幼馴染の家にお風呂を借りに行ったときの話
小学校から帰ると、湯船をスポンジでこすりキレイにする。それが彼女の家でのお手伝いだった。
面倒ではあるが、一番風呂に入れるのは気に入っていた。
いつも通り、お湯をはった湯船を見下ろすが違和感があった。
気にはなったが裸のままでは寒い。さっさと温かいお湯に入りたかった。
「よいしょっと、ん……!?」
持ち上げた右足を下ろした瞬間、悲鳴が響き渡った。
「おい、モモカ、どうしたんだ!」
高校から帰ってばかりの兄が慌てて駆けつける。そこには顔を青くして湯船を指差す妹の姿があった。続いて、今の自分の格好に気がつき顔を赤くした。
それから業者に連絡をとり、修理は明日来るということになった。
「―――風呂借りていいってよ」
「お兄ちゃんの変態。のぞき魔」
「しょうがないだろ。不可抗力だ」
ふくれる妹をつれて隣の家に向かう。小学校の頃からの幼馴染で親同士も仲がよかった。
チャイムを押すと幼馴染が玄関を開いた。
「悪いな、急に借りにきて」
「悲鳴がこっちまで聞こえてたよ。業者の人も来てたしこうなるだろうって予想してた。一緒にごはんもどうだってお母さんがいってたけど、どうする?」
「うちの親も帰り遅いみたいだし。じゃあ、甘えさせてもらうよ。何か手伝おうか?」
「お兄ちゃんは先にお風呂に入ってて、台所はわたしが手伝うから」
「おー、モモちゃんも最近は料理おぼえてきたもんね。あんたより頼もしいわ」
妹と幼馴染の女同士の会話に疎外感を感じながらも風呂場に向かった。
台所で夕食の手伝いをしていると、風呂場のドアが開き髪を湿らせた兄がでてきた。
「ふぅ、お風呂ご馳走様でした。じゃあ、妹、入ってこいよ」
「は~い」
普段入っている風呂との違いに戸惑いながらも、体を洗い湯船に身を沈める。今度こそ温かいお湯にほっと安心する。
お湯が少な目なので、なるべく深く身体を落とした。
「そういえば、なんで『お風呂ご馳走様』なんていってたんだろ?」
風呂場で何か食べたり飲んだりすることがあるのだろうか。
首をひねるが答えはでてこなかった。
風呂を出るとテーブルには料理が並べられていた。さきほどのことは気にはなったが、ささいなことだと食欲を優先させる。
「食べ盛りが三人もいるとちがうわね~」
「料理がおいしいからですよ。ご馳走様でした」
まただ。
兄が口にした『ご馳走様』という言葉。風呂に入っている間に感じたひっかかりがちくちくと刺さる。
「どうしたんだ、モモカ? オレの顔にごはんでもついてるか?」
ぺたぺたと自分の顔をさわりだす兄をじっと見る。まさかと、思う。いたって常識的な兄がそんなことするわけない。
しかし、どうしても兄のことを疑ってしまう。
さっき入っていた湯船の中、そこに入っているお湯が減っていたという事実のせいで。
もしも、そうだったとしたら確かめておかないといけないことがあった。自分が入った後のお湯がどうなっていたのかを。
「お兄ちゃん、うちだといつも最後にお風呂に入ってるよね? 残り湯ってどうしてるの?」
「残り湯なら使ってるぞ。もったいないからな」
「使ってるの?」
まさか、本当に……。疑念を深めながら質問を重ねる。
「ああ、バケツで汲んでるよ」
「バケツぅ!? 一杯まるまる!!」
「いや、一杯じゃ足りないから何度もすくってるぞ」
「へー、あんたの家はバケツか。大変そうだね」
「え?」
どういうことだと思いながら、モモカは首をすばやく曲げた。きょときょとと動く瞳は同じテーブルを囲う他の三人に向けられる。
「おまえん家はどうしてるんだ?」
「うちのお湯? それならポンプだよ」
「え、えぇぇぇぇ!? そんなにどばどばと……」
「え、そんなに変だった? まあ、ちょっと貧乏くさいとは思うけど」
「貧乏くさいとは失礼な子ね。節約よ」
近くにいたはずの人たちがいきなり遠くに行ってしまった。一人は小さい頃から仲良くしてくれた憧れのお姉さんのはずだった。もう一人はいつも優しくて頼りになるおばさんだった。
「あの、その、汚くないの……?」
「あー、そっかぁ、モモちゃんもお年頃だもんね。でもそんなこと言ったらお兄ちゃんが傷ついちゃうよ~」
兄の方を向くと、表情には出さないが何か言いたげにしていた。
「お兄ちゃんは、どうしても我慢できないの?」
「どうしてもってわけじゃないけど、ダメか?」
彼女は頭の中で様々なものを秤にかけていた。兄だってやっぱり健全な男子高校生なのだ。色々とたまるものもあるのだろう。
最近、女子だけを集めた授業で男性の生理現象を習ったところだった。
「だったらさ……、こっそりやらないでわたしの前でやってよ」
目の前でやられる方がもっと恥ずかしいのではないかとも思った。しかし、今考えられる妥協案はこれだけだった。
とりあえず、今はこれでいい。
今はダメでも少しずつ考えを改めさせればいいと考えた。
風呂の修理が終わると、妹はどきどきしながら湯船に身体を沈めた。
「うぅぅぅぅ……」
今はいっているこのお湯が兄に飲まれるのだと思うと、お湯の温かさ以上に体が熱くなるのを感じた。
―――次の日の朝
「バケツですくうとこぼれるし、やっぱうちもバスポンプ買うかなぁ」
洗濯機にお風呂の残り湯をめちゃくちゃ注いだ。