瓦礫の王子様
閲覧ありがとうございます。
人は、恐れを抱く。
大多数の生物がそうであろう。
◆
魔物。
かつて、こことは違う世界で暴虐の限りを尽くし、勇者らによって撃退された魔王が欠片となって様々な世界へ散らばり、生物の恐怖心や負の感情を糧にして生まれるモンスターだ。
我々人間は、異世界「魔導国家アステリオン」の人々に魔法に関する技術を提供してもらい、日々魔物を討伐したり魔法を悪用する人間を鎮圧したりしている。
魔法を行使する為の魔力は、年齢的に若い者の方が高い傾向にある。そのため「魔導高専」の形態を用いて若者達に協力を仰いでいる。
「誰か! 居ないか!」
レスキュー隊員が叫ぶ。私剣文廣女太郎は政府直轄の高専専門広報を務めている者だ。時には戦禍の最前線へも果敢に向かう高専生の雄姿を世界中に広く知ってもらい、世論を使って後押しする大事な仕事だと自負している。
魔物の被害に遭った場所には、レスキュー隊の他にもその地域を管轄する高専の工藝科と医療科の生徒及び教職員などが派遣される。
「怪我人を発見! 担架お願いします!」
「持ち上げますよー! 3、2、1!」
ここは元々大学病院があった場所。魔物が暴れたせいで建物は全壊し、跡形も無くなってしまっている。要救助者は相当な数だと予想される。
私はこの事実を世間へ知らせるため、スケッチブックの上で鉛筆を走らせる。以前はカメラを使っていたが、撮影されるのを嫌がる被害者が何人もいたため、以降は絵を仕事道具としている。
「先生! 赤ちゃんが瓦礫の下に!」
「……任せて!」
女子生徒に先生と呼ばれて駆け寄ってきたのは、征華女子魔導高専工藝科の教師、阿部高和。ネジ穴から防空壕まで、穴を掘ることに関して一級品の腕を持つ女性だ。余談だが、同性に対しての特殊性癖がある……との噂が囁かれている人物でもある。
「屋良内さんは下がってて。……集中するのよ和。周りを傷つけぬように……、女の子のお尻を労わるように……」
顔の前に掲げた右手を手刀の形に構えて、集中モードに入った。すると、掘るべき箇所をマーキングするように、彼女の足元にうっすらと橙色の魔法陣が浮かび上がってきた。
「……っ! てりやぁぁぁっっ!」
手刀を魔法陣の中心へ突き込んだ瞬間、ゲーム内の挙動がバグったオブジェクトのように瓦礫が音も無く弾け飛んだ。
「や、やりますねぇ……」
誰かがそう感心した。
彼女がゆっくりと抱き上げた赤ん坊は……泣いていなかった。
静かに……だけど確かに騒然とする私達。
「……大丈夫です、息はあります。ベビーベッドと瓦礫との隙間に居たみたいで、怪我も全然見当たりません」
その言葉に、周囲の誰もが安堵した。瞬間、何かに押されるように、医療科の生徒と救急隊員が駆け寄る。
こんな凄惨なことが、毎日のように起こっている。
それが、我々の生きている世界なのだ。
◆
救助された赤ん坊は女の子だった。そのすぐそばに、両親の遺体も見つかった。
ここからは、あとで人から聞いた話だ。
その女の子は一城夫妻の一人娘であり、病院が魔物に襲われるほんの数十分前に生まれたばかりだという。当然出生届が出される前であり、名前が決まっていたのかどうかすら分からない。父親の手には名前の候補が書かれていたらしい一部が焼け焦げたメモが握られており、判別できた字を組み合わせて「雪華」と名付けられたとのこと。その身は、養護施設へと預けられたそうだ。
生まれて早々に両方の親を失ってしまった少女。
せめて、怪我も無く、真っ直ぐに育ってくれるよう、私は願うばかりだ。