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レジェンドシーカーズ  作者: 天野カイリ
第一章
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第一話

 私の前には見上げるほど高い尖塔(オベリスク)状の石碑(モノリス)が建っていた。私は高鳴る胸の鼓動を抑え、ゆっくりとそこに刻まれた碑文に目を通す。

─────間違いない。刻まれているのは子供の頃おじいちゃんから何度も読み聞かされてきたものと同じだ。

それが分かると抑えつけていた胸の鼓動が最高潮に高まる。

まさか本当に、こんなところにあるなんて!!

ということは伝説は間違いなく真実。

 この碑文を声に出して読み上げよう。そう思った。なぜかそうしなければいけない気がしたから。

そして私は読み上げる。この世界に伝わる伝説を───────。



“今から約8000年前のこと、まだこの世界に竜や精霊と呼ばれる存在がいた時代。

平和だった世界に突然八つの災いの種が蒔かれた。

それらは地上に根を下ろすと、災いの化身──カオスとして目覚め、その本能に従い世界を破壊し始めた。そして平和だった世界に絶望と闇が訪れる。だがカオスが現れると同時に、それに抗うべく、八人の英雄が現れた。英雄達はこれまでバラバラだった種族を一つにまとめ、カオス達に戦いを挑んだ。この世界を守るために。

こうして後に混沌戦争と呼ばれる長く険しい戦いが始まったのだった───”



 曙光の英雄伝説。私が小さい頃からおじいちゃんに読み聞かせてもらっていた伝説のその冒頭部分。この世界の誰もが知っているけど誰もがただの空想やお伽話だと信じてやまないその伝説。

 それが目の前の石碑(モノリス)に刻まれてあるなんて、未だに信じられないことだ。

 私が今いるのは天の柱と呼ばれる、誰が何のために建てたのか分からない、遥か空の彼方、雲の上まで突き抜ける塔の中のとある部屋の中。大いなる星の遺産(マグナ・ステラ)と呼ばれるこの建物は遥か大昔、混沌戦争があったとされる時代から存在していたと言われている。

その中に伝説の原文が刻まれた石碑(モノリス)があったのだから伝説ただの空想でもお伽話でもなく紛れもない真実だ。

これは大発見。皆に知らせればとんでもないことになるかも。まあ、誰にも言う気は無いけどね。言っても誰も信じてくれないだろうし。そもそもここは私のような一般人は立ち入り禁止だし。私がここに入ったことがバレたら大変なことになっちゃう。

心臓の鼓動はまだ収まらない。

「ねぇ、いつまで見てるの?早く帰りましょうよ。」

左肩に乗ってるルミエナが言った。

「うわーなんでそんなこと言うのよ。折角感動に浸ってたのに冷めるわー。」

私はルミエナに抗議の視線を送る。だが、ルミエナはどこ吹く風だった。

「だって結局本に載ってる内容と同じでしょ。わざわざこんな所まで見に来なくとも、いつでも見れるじゃない。それにここがどこか忘れたの?グズグズしてると守護者(ガーディアン)が戻ってくるよ。」

「はあー。」

私は溜息をついた。

どうしてこの感動を分かち合えないのかなあ。

それに相変わらずお姉さん気取りだし。ウィカの癖に妙に人間っぽくて腹立つ。

 ルミエナはウィカだ。

ウィカとはこの世界を形作る様々な力の意志の欠片。世界統治機構によって一定の年齢に達した者はウィカとの契約を義務付けられている。

私がルミエナと契約してから2年が経つ。

ルミエナは私の前に姿を現すときはいつも腰の辺りまである長い髪に法衣を纏った落ち着いた雰囲気の女性の姿で現れる。本来ウィカには性別も、決まった姿形もないらしいけど、この方が契約主とコミュニケーションが取りやすいということでこんな姿をしているらしい。

