第七話
闇はその体を上下左右に動かし、まるで生きているかのように蠢いている。そうやって少しずつ私達のいる方へと近づいてくるような気した。思わず私は数歩後ずさった。
「これは一体何なの?すっごく不気味なんだけど。」
「これは触れるもの全てを無へと帰す闇さ。ここから先にあったものはみんな目の前の闇に飲み込まれて消滅してしまった。街も大地も空も、全て。」
ライルは淡々と語る。私はその言葉の意味を
理解しかねないでいる。
「消滅ってそんな大袈裟な。」
私が言うと、突然ライルはかがんで足下の石畳の欠けた部分を拾ったかと思うとそれを眼前の闇へ向かっておもいっきり投げた。
ライルの手の平くらいの大きさの石は一直線に飛び、闇へと突っ込んだ。そしてその瞬間、忽然と姿を消した。
地面に落ちたような音もしない。本当に消滅してしまったのだろうか?
ライルが今度は足下に落ちていた長い木の枝の先を闇の中へ突っ込んだ。
そして引き抜くと、闇の中に入れた部分だけ短くなっていた。
それを見て私も真似してみる。結果は同じだった。闇の中に入れた部分はものの見事になくなっている。
「な、な、な、なんなのよこれぇ。」
私は驚きと動揺を隠せなかった。
「何なのと聞かれても僕にも分からないよ。ただ一つ分かるのは、この闇が世界各地で広がり、少しずつ世界を消滅させていってるということだけさ。」
「各地で?」
「そう。ここだけじゃない。僕はエルフィーネを探して世界中を旅してる間に、これと同じような現象が起きてる場所を3箇所見つけたよ。多分他にもあるんじゃないかな。」
「どうにかできないのかなこれ?」
「それを考えるのは僕や君の仕事じゃないな。世界統治機構や守護者の仕事だ。ふふっ、今頃彼等は忙しいだろうねぇ。」
ライルは愉快そうに笑った。
そうか。こんなことが起きれば世界統治機構やその傘下の守護者達が見過ごすわけがない。彼の言うとおり今頃彼等は総力を挙げて原因の究明や解決策を見い出すために躍起になっているに違いない。とてもじゃないが大いなる星の遺産の守護なんかしてる場合じゃない。
「じゃあここも守護者達が調べてるの?」
「それはないと思う。それならここはとっくに立ち入り禁止になっているはずだし。そうなってないってことは、まだここは彼等には見つかってないんだろう。街と街を繋ぐ街道の丁度真ん中辺りだしね。転移の紋様でどこでも瞬時に行けるようになった分、こういうところの異常は見つけにくいんだろう。まあ、それでも時間の問題だろうけどね。」
なるほど、転移の紋様により点から点へと直接移動できるようになったため、点と点を繋ぐ線である街道上の異変は逆に発見し辛くなってしまっているというわけだ。
しかしそれはさておき──────
「結局、あなたは全てを知っていたのね。最初から。」
「そうだよ。ただそれを言っても君は信じなかった。」
「そうね。とてもじゃないけど信じられる話じゃなかったから。でも、まさか本当だったなんて。」
「それは負けを認めたってことでいいのかな?」
「ええ、私の負けよ。こんなもの見せられたら流石に否定のしようがないもの。」
絶対に負けることはないと思っていたのにまさかこんなことになるとは。しかし、不思議と悔しさは湧き起こらなかった。予想もしなかった真実に驚いているからかもしれない。
「じゃあ、僕と一緒にエルフィーネ探しの旅に出るってことでいいのかな?」
「も、もちろん。」
約束は約束だしこうなったら腹を括るしかない。
「それでは改めてよろしくね。エリシア。」
ライルは右手を差し出す。空に浮かぶ太陽のように無邪気な微笑みが日の光に照らされて一層眩しい。
「え、あ、うん。こちらこそよろしくね。」
差し出された右手を握り返した。
「大丈夫。後悔はさせないさ。必ずエルフィーネを見つけてみせるから。」
どうしてだろう?これから旅に出るなんてすごく嫌だし不安なはずなのに、不思議とこういうのも悪くないと思えた。