ラスボス戦の片隅でキャベツを刻む
こちらでは初投稿です(・ω・)ノ
作業用RPG戦闘曲集を聞いてた時に思いついたネタです。
青白く発光する大理石で造られたフロア。天井を支える何本もの柱に、緻密なレリーフが彫られている。
奥に鎮座する黒水晶の玉座には、この城の主である魔王─紅玉の瞳には覇気が無く、つまらなそうに漆黒の長髪を持て遊んでいた。
「魔王様、勇者が『惨月の間』を突破しました─ご準備を」
「分かっておる。しかし、人間も懲りないと言うか学習しないと言うか……」
玉座の影に佇む、忠実な執事アベルに向かって愚痴が零れる。
この世界が混沌としていた時から『原始の神』の一柱として存在していた儂。天地創造するにあたって澱の部分─魔のモノ達を儂が一手に引き受けた。
魔のモノ達は「媚びぬ、かしづかぬ、省みぬ」の精神で、纏め上げるのに阿保なほど苦労した─時には実力行使、また、ある時はデス・ゲーム。
其も此も世界の均衡を保つため。
魔のモノは人間や生き物に害を与えるが、それは自然淘汰…自然の摂理の一環であり、儂はやりすぎぬよう手綱を取っている。
─儂がいなくなると世界崩壊するんじゃけど、人間は理解してんのかね……してないんじゃろうな。
アベルが言った通り、高らかにブーツの踵を響かせて、数多いる勇者の一人がフロアに現れた。
「諸悪の根源、魔王ケイオス!この勇者イージスが討ち取ってくれる!」
勇者自慢の『破邪の聖剣』の切っ先を儂に向ける。儂は剣を睨みつけた。
「アベル今回はイージス君ね、記録よろしく。あとは何時も通りで。………ふははははっ!よくここまでたどり着けたな、勇者イージス!お前を柱の染みにしてくれようぞ」
儂はアベルにしか聞こえない声で指示を出すと、芝居がかった上口を述べた。
イージスの口が微かに動くと体に陽炎のような揺らめきがまとわりつく─身体能力向上─儂、不死だから無駄なんじゃけど。それに少し相手したら、勇者の記憶と所持品を奪って見知らぬ土地に移転魔法で飛ばすし。
「さぁ、どこからでもかかってこい!」
玉座から降り勇者と対峙し、覇気を身に纏う。
相手の力量を測り、隙を窺う睨み合いの最中、荘厳な曲がフロアに流れた。
あれ?趣向変えたの?儂聞いてないけど……まぁいいか、今の雰囲気に合ってるし。
「いざっ」
一気に間合いを詰めて来た勇者の一太刀を右手から出した短剣で受け、怯んだところに火炎魔法(弱)を放った。動き易い間合いを取りつつ剣と魔法がぶつかる。
流れている曲のせいか、何とも言えぬ高揚感に酔っていると、アベルから注意が入った。
「そろそろ決着をつけて頂いても宜しいでしょうか─この後の会議、遅れると王妃様からお小言が」
そうじゃった。エレーヌは怒らすと怖いからのぅ…
「ふははは!これで終いだ!勇者イージスよ、我が渾身の技、受けてみよ!」
渾身の演技と雷電魔法を勇者に落とす。同時にアベルが手元にある魔石に魔力を込め、移転魔法陣を発動させた。
「なっ!!!」
全てが白い光に包まれ、光が終息すると服すら残して勇者イージスはいなくなった─移転先で痴漢として捕まらないことを祈るばかりじゃ。イージス君の新しい生活に幸あれ。
それよりも曲じゃ。マンネリの三文芝居と化した勇者とのやり取りが、ノリノリで対処出来たのは儂の精神衛生上喜ばしい。
「アベル、今回は趣向を変えたのか?中々良かったぞ─儂でも曲を流して戦闘なんぞ思いつかない。久々に楽しめた」
にこやかにアベルを見ると、珍しく困惑した表情をしている……今晩は雷雨かの。
「魔王様、あの曲はあそこから流れて来た物でして………」
視線の先に目を向けると、在るはずのない厨房と─居るはずのない女が一人、黙々と野菜を刻んでいた。
「ふー、やれやれ」
仕事帰り寄ったスーパーマーケットで、作り置き用の食材をエコバッグに目一杯買って来た。
