスを崩し、横倒しになった! そこへ逆側からミルスの炎が襲い、右の下顎の辺りを焼き払って顎を外れる寸前にしたっ。
「ゴォアアァッッ?!!!」
半狂乱になって横倒しのまま長い尾を振り回し周囲の凍り付いた地面を打ち砕き出す最後の沼の竜。
私は冷静に見極めて駆け出し、尾を掻い潜り、遂に起き上がって切り付けてきた巨大な前肢も避け、右の脇腹の辺りにブーストランスを突き立てた!
そこからギリギリまで絞った炎の渦を心臓まで一気に注ぎ込むっ!!
「ブゥフゥエバァアーッッ??!!!!」
口からも炎を吹き出し、最後の沼の竜は絶命した。猛吹雪も止まった。
着地して、ブーストランスの炎を解除した。
「カハッ?! はぁはぁっ」
呼吸が炎から、自然の呼吸に変わって一時的に呼吸困難になって膝を付いた。全身に火を纏うのは危険だな。余計な弾薬も持たずにおいて正解だった・・
死んだ竜達は革と骨と張り付いた氷以外はガス状になって掻き消えてゆく。
「キリヒコ様!」
ミルスが3段程、念力で小石を寄せて作った足場を利用して身軽に崖から降りてきた。
「坊っちゃま!」
ヤッポも今は大荷物も背負っていないので大変な素早さと、フック付きのロープを使って崖を降りてきた。
私は槍を杖代わりに立ち上がった。
「倒せたんだ・・くっ」
ミルスは目に涙を滲ませ、片手でワンドを構え念力で小石をいくつも持ち上げて、まだ燃える沼から這い出していた竜の骨にそれをぶつけ始めた。
「ばかみたいだっ! お婆様もっ、母様もっ、姉さんもっ、郷のヤツらもっ!!」
泣きながら石を燃える骨にぶつけ続ける。
「ミルス」
私はワンドを持つミルスの腕を取った。
「君はこれから判断すべきこと、やるべきことがある。今はそこに集中した方がいい」
念力が解け、浮かべていた小石が地面に落ちた。
「正しいことばかり言ってっ! 嫌な人っ。うわぁああーーーっ!!!」
ミルスは号泣してうずくまってしまった。私は手を離し、ポーチからハンカチでも渡そうかと思ったが、焦げていた。
「ヤッポ。私は沼で竜達が繁殖していなかったか調べてくる。お前は、解体屋に信号弾を撃って報せて、あとはまぁ・・ミルスを見ててやってくれ」
「・・は? 見る、とは?」
「近くに立っていたらいい」
私はそそくさと沼に向かった。
「ちょっ?! 坊っちゃま?」
竜の繁殖確認は重要な任務だ。重要な任務は優先して果たさねばならない! 私はミルスの子供じみた泣き声を背に、最速の早足で竜2体の凍った骨が浮かぶ薄氷沼に向かった。