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いずれ最期に出会うなら2-3

 それから、幾度もお嬢と白骨の不思議な交流は続いた。

 お嬢は日に日に白骨に懐いていったし――本人は認めないだろうが――白骨が動いていることや生きているらしいことは最早、お嬢には大した問題ではなかった。自分の考えていることを話し、理解してもらえる存在がいることが重要だった。

 白骨は白骨で、その会話を楽しみながらお嬢がどこまでかつての科学のように、この世から不可思議な存在を排し、論理を組み上げていけるのか観察しつつも、会話自体は非常に楽しんでいた。

 彼の『役割(ロロ)』は人間と触れ合うこと自体は規定していないが、者共共通の『禁則(マルペル)』として、観測者の『役割(ロロ)』を持つ者に存在を認識されすぎてはならない――要するに普通の生き物のように当然存在するものとして知られてはならない。

 さりとて、ごく少数の者に触れ合うぐらいなら問題は全くなかった。ゆえに、二人を阻むのは常に二人以外の訪問者の都合だった。


「ねえ、どうして白骨さんはここに捕まってるの?」


 ある日ふと、思い出したようにお嬢が訪ねた。

 今では、年のころは十五ほどか。身長もかなり伸びたが、頭骨の半分程度未だに白骨の方が背が高い事を少し気にしていた。金の髪は相変わらず長く、初めて会った日から比べだいぶ大人びていたが、中身は少しも変わっておらず、理屈屋でどこか子供っぽい。


「うん? しいて言うなら、そういう存在だからかの」

「どういうこと?」

「儂ら不可思議な者共は……人間もそうじゃが、進むべき道というものがそれぞれの種族にある。儂はそれがたまたま、こう、薄暗いところでひっそりと過ごすことだっただけのことよ」

「わざわざこんな仕打ちを受けるところにいなくてもいいじゃない」

「儂のように痛みを感じない者にとって、拷問は拷問たり得ぬ。ゆえ、生にしがみつこうとする者たちを嘲笑い、揶揄い、容赦なくやってくる者たる儂は、ここにいるのが適切なのじゃ」

「白骨さんって本当に何なの?」

「ふむ、それはいずれまた話そう」

「人骨さんはどうしてそういうことははぐらかすの?」

「なぜ呼び名が変わったのかちょっと怖いぞ儂。……人骨の姿をとっているのは……」


 はぐらかされる会話を分析し、お嬢が原初のルールを理解しようとしているのを感じ取って、白骨は少し迷う。人間に原初のルールたる『役割(ロロ)』を説明することは特に禁忌ではない。観測者であるという自覚を持たせることが禁忌なのだ。

 しかし、白骨が何を象徴している『役割(ロロ)』なのかを理解しつつあるお嬢に、人骨である意味を解くことは恐ろしい。なにせ、下手をすると『規律(レギュロ)』に触れる事になるのだから。

 『禁則(マルペル)』による『反動(レコノ)』なら結果に予想がつく。竜が地に足をつければ翼を失い狂うように。しかし、『規律(レギュロ)』については、一体どうなるのか、非常に古い存在である白骨にも予測がつかない。

 『規律(レギュロ)』とはこの世界の理の持つある種の「強制力」――あるいは「矯正力」――であるがゆえに。


「この方が、怖そうじゃろ?」

「……色々と台無しよ、それ。」

「クカカ! かつて言っていたではないか! 見え方聞こえ方など個人によって異なるかも知れんと。ならばこそ、それっぽい見た目こそが重要よ! 何せ、例え感じ取り方や見え方が違えど、わかりやすいからの」

「……反論するようだけど、そういう意味では否定するわ。人間は見た目じゃなくて――いいえ、あなたのように人間じゃなくても、大事なのは心の有りようよ」

「ほう、お嬢が心を語るか」

「……そうね、どうかしてたわ」


 それっきり話さなくなったお嬢に白骨は少しだけ寂しく思いながら、気づかないふりをした。彼は者共を含めた生き物に対して紳士であることを常々心がけていたので、会話が途切れないよう、言葉を続けた。


「そういえば、戦争が始まったのだったな。この国は大丈夫そうかな?」

「…………そうね、どう、なのかしら。今の国力だけ比べれば勝てるはずだけど、眉唾な情報があるのよね」

「ほう、興味があるな、教えてほしい」

「仕方ないわね」


 お嬢は教えを請われることが好きだと、白骨は知っていた。しかし、それは自らより無知なものに対して知識を与える快楽ゆえではない。なぜなら、白骨以外の誰も彼女の言葉を理解しようともしないため、お嬢にとって何かを教えるという事は、白骨に対して思考過程に誤謬がないか確認することと同義であった。

