バラバラの王子様
「鳰井さん、これからよろしく」
私は、その一言で恋に堕ちた。
◆
私が通うここ、征華女子魔導高専には、新一年生と新三年生がバディを組んで行動する制度があり、生徒間では「姉妹制度」なんて呼ばれている。私のお姉様は一城雪華様。「王子様」とも称されるほどの美形であり、魔法の技術も非常に高いと評価されている。
私にとって、これ以上ない素敵な人。
あまりにも素敵過ぎて……。だから。
お姉様は、ずっと清らかでいるべきで。
何の穢れも知ってはいけない。
お姉様が穢れる前に。
私が。
「だいぶ本隊から離れてしまったが……。……本当に、こんな森の深くに『気になるもの』があるのかい? 青嵐」
終わらせる。
お姉様を。
「はい、とっても気になるものが。……ここです。この木の根元に……」
「うん……? …………何も、異常は無いようだけれど……」
ああ、お姉様。
そんなに、私を信用してくれているんですね。
信用してくれているから……私に、そんなに無防備な背中を見せて……。
「……っ!?」
何の問題もなく、串刺しにできてしまったではありませんか。
「がっ、あぁっ!」
声にならない声ののち、漏れ出るお姉様の……苦痛を訴える声。
本来は、体の大きい魔物を弱体化させるための、麻痺魔法の呪文が刻まれた……大型の杭。普段は携行し易いように釘ほどのサイズのそれが、今は私の身長を超えるくらいの長さ、そして蛍光灯を思わせる太さとなり、お姉様の胴体をいともたやすく貫通して木に……深く、深く、突き刺さっている。
背中から刺しているため、腕が回らず、お姉様は自力で杭を抜くことができなくなっている。
木の表面に頬を擦り付けながら、お姉様は問う。
「ふっ……ぐあぁっ! 青嵐……。どうして、こんなことを……」
「……お姉様を……殺したいのです」
「はぁっ……あっ……。な、何か、恨みをかうようなことをしてしまったのかい? ボク達は、スールとして……うまくやっていけていたと思っていたのに……どうして……」
「……お姉様は……美し過ぎるのです。そんな尊い存在のお姉様に……この世界は汚らわしく、残酷です。お姉様には似合いません。お姉様のような聖人は……一刻も早く天国へ行くべきなのです。こんなトコロに居てはいけません。お姉様が穢れる前に……お姉様が老けて、醜くなってしまう前に……終わらせる。お姉様の最期は……私が看取りたいのです。お姉様の美しい終末の光景は、私が……私が! 独り占めしたいのです!」
このまま待っていれば、いずれ痛みと臓器の痙攣によって、お姉様は意識を失う。そうしたら、私のガス魔法で窒息させる。……安楽死と、同じ方法だ。私とお姉様の実力差を覆すために痛みを伴うやり方を使ってしまったけれど、せめてトドメは、眠るように。
お姉様が亡くなったのを確認したら、木の葉で覆って、土に還るように放置する。本隊には、魔物に襲われてはぐれてしまった、とでも言えば良い。
……その、つもりだった。
「グルルルル……」
深く、暗く。日中にも関わらず、木の枝葉によって暗黒を作り出していた森の深淵から。
獣のような呻き声が、聞こえてきた。
冷や汗を滲ませながら振り返ると……。……そこには、複数の禍々しい棘を持った、真っ黒な……豹のような四足歩行の魔物がいた。
「嘘……この辺りは皆討伐したはずじゃ……」
私達全員で繰り出した波状攻撃を逃れた魔物がいたなんて。
しかも初めて見た魔物だ。生態が分からない。どんな魔法を使ってくるのか、どんな魔法が有効なのか……その一切が、不明。
たじろいで後退する私。そんな私に目もくれず……。魔物は「襲いやすい方」に狙いを定めた。
「お姉様ぁっ!」
当然、私が突き刺した杭のせいでお姉様は身動きができない。抵抗もできない。
膝をついたまま磔の状態になっていたお姉様の右腕に……魔物が噛り付いた。
「あああああああぁぁぁっ!」
「いや……いやぁ……!」
あの美しいお姉様が……汚らしい、愚かさや恐怖の象徴たる魔物に……蹂躙されている。
こんなの、私が望んだ終末じゃない。
「ぐっ! ……ボクを……そんなに慕ってくれていたんだね……。……でも、それでボクを独り占めしようだなんて間違っているよ……。あっ、あっ! 腕が……千切れ……ってっ!」
お姉様の腕をボロボロにした魔物が、今度は腰に歯を突き立てる。すっかり腕の骨が丸見えになったお姉様は、そのまま引っ張られて……。
「ぶうううっううぅっ、うっ!」
お姉様の肉体の耐久度を魔物の力が上回り、杭がお姉様の身体を……引き裂いた。背中の中心から左の肩口にかけて……おどろおどろしい断面が血しぶきと共に現れる。
「……君だけでも、逃げ……ろ……」
「いやぁぁぁぁっ!」
あまりの想定外の事態に、思わず尻餅をついてしまう。
魔物は叫び散らす私に目もくれず、食事を続けている。
逃げ出すなら今しかない。
豹の魔物はお姉様を食べるのに夢中になっている。牙と舌で……器用にお姉様の肉と骨を噛み分けて。
「た、助けを……今すぐ助けを呼んで参ります!」
震える全身を拳で叩いて、本隊が待つ野営地へと駆け出す。
こんなはずじゃ……。こんなはずじゃなかった。
私が、私がっ……お姉様の命を奪うはずだったのに。
あんなよく分からない魔物なんかに……っ!
◆
およそ……十五分後。
お姉様と魔物は、太い深紅のラインを森の奥深くへと伸ばして……消えていた。