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薄氷沼の竜 2

トォトイ郷の城壁は魔除けはしっかりした物だったが、実体の造りは貧弱で、細く朽ちかけた木の柵の隙間を葦を詰めて補強するようなおざなりな物だった。

辺境の郷からすれば風避けと、魔除けの効かないただの野生動物の侵入を防げればそれで事足りるようだ。

郷内は特に特徴は無かったが、工業製品の維持は難しいらしくあまり見当たらず、文明の後退傾向が顕著だった。

里長の館にはどうにか電信機があるらしいが。


「狩り手様、ようこそこのトォトイ郷にお越し下さいました。我ら郷の巫女フルスの遺品と所持金まで届けて下さるとは・・」


里長から歓待はされたが、奇妙な印象はあった。


「巫女? 旅装に見えましたが?」


少なくとも10日は移動できる荷物も携帯していた。トォトイ郷から一番近い郷まで普通の人間族の女の足で7日は掛かる。当然命懸けだ。


「近くの郷まで儀式に使う特別な薬草等を買いに向かっていたのです」


「ほぅ、薬草を」


巫女が、1人で。

教会や寺院が無く、魔術師もいないような郷では、その郷内で魔力の強い家系の女が巫女として郷の魔除けの維持や医療の補完を行うことが少なくない。

男の場合、その郷の里長の家系との権力の折り合いがつかなくなる為、成人する前に近くの教会か寺院に出されるか、魔術師か狩り手の弟子に出されることになる。

なんにせよ、辺境の郷の死活に直結した存在だ。


「この鶏っ! 旨ぇですなっ」


敷物は敷かれていたが、部屋の端の床に置かれた低いテーブルの上で1人で食事を取っていたヤッポが鶏の脚を持って言った。

目線で私に警告している。そうだな、切り出し方と、場合によっては修羅場になりかねない。


「ほほっ、荷負い人(シェルパ)の方は気に入りましたかな? おい、おかわりを」


鶏料理の追加を給仕役の郷の者に促す里長役。


「・・ところで、狩り手様。この度は、どのような用向きでこのような辺境の郷に?」


「2つあります。1つはこれです」


私は古びた写真を給仕役に渡し、里長に渡してもらった。


「年輩の・・狩り手の方、ですかな?」


屈強な中年の狩り手の男が写っている写真だ。


「その男は私の両親と妹の仇です。狩り手のギルドの戒律も破っており、追討令(ついとうれい)が出ております。名はショウゲン・フガク。私の、伯父です」


名を口にすると、冷えて乾いたような心持ちになる。


「なんと・・」


絶句する里長。


「残念ながら、我々は何も見聞きしません。何か知ることがあれば狩り手様のギルドに逐次(ちくじ)お知らせ致します」


給仕役を介して私に写真を返す里長。


「そうですか。わかりました。・・もう1つ方は魔物・・いえ、竜退治です。この郷の近隣の郷や亜人達の集落から報せがいくつもギルドや教会や寺院に来ています。心当たりは御有りですね?」


里長は観念した顔で、溜め息を吐いた。


薄氷沼(はくひょうぬま)の竜達ですね。わかりました。少々お待ち下さい。ミルスを呼んでくれ」


給仕役に里長がそう命じてから数分で、部屋に素朴な巫女服を着た14歳程度の娘が連れてこられた。


「ミルス・エンダと申します。今日から私がこの郷の巫女の御約目に就かせて頂きました」


やつれた様子も見られたが、それ以上に目の奥に強い怒りも見てとれた。


「キリヒコ・フガクだ。里長、竜と巫女に、何か?」


「・・麓の薄氷沼に竜達が住みついたのはもう3年も前です。我々は狩り手様のギルドにも教会にも寺院にも! 何度も助けを請いましたが、こんな辺境の貧しい郷に、狩り手様は一向に来て下さいませんでした」


