第八話
大いなる星の遺産。それはこの世界に遥か昔から存在する、建造物の総称である。それらの多くは、現在の技術を越える技術によって建てられており、そこから発掘される技術や知識、遺物は人類の発展に大きく貢献してきた。故にそれらは人類にとっての守るべき宝、財産という意味で、大いなる星の遺産と名付けられた。
だが、大いなる星の遺産がもたらしたのは発展だけではない。それらから発掘される技術や知識、遺物は時に争いの種にもなった。
とある時代、大いなる星の遺産から発掘されるそれらを巡り、世界各地の国々で戦争が起こり、やがて世界中を巻き込む大戦に発展したことがあった。
後に遺物戦争と呼ばれるその大戦での被害は尋常ではなく、大戦の中で多くの人々の命と、数々の貴重な遺物が失われた。
そして遺物戦争の終結後、二度とこのような過ちを犯さないよう、大いなる星の遺産と、それらから発掘される技術や知識、遺物を厳格に管理するための組織が作られた。
それが世界統治機構の前身となる、世界遺産管理委員会である。
それから数百年の時が経ち、世界遺産管理委員会は世界統治機構と名を変え、大いなる星の遺産の管理だけでなく、世界の治安の維持や統治をも行う巨大組織として今なおこの世界に存在し続けている。
そんな巨大組織の本拠地イスカイアは、大いなる星の遺産の中でも桁外れの高さと大きさをもつ天の柱を模して建てられた巨大高層施設である。天の柱が優美さと荘厳さを兼ね備えた白を基調とする外観であるのに対し、こちらは無骨で機能性を重視した構造で外観は灰色。
その様子はまるで地上に建てられた巨大な墓標のようだ。
そしてその墓標を背にして、私は立っている。立っているというより、待っている。イスカイアは世界統治機構の本拠地であると同時に、守護者の本拠地でもある。
もうすぐここに部下が報告にくる予定になっている。
どうせいい知らせはないだろうと思いつつ待っていると、部下が二人やってきた。頭以外を白銀の全身鎧に包み、身長差のある凸凹コンビは私の前までやってくると足を止め、ピンと背筋を伸ばし、やや緊張した面持ちで報告する。
「ドミオ隊長、報告します!!スレイドル地方を隅々まで捜索しましたが奴は発見できませんでしたっ。」
長身の方が言う。
「フェレス地方も同じく。」
背の低い方が続く。
「分かった。今度は西の方も探ってくれ。少しずつ網を広げるんだ。奴はこの世界から消えたわけじゃない。範囲を広げていけば必ず網に引っかかるはずだ。どうか諦めないでくれ。私も君たちと共に全力を尽くす。」
我ながら熱いことを言ったと思った。
「はっ。」
二人の部下は勢いよく返事した後、さっと踵を返して去っていった。
「全く、困ったことをしてくれたものだ。」
二人の背中が遠くへ行ってから呟く。
逃げた一人の裏切り者を捕まえる。それは簡単なようで簡単なことではない。
なんせ追っている相手は守護者の中でも精鋭中の精鋭だった者なのだから。
ユラニス=アリステア。今から約1か月前、世界統治機構の本拠地であるこのイスカイアから一つのある遺物を盗み出し、そのまま行方を眩ませた人物。
彼女は先祖代々優秀な守護者を輩出してきた名家──アリステア家──の一人娘で、守護者に必要な能力は一通り兼ね備えた才女だった。性格も明るく誠実で特にこれといった癖や問題もなく、流石は名家の生まれといった実力の高さと品の良さから守護者内外を問わず人気者で周囲からの信頼も厚かった。
そんな彼女がまさか裏切ろうとは誰が予想できただろうか────。
彼女が盗んだのはアンドレアの星鍵と名付けられた遺物で、フォルカミルという保管庫に厳重に保管されていたものだ。実際に見たことはないが、世界統治機構の技術をもってしても解析不能であり、それ故に複製も作られていないまさに一点ものの貴重なものである。用途や作られた理由は未だに明らかになっていないらしいが、世界統治機構にとってはそれでも大切なものらしい。
盗まれたことが発覚してからすぐに上から命令が下った。
───どんな手段を使ってでも裏切り者を処分し、アンドレアの星鍵を奪還せよ。この命令はあらゆる任務において優先される───と。
あらゆる任務において優先されるということはつまり、通常の任務を放棄してでも真っ先に解決しろということだ。こんな命令は今までに受けたことがない。それだけ上は焦っているのだろう。
あの遺物に一体何があるのか?そして彼女はどうしてそれを盗んだのか?気になるが、考えても仕方がない。彼女を見つけ出し、捕らえれば分かることだ。
街や都市の治安を維持する者達だけでなく、大いなる星の遺産の守護に当たっていた者達も含め、動員できる者はほぼ全て動員して、捜索させている。しかしそれでも彼女を探すには数が圧倒的に足りない。
世界が広いというのもあるが、そもそも守護者という組織は少数精鋭なのだ。
世界各地から才能や素質のある優秀な人材をスカウトして作られた組織であるが故に一人一人は優秀なのだが、その反面数は少ないため人海戦術のような作戦は取りづらい。
できれば世界中に捜索網を敷きたいところだが、それができないから頭を悩ませている。
更に、そのただでさえ少ない人員を割かなければならないもう一つの問題がある。
それは世界各地に転々と発生し始めた、触れるもの全てを無へ帰すという謎の闇の存在だ。こちらも放っておけば大変なことになるので同時並行で処理を進めている最中だ。
「ハァ。」
思わず溜息がこぼれた。先のことを考えると気が重くなる。まさか自分が守護者全てを統括する総隊長になってから、こんなことが起きるとは。こればかりは運が悪いと、ドミオ=フラウドニクは思うしかなかった。