 それは、同調を求めるものではなく、議論を求めるものであり、同時にお嬢と白骨だけがこの世界で通じ合える――不可思議なことに、非常に論理的な――ある種の舌戦だった。

 それは教える側も教えられる側もない、知恵ある若者と知識ある老人にとって、至上の楽しみと言えた。

 その、はずだった。


「有り得ないことだけど、敵軍に竜が味方しているらしいの」

「ほう……」

「!」


 お嬢は、その時点で異変に気付く。

 白骨を戒めている鋼鉄の鎖が数条、唐突に引きちぎれ、歪み曲がり、粉々になった。一部残存した破片は、高い音を立てながらころころと落ちては倒れて、少し震えて動かなくなる。


「許せ、取り乱した。“竜”と呼ばれた友がいたものでな。かつてこそ少々行動に問題があったが、今やそのような争いごとに肩を貸すような軽薄者ではない。その名を汚すとは……死にたいのかの(・・・・・・・)

「だめよ」


 お嬢は白骨にしがみつこうとして、少し迷って――頭をなでようとして――口を指さそうとして――肩をつかもうとして――結局、両手で白骨の手を握った。白骨の手は思いのほか冷たくはなかったが、その質感はお嬢に白骨が人間と異なる存在であることをまざまざと突き付けてきた。


「貴方がいることで、生きているんでしょう? みんな」

「……そうじゃの」

「だから、白骨さんは誰も殺さないんでしょう? いずれ来る仲間だから」

「そうじゃ」

「分かったら、私の話を聞きなさい。私はあなたの王女なのよ」

「……仕方ないの」


 自らを王女と称す時、お嬢は非常に機嫌が悪いと白骨は知っていた。

 そして、はぐらかしていた内容を恐ろしいほど正確に理解しているお嬢が、それを吐露しながらも知らぬふりをしていたことや、それをもってしても止めるべきであると思われたほど、自身が取り乱していたのだとようやく理解した。


「なるほどの。お嬢や、生きたいか?」

「うー……」


 かつてであった頃の子供のような仕草で顎に人差し指をあてて首を傾げたお嬢を見て、白骨は明らかに自らの怒りが収まっていくのを感じた。


「難しいわね。答えが」

「どちらとも言えぬか」

「いいえ、どちらにしろ、同じ(・・)だからよ」

「クカカッ! しかし、儂はまだお嬢の成長を見届けたいものだ」

「……身長はいずれ追い抜かす予定よ」

「こう、髪を上に結わえば、勝てなくもないぞ? 儂はあの性悪貴族と一緒でツルツルし(輝い)ているからの」

「……ぷふ。そういう髪型が好みならそうするわ」


 戦争による心労のせいか、どんどんと頭頂部が神々しくなり直視に堪えない、栄えある貴族のことを思い出したのだろう。そして、


「そんな奴から求婚されている私の身にもなりなさいよ」

「ほう、それは知らなんだわ」


 白骨の発言は嘘だった。

 ほぼ毎日やってくるあの貴族は、拷問をしている時の会話の際に、そのことを告げていた。白骨はその時の自分の精神力を自分で評価している。

 なにせ、太った貴族の目的はお嬢ではなく、王家とのつながりと白骨への拷問の延長だったからだ。彼は、お嬢のことなど駆け引きに使う盤上の駒としてしか見ていなかった。

 それをこれでどう(チェックメイト)だと言わんばかりに堂々と言い張る男の滑稽さに――それどころかどうしようもないまでもの自殺行為(フールズメイト)に――逆に呆れてものも言えず、怒りが収まるという不思議な体験をした。

 もっとも、その際に頭皮あたりに『役割(ロロ)』による力を行使したため、少し頭頂部の輝度が増したような気がするのだが、とりあえず、それなりに自らは冷静だったと白骨は思う。


「ねえ、白骨さん。竜ってどんな生き物なの?」

「なんじゃ、実在しもしない存在に興味があるのか?」

「実在しなさそうな白骨さんが言うと滑稽ね」

「クカカッ! 言いよるわ。そうじゃな、儂の知る“竜”と今の竜は異なるが……あらゆる力の象徴、善悪なき暴威、天災。そういった諸々の具象ではあるが、何より今では(・・・)空の覇者と呼ばれる存在じゃな」

「空の覇者……?」

「うむ、彼奴(あやつ)らは分かりやすい弱点があってな。地面に触れると堕ちるのよ。翼を失い理性を失い、プライドを失って狂気を得る。無論、お嬢の話を聞くに、おそらくその堕ちた竜が此度の戦、戦場に現れているようじゃの」

「本物の竜じゃないの?」

「違うのぉ。何千何万の軍勢が戦線に送られているのかは知らぬがな。未だ戦っているというのなら、それは儂の知る“竜”ではないし、ましてや竜ですらないじゃろ。

 地を這う蛇のごとき体をし、鳥の翼で風のごとく翔け、水に棲む魚のごとき鱗で体を鎧い、口からは火山のごとく火を吐く。四大元素や四属性なんぞと呼ばれるものすべてを統べる万象暴威の具現じゃ。人間などに太刀打ちできぬ」