やりきれない顔の里長。


「それは、面目無いです。狩り手の戦士は常に不足しておりまして」


この世の全ての魔物を魔物が何もする前に全て倒してくれ、と我々狩り手はよく願われる。だが無理だ。


「我々は我々で対処するより他なかった。我々は」


「巫女であった祖母と母は薄氷沼の竜を鎮める為の生け贄となりました。姉も生け贄になるはずでしたが、逃れた途中で他の魔物の生け贄になったようですね。ふふっ」


嗤うミルス。


「ミルス! 軽々しくそのようなっ」


「狩り手様! キリヒコ様っ。姉の遺品と所持金を持って帰って下さって、ありがとうございました」


頭を下げたミルスだったが、すぐに顔を上げた。


「その上、厚かましくもっ、お頼み申します! 薄氷沼の竜を倒して下さい。出なければ次は私が竜の生け贄となりますっ」


涙を溢しながらも、挑むように私を見てくるミルス。


「勿論だ。私はその為に来た。里長、致し方なかったとはいえ、竜に生け贄を捧げればその神性(しんせい)を肯定したことになり、竜は短期間で進化してしまいます」


実は薄氷沼で竜が発生した直後、この辺りの探索屋達が初期調査をした結果は、取るに足らず下等。だった。

近隣の郷で噂になるような魔物ではなかったはずだ。


「仮に私が敗れても、次の狩り手が来ます。これ以上、早まったことはなさらないで下さい」


「我々もっ、好き好んで悪神を祀ったりは致しません! 苦渋の判断だったのですっ」


ムキになる里長。何も思わないでもないが、なんでも口にするワケにもゆかない。


「・・ええ、そうでしょう。明日、薄氷沼の竜を討ちにゆきます。なるべく詳しい資料を頂きたい。結果的に生け贄にされた方々以外に被害が無いので、探索屋やギルドの網に掛からず情報が足りません」


「勿論、協力させて頂きます! おいっ、沼の担当の者に詳しく書かせろっ、すぐにだっ!」


給仕役ではなく、後ろに控えていた親族らしい若者に命じる里長。


「君、ミルス。安心してほしい。遅れたことは申し訳なかった」


私が頭を下げると、ミルスは唇を噛んだ拳を握った。


「いえ、頼みます。キリヒコ様。・・失礼致します」


ミルスは足早に部屋を去ってしまった。



風呂に入り、簡単な格好に着替え、用意された部屋のベッドに橫になった。ベッドで眠るのは久し振りだ。

風呂に浸かるのは拒否したが身体は洗ったらしいヤッポは小ざっぱりした格好で、同じ部屋の床に用意されていた布団の上で里長が用意させた資料を読み込んでいた。


「竜は神性を認めれば一時的に大人しくなるだけでなく、可能な範囲で恵みも与えるはずだ。薄氷沼の竜はこのトォトイ郷になんの恵みを与えたんだろう? 郷も、里長も、特に裕福には見えなかった」


「確か3年前、この郷でリッコ熱が流行ったはずです。大した病気じゃありやせんが当時この郷は今より貧乏だったので、被害が大きかったような気はしました」


「それか」


「でしょうね。2度目の願いで何か富になる物を願ったのでしょう。少なくとも郷は貧乏ではなくなってやす。昔のこの郷の特産品は、鶏と、若い娘でしたよ?」


「目も当てられない」


仇はこの西部の辺境域に潜んでいるはずだが、辺境には法が無い。正直、魔物より人の野放図な振る舞いにうんざりしていた。

気晴らしに好物の塩煎りの胡桃でも食べようかと思っていると、気配を感じた。


「・・もし、キリヒコ様。よろしいでしょうか?」


ミルスだ。


「何か?」


「よろしいでしょうか?」


出てこい、ではなく入ってよいか? と聞いているのか?


「・・どうぞ」


「失礼します」


「っ?!」


入ってきたミルスはとんでもない格好をしていたっ。下着も着けない素肌に透けて見えるような薄衣を着ている!


「なっ? なな??」


「キリヒコ様、里長様より夜伽(よとぎ)を申しつかりました」


「ヒヒッ、坊っちゃま。あっしは掛け布団一枚ありゃあ、廊下でも十分でさ。外させてもらいやす」


掛け布団を持って部屋を出てゆこうとするヤッポ!


「待てっ! ヤッポっ。落ち着け!」


「あっしは落ち着いてやすが?」


「キリヒコ様・・私」


透けている衣の透けている帯を解きに掛かるミルス。


「待てっ! よしっ、違う! ・・一回整理しようっ」


私は呼吸を整えた。


「・・ミルス。すまない。そんなつもりで君の姉の遺品等を持ってきたワケでもないし、害為す魔物、特に竜を倒すのは我ら狩り手の役目だ。こういったことは、困る!」


「私が気に入らないのですか?」


真っ直ぐ見てくるミルス。


「そんなことはない。だが、ミルス、道理が通らないじゃないか!」


「・・わかりました。失礼します」


帯を結び直し、部屋の出入口まで下がり、不意に振り返るミルス。


「意気地無しっ!」


急に年相応の物言いで言って、ミルスは去っていった。


「イヒヒっ! キリヒコ坊っちゃまっ。坊っちゃまですねぇっ」


「うるさいぞヤッポっ。明日は沼の竜を狩る。今日はもう寝るぞっ」


「道理が通らないじゃないかっ! イヒヒっ」


「クドいぞっ!」


「イヒヒっ」


「うう~っ」


調子が狂った。明日の戦いに備え正しく呼吸を整え、よく眠り体力を回復させる必然が私には、ある!

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