しまえる物はしまい、中学生の拓実が帰ってくるまでに常備菜、フリージング、漬物を作る─まずはご飯から。
私は鞄からスマホを取り出す。
動画アプリを起動させ、お気に入りのRPG戦闘曲メドレーを再生すると、エレキギターの超絶技巧がキッチンに鳴り響く。
きっかけは長男の克実だった。
テスト期間の夜食を部屋に運んだ時、机の上につけっぱなしのスマホとワイヤレスイヤホン。まったくもう─と、画面の停止ボタンを押そうと手をのばして、不意に聞こえた曲に手が止まる……うわぁ、懐かしい。
「あ?母さんどうしたの?」
後ろから掛けられた克実の声で我に返る。
「お夜食持ってきたんだけど…克実はこのゲーム知ってるの?」
「やったこと無いけど、曲が格好よくてやる気出るんだよね。母さんはやったことあるの?」
「このゲーム流行ってた時は高校生だったもの。ラスボス戦で何度涙を呑んだことか」
レベル上げて挑むとラスボスも合わせて強くなるのよ…などと回想していると、有難い提案をされた。
「これ無料アプリで何時でも聴けるよ。アプリのダウンロードとアカウント登録やろうか?」
私はいそいそとスマホを取りに行って、登録後ほくほくと部屋を後にした。
それ以降、家事を集中してやりたい時にBGMとしてお世話になっている。
異変に気付いたのは、浅漬け用のキャベツをざく切りにしている最中。
部屋が暗く感じ、天気が悪くなったのかと思った─朝の予報では穏やかな一日って言ってたのに。
キャベツの半玉を切り終え、チキンカツの付け合わせにする千切りに取りかかろうと、サクッと包丁を入れた途端、音も無くフラッシュが焚かれた。
近所に雷が落ちたのかと慌ててキャベツから目を離したら、部屋の中にいる二人の男。
自宅に見知らぬ輩が居る緊急事態だ………が、それ以前に彼らの服装がおかしい。
一人は長身。黒の長髪と赤黒基調の服装にマント…頭の両耳の上辺りにメリノー種の角がある。
一人は細身。身長は長男とどっこい175cm位。ほぼ黒い服装は執事のイメージそのもので、顔色は驚きの白さ。マッシュショートの髪はクリアな水色。
物盗りにしては目立ち過ぎる外見。コスプレ?もしかしたら部屋間違えてる?まさか実咲の友人…は無いか。
色々考えたが、触らぬ神に祟り無し─私は彼らを無視して作業を続行することにした。
シュッワッ、シャ━━ッ、ピチピチピチピチ……
カリッと揚がったチキンカツを油から引き上げて金網に載せ、しっかり油を切る。
「─何を作っている?食い物か?」
不意に声を掛けられ、驚いて顔を上げるとコスプレ二人組が興味津々でチキンカツを凝視していた。
ギョッとするが、ここでパニックになるわけにはいかない─真摯に対応すれば猪だって山に帰るはず。
「チキンカツを揚げ…鶏肉に衣をつけて油で揚げてるんです。ところでお二人は、何故我が家にいるのでしょうか?」
「それを訊きたいのは儂の方じゃ。わが城の『贖罪の間』に、どうやって厨房ごと侵入した?」
「へ?キッチンごと侵入?出来るはず無いじゃないですか─それにここ、お城じゃなくて私の家ですよぉ」
何言ってんのと笑おうとしたら、黒色長髪さんがあれを見ろと奥を指さす。
見ると真っ黒でデカくてごつい一脚の椅子………明らかに我が家の家具じゃないと気付いた途端、ザーッと血の気が引く。猪は私だったか。
「偶発的に時空の歪みが出たのかのぅ─そんなに時が経たずに帰れるはずじゃ」
「あ、ありがとうございます。私、山下和美と申します」
故意ではないとしても、ご迷惑を掛けているので先に名乗る。悪魔みたいなコスプレだけど悪い人じゃなさそうだ。
「カズミさんと呼んでいいかの?儂はケイオス、こっちは執事のアベルじゃ─それより、チキンカツとやらをちっとばかり分けて貰えないじゃろうか?」