「……はぁ、嫌になるわね。真剣に考えれば考えるほど」

「止めておけ。考えるだけ無駄じゃろうに。お嬢に動かせる兵はなく、お嬢自身に戦う力はない。考えるのなら、もっと楽しいことでも考えるとよい」

「うー……」


 お嬢は論破されたり、言い返せない時の定型句を吐き出しながら、少しうなだれた。


「もう、どこかへ逃げてしまいたい気分だわ」

「儂が言うのも皮肉じゃが、逃げ場はあるのかの?」

「うー……」


 再びうなだれるお嬢を見て、白骨はさすがに言葉を繋ぐことはできなかった。

 自らが介入しようにも、お嬢がどうにも白骨に助けられるのを是としていない風な印象があった。というよりも、白骨に迷惑をかけたくないと思っているのだろう。


「ねえ、白骨さん。私はいいから、一人で逃げ――」


 意を決したようにお嬢が何かを伝えようとして――






「ここにいましたか!」







 ――普段は二人がいる際には決して開かれることのない牢獄への扉が乱雑に開かれた。


「竜が急に町の近くに現れました! 尊き御身はどうか至急御避難を!」


 頭が禿げ(輝い)ている太った男が突然牢獄に入ってきて、お嬢の手をつかんだ。それは、お嬢が言い寄られていると言っていた貴族の男で、いつも不死の法なるものを白骨に問うために拷問していた男だった。

 カラン、とその拍子に何かが牢獄の石畳に落ちたが、余程焦っているのか、太った男はそれに気が付かない。


「そんな命令を出したの? 父様が?」

「とにかく来てください! もう時間がありません!」


 太った男の顔を見て、確かにそうだと白骨は思った。


(思えばお嬢と初めて会ってから、もう8年以上経っているのじゃな)


 そう思っている間にも、白骨に手を伸ばしながら嫌がるお嬢を無理やり抑え込んで、太った男は力任せにお嬢を連れ去ろうとする。


「嫌! 離して!」

「わがままを言わないでください! この国は終わりです。もう、どうしようもない!」

「だったら、なおさら逃げたって仕方ないじゃない!」

「くっ、許せよ!」


 武術の心得があったとは思えない肉付きであったが、男は力任せにお嬢のか細い首筋を殴打すると、それきり、お嬢は動かなくなった。

 男はお嬢を担ぎ上げると、一度だけ振り返って白骨を見た。


「問うが、そこまでして連れ帰るほどに、お主はお嬢を好いていたのかな?」

「そんなわけないだろう? だが、まだ利用価値があるというだけのこと」


 男はそう吐き捨てると、牢獄の鍵を閉める間も惜しいのか、牢獄の外へと走って出て行った。心底嫌そうにして。






 §






 そして、牢屋の中で蝋燭の揺らめきが止まり、静寂の幕が下りてきた。


「クカカ……滑稽よの」


 白骨の近くには、小さな金属が落ちていた。白骨は何気なくそれをつまみ上げる。

 重苦しく、そして錆付いた――絡みついた蔦で三日月を編んだような意匠の紋章(エンブレム)が刻まれた――鍵だった。そして、それはお嬢が連れ去られる前に落としていったもので、それで白骨をどうしようとしていたのか、理解していた。

 その感情も含めて。


「儂に助けを求めればどうにでもなるというのに」


 白骨を虐げ続けた国の民が、それも王たる血縁が、どうして助けろなどと言えるものか。そう、お嬢は思っていたのだろう。だからこそ、せめて白骨だけでも逃げられるように牢獄の鍵を持ってきたのだろう。

 その身を縛る鎖ならばいくらでも引き千切れるし、引き千切ったところを見せてしまった時もあった。

 しかし、もし万が一、牢獄自体に白骨をとどめる何らかの力があったとしたら……。


「馬鹿者めが。しかし、彼奴(あやつ)は最後の最期にして、的を射たことを言ったものじゃ」


 皮肉にもお嬢が気にしていた牢獄の鍵を開けたまま出て行った男のことを思い出す。


「確かに時間はないじゃろう。あの男には残り12分と24秒(・・・・・・・・・)しかないのじゃから」


 ジャラジャラと鳴る戒めを久方ぶりに鬱陶しく思った白骨は腕を一振りした。

 それだけで、音もなく粉々に鎖はその形を保つことすらできず、同じ色の砂と化して地面に落ちて、静止した。


「確かに、この国は終わりじゃ」


 反対の腕を振るうと、同じように鎖は跡形もなく消え去った。

 観測者のいないこの場で、白骨を拘束していたはずの鎖の残骸は、ただただ砂のようにこぼれ落ちてはちり芥のように地面に転がるのみ。


「堕ちた竜すら露と払えん人間の戦場に」


 そして、歩き出す両の脚にあった縛鎖は、最早、毛程の抵抗すら許されず、音すら立てずに崩れ消える。







「儂が出るのじゃからの」


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