鼠
「ただいまぁ……」
玄関を開けるやいなや下に落ちていく声で帰宅宣言をする。
「おかえりなさ……鼠久?」
母ちゃんの声に怒気が含まれているのがわかる。
「……ごめんなさい」
「……お風呂入っちゃいなさい」
そういって俺の顔を見つめようとする母ちゃんは少し優しそうに見えた。
心配されている。
―――
「それで、なんで泥がついてたの?」
風呂から上がり夕食を食べ一服していると母ちゃんからひと言
「それは……」
俺は未来と祠に行ったことを詳しく話した。
「そう……あそこにねぇ」
怪訝な顔をしてみてくる。
俺だって訳が分かってない。
「それで、織部 鼠近って誰かわかる?」
気になっていたことを聞いてみる。
「わからないけど……ちょっと待ってなさいね」
居間を出て自室に向かった母ちゃん。
謎が解明される気がして少しわくわくしていた。
「あったわ」
そう言って机に広げたのは家系図だった
……残ってるもんなんだな……。
「織部鼠近……織部鼠近……
……あった」
「……あんたの、ひいひいひいおじいちゃんね」
―――
「んー……」
寝る前に布団の上で考えを巡らせていた。
俺のひいひいひいじいちゃんの名前がなんで俺に向かって言われたのか。
そもそもなぜその名前を知っていたのか。
それを言ったやつは何者なのか。
「わかんねぇ……」
ない頭で考え出すと熱に浮かされる気分になるから苦手だ……。
とりあえず寝よう。明日には忘れられてるだろ。
―――
「織部 鼠近よ。聞こえておろう」
夜中の二時、祠の前で聞いた声がまたその名を呼ぶ
黒い靄がかかった”何か”が俺に語りかけている
「……夢か……?
誰だ?俺は織部鼠久だ」
「鼠久……?鼠近ではないのか」
「ああ。それは俺のひいひいひいじいちゃんの名前でな
あんた誰だ、なんでその名前を知ってるんだ?」
夢だと思うと案外気が楽だ。すらすらと言いたいことが言える気がする。
「私は……”ネズミ”と呼べ」
「ネズミ?鼠とは違うのか?」
「仮名にすぎん。本来の名は別にある」
「そうかよ。んで、本題はなんだ?
俺の眠りを妨げてまで出てきたんだ、特別な用なんだろ?」
「端的に話そう。この町を救ってほしい」
―――
深夜二時、走る俺
今すぐ祠に来いってどういうことだ……?
『端的に話そう。この街を救ってほしい』
『はあ?どういうことだ?』
『この街はいま神の手によって壊されかけている』
『……すまん。全くもって意味が分からないんだが……』
『無理もないだろう……今すぐ祠に来い。それで理解ができるはずだ』
『はぁ!?今って……』
改めて思うと無茶苦茶すぎるな。
あの森に、深夜二時に、丑三つ時に来いなんて……嫌がらせか……?
でも、不思議と足は動いていた。
あいつの言ったことに嘘がないと俺の六感が囁いているからだ。
―――
「着いた……。疲れたぞ……」
息を切らしながら祠の前で吐き捨てる。
「おおい!ついたぞネズミ!出て来いよ!」
……
「おおおおおい!」
……
……ふざけんなよ!返事なしかよ!結構急いで来ただろうが!
携帯の時間表示を見ると2:30の文字
大体15分くらいか……?
我ながら頑張った方だろ。多分恐らくきっとmaybe
早く出て来いよ……怖いじゃねぇかよ……。
―がさっ
とか思っていたら奥の方の茂みから物音がした
「なんだよ、そんなところにいたのか……ビビらせんじゃねぇよ」
近づいて姿を確かめようとしたとき
ワオ――――ン!!
―ガバッ
「!?」
ありえないくらいのでかさ……犬?がそこにいた。
「……!?!?!?」
声にならない悲鳴とはこの事なのかもしれない。
足が震える。喉が絞まる。今にもしりもちをついてしまいそうになっていた。
ガッ!という効果音とともに強い力で犬?とは逆方向に引っ張られる
「なっ!なんだっ!?」
何が起こっているのかわからない
「遅かったな小僧」
今日三度目になる声が耳にはいる。
「ネズミ!?お前どこに!」
「話はあとだ!私と共にこい!」
「お前の姿が見えねえんだよ!」
「ええい!引っ張ってやるからふり落されるんではないぞ!」
「いやまてって、うわああああ!!!」
引っ張るというよりは引きずるに近しい速さで夜の街をかけていった。
―――
「ここなら大丈夫か」
ドサッと音を立てて俺が落とされる。
「いっでぇ!なんだよ!ここ、学校じゃねえか!」
連れてこられたのは俺が通う千支高校のグラウンド。
見慣れている風景を間違える……
「あれ?ここにこんなものあったか?」
そこには見覚えのない”祠”
しかも堂々とグラウンドのど真ん中に置いてある。
「私のだ」
ネズミの?
なんで?
「なんで?」
思考と発言が同時に出てきてしまった。
「私は其の祠に祀られている物の怪
鼠之御輿
ネズミのようなものだ」
「物の怪……?」
「そうだ」
「物の怪がなんで祀られて……?」
「ものを知らないやつだ。物の怪というのは人に憑りつき災いをもたらすもの。
それを鎮めるために祠に封印し神として奉り少しでも被害が出ないようにするものなのだ」
「お、おう……それで、なんで?」
「お前を私の依り代にしろ」
「は?」
「お前の体を私に貸せと言っているのだ」
「な、なんで訳の分からん奴に俺の体を貸さなきゃダメなんだよ……」
「……先ほどの物体は見たな?」
「あ、ああ。あのでっかい犬みたいな……」
「あれは妖魔……式神の類だがな」
「神なのかあれ……?怪物にしか見えなかったんだが」
「今は怪物だ。とある者の手によって力を増幅させられ、ただ人を襲う怪物に成り下がっている」
「どうりでかすぎるなと思ったんだ……
……とある者って?」
「私にもわからんのだ」
「ええ!?手詰まりじゃん!?」
「だから小僧、お主に力を貸せと言っているんだ」
「……犯人を見つけるため?」
「そうだ」
「俺じゃなくてもいいんじゃないか?」
「ダメなのだ」
「なんで?」
「私の声に反応したのはお主ともう一人
織部 鼠近だけだったのだ」
「俺のひいひいひいじいちゃん……」
「ほう……通りでな。
懐かしい顔だと思ったのだ」
「俺の顔が似てるってことか?」
「ああ。とても似ている」
「そう、なのか」
「さて、聞きたいことはそれだけか?」
「あ、ああ。
ただその。俺にはお前の姿が見えてないんだ……」
「……なるほどな。
お主……いや鼠久よ。そこの祠の前で手を合わせ目を瞑れ」
「な、何秒くらい?」
「3秒でよい」
「わ、わかった」
言われた通りに祠の前に立ち手を合わせ目を瞑る
三秒……三秒……。
「もうよい」
「へ?うわぁ!」
腰を抜かし今度こそしりもちをつく
でかいネズミが俺の前に鎮座していたのだから……。