「いいですよ、今お盆に用意しますね」
お皿に千切りキャベツとチキンカツを一人3切れずつ、小皿、フォーク、小さい小鉢にケチャップとソースと端に辛子。
どうぞとお盆に載せて差し出すと、アベルさんが恐々と受け取った。
「揚げたてですから熱いですよ。赤いソースと茶色のソースを好みで付けて下さい、黄色いのはカラシという香辛料です。辛いので少しずつどうぞ」
「すまんのう、どうも此方からは干渉出来ぬようで……では頂こう」
アベルに盆を持たせたまま、フォークをチキンカツに突き立てるとザクッと音を立てた。先ずは赤いソースから…ちょいちょいと付けて一口噛る。
「うむ、美味い!赤いのは赤ナスか。カリッとした衣と中の肉の加減がいいのぅ。茶色はと……こちらのソースは香辛料と酸味が赤いのより強いが、儂はこっちが好みじゃ」
モグモグゴックンと嚥下すると、アベルの視線が痛い─普段は食に無頓着な奴なんだがの。
「盆を持ったままでは食えなかろう、儂が食わしてやる─どちらをつける?」
「魔王様のお手ずから…身に余る光栄でございます─私も赤いソースからが」
チキンカツに赤ソースをつけて噛らせる。2、3回モグモグした後、何時もは細い目がカッと見開かれる。ハイスピードモグモグとゴックンと嚥下したアベル。スゲー美味いと素で呟いた。
「魔王様、茶色のソースを…」
焦るでないと、ソースを付けてフォークに刺さっている全てのチキンカツを口のなかに押し込む。これも美味いようだ、上気してアベルの頬に赤みがさす……雷雨に雹が追加か─農作物の被害を考えると頭が痛いわい。
美味い物を堪能する至福の時が終わる。名残惜しいが仕方あるまい。
「カズミさん馳走になった。大変美味かった」
「ありがとうございます。お二人とも美味しそうに召し上がるので、作り手も嬉しいです」
アベルがまた恐々と盆を戻す。受け取ったカズミさんはテキパキと片す。
「魔王様、大変です。会議の時間が過ぎております」
「うぬぅ、エレーヌのお小言じゃ済まないのう」
どうしたらエレーヌの怒りが収まるかと考えはじめた。どんよりとした空気が儂らの間に漂う。
「ケイオスさん、アベルさんよろしかったら、此方を受け取って下さい」
カズミさんが先程のお盆を差し出していた。アベルが受け取る─見たこと無い瓶が二つと、ピンク色の紙で包まれた物が載っていた。
「これは?」
「お裾分けです。少しですが先程の赤いソースと茶色のソース、包んであるのは自作のクッキーです。奥様にお渡し下さい……すみません、私のせいで」
「いらん気を使わせてしもうたな。遠慮なく頂戴しよう。今回の件は事故じゃよ、気に病む事はない」
深々と頭を下げるカズミさんに頭を上げるよう促した。
ピーンポーン、ピンポーン
なんじゃ?変な音にカズミさんがハッとする。
「あら、息子が帰って来たみたい。すみません、失礼します」
カズミさんがパタパタと奥に向かうと厨房が淡く光り─音なく消えた。
アベルの手にはお盆がそのまま残されている。
「……返しそびれたの。さ、遅くなったが会議じゃ」
「はい。魔王様」
その後、クッキーによって魔王妃エレーヌの怒りは収まり、赤いソースと茶色ソースは厨房の料理長の手で再現され、レシピは庶民にも普及した。
アベルによって引き起こされた雹を伴う雷雨は農作物に被害を与えたが、魔王様が全て買い取りソースの研究に使ったとか。
「お帰りー」
「ただいまー。お、今日はカツ?」
「チキンカツ。拓実今日塾でしょ、用意しとくから着替えちゃいなさい」
キッチンに戻ると、見慣れたダイニングテーブルが─戻ったんだ。
テーブルに食事を用意してる時に、お盆を返してもらっていない事に気がついた。
─終わり─
お楽しみ頂けたら幸いです(о´∀`о)
短編を書くの初めてでしたφ(..)