だから私も本当の姉のように話しかけたり、感情移入したりする。時には彼女(と言ってもいいのか分からないけど)を本当の人間だと錯覚することもある。

「分かってるわようるさいなぁ。いいじゃない少しくらい、余韻に浸らせてよ。」

「じゃあ後30秒だけそうしてていいわ。」

「30秒………少なっ。」

そう思ったけど今の会話で大分興が冷めてしまった。こんな場所に来ることなんてもう二度とないだろうから惜しいけど、もういいや。

30秒も経たないうちに体を反転させる。あの長い螺旋階段を今度は降りるのかと思った矢先……。

「えっ。」

時が一瞬止まった。

私の前には顔がある。褐色の肌に艶やかな黒い髪、透き通った空のようなクリアブルーの瞳。そして中性的で幼さの残る整った顔立ち。

「きゃあああああああああああああああああっ。」

ゴンッ。

「いったぁーーーーーいっ。」

驚いた私は思わず後ろに下がろうとしてバランスを崩して尻餅をつき、その拍子に後ろの石碑(モノリス)に後頭部をぶつけた。じんじんと鈍い痛みが走る。

「あははははははははっ。」

 あろうことか少年とも少女とも区別がつかない人物は腹を抱えて無邪気に笑った。見た目が見た目なら声も中性的だ。

「ちょっと何笑ってるのよ!!こうなったのはあなたのせいでしょう?」

私はついカッとなって言った。

「ごめんごめん。まさか先客がいるとは思わなかったからさ。邪魔したら悪いと思って待ってたんだよ。」

謎の人物は笑いを堪えきれない様子で釈明する。

「はー全くもう。居るんなら少しくらい気配出してよ。びっくりしちゃったじゃない。」

スカートの翻りに気をつけながら立ち上がり、性別不明の人物と対峙する。

年は私と同じくらいに見える。

こうして改めて見てみると、少年又は少女は少し独特な格好をしていた。

 黄色のTシャツの中に黒のインナー、下は紺色のズボン。首には十字架に羽のような突起が生えたネックレス。そして両肩から斜めにクロスするように複雑な紋様文字が刻まれた青い布を掛けており、両腕にも同様の色と紋様文字が刻まれた腕輪を付けている。さらに腰には太く分厚いベルトを巻き、ホルダーに1冊の赤い表紙の本を挿している。

かなり個性的な格好なのに不思議と違和感を覚えなかった。それどころかよく似合っているように思える。

「それで、いつからいたの?」

「いつから?うーんそうだな、君が碑文の内容をいきなり大声で読み上げ始めたあたりからかな。」

謎の人物は素直に答えた。

「えっ、嘘でしょ!!じゃあ全部聴いてたってこと??」

軽い気持ちで聞いて後悔した。

頬が熱くなるのを感じる。きっと今頃真っ赤になってることだろう。

「うん。中々よかったよ。それに正直言うと有りがたかった。」

「ありがた・・・かった?」

言葉の意味が分からない。

「僕、古代文字が読めないからさ。君がわざわざ読み上げてくれて助かったよ。」

そういうことか。そういえば石碑(モノリス)に刻まれた碑文は古代文字だ。私は読めるから当たり前のように読み上げたけど、この人は読めないんだ。だが、それが分かったところで恥ずかしさは消えない。

「べ、別にあなたのために読み上げたわけじゃないんですけど。」

「分かってるよ。それでも助かったからお礼を言わせてもらうよ。ありがとう。」

中性的な人物はまるで幼い子供のように純粋で屈託のない笑顔を見せた。

そうやって素直に対応されると余計にどうしたらいいのか分からなくなる。それにその笑顔は反則だ。目の前の人物が男だろうと女だろうと関係なく心を開いてしまいそうになる。

「あっ、えっと、それはどういたしまして。」

照れ隠しなのは分かっているがそんな返ししかできなかった。

「ところで、自己紹介がまだだったね。僕はエルム族のライル。よろしくね。」

謎の人物はライルと名乗った。話し方から大体察してはいたけどやっぱり男なんだ。

「私はルフィナ族のエリシア、そしてこっちが──」

私は左肩に乗ったルミエナを指し示す。

「私のウィカのルミエナよ。こちらこそよろしくね。」

「よろしくお願いしますね。」

ルミエナはローブの裾を摘まんで優雅にお辞儀の仕草をする。

「それにしても奇遇だねぇ。まさかこんなところで人と出会うなんて。ここへわざわざ来るってことは、君もこの石碑(モノリス)が目当てかい?」

「ええそうよ。それ以外にここへ来る理由なんて無いでしょ?」

「まあ、そうだね。」

彼は何故か苦笑いした。

「ということは君もこの伝説を信じてるんだよね?」

ライルは奥にある石碑(モノリス)に目を遣りながら言った。

「もちろん。そう言うあなたは?」

「当然信じてるよ。」

「だよねー。」

「ふふっ。それにしても、伝説を信じてわざわざこんな所へ来るなんて君も相当だね。」

ライルは笑いながら言った。

「それはお互い様でしょ。」

「まあね。良ければ聞かせてくれないかな。君がこの場所に来ようと思った理由を。」

「理由?」

「そう。だってさ、例え伝説を信じていたとしても、わざわざこんな場所にリスクを冒してまで入る必要性なんてないじゃないか。信じるのは自由だからね。それなのにここへ来たってことはそれなりの理由があるってことだよね。」

 確かにその通りだ。ただ信じているだけならば、それが真実である証拠を求める必要はない。伝説はきっと実在するだろうと思っておけばいい。彼の言うとおり私がここへ来たのにはそれなりの理由がある。だが、その理由を素直に話してどう受け取られるだろうか?不安になるが聞かれた以上答えるしかない。

「私がここへ来たのは、自分が伝説の英雄の末裔であることを証明するためよ。」

はっきりとそう言った。私と同じく伝説を信じてここまで来た彼なら大丈夫だと信じて。

「伝説の英雄の末裔・・・だって!?もしかしてあの八英雄の?それは本当かい!?」

ライルは私のことを馬鹿にするどころか興味を抱いたようだった。クリアブルーの綺麗な瞳がより一層輝きを放つ。

「ええ、本当よ。その証拠に私の家系は先祖代々ある技を受け継いでいるの。当然私も。今それを見せることはできないけどね。」

「へぇー。ちなみに八英雄の誰の末裔なの?」

「戦場の歌姫システィナ。」

「システィナか。それで、伝説の英雄の末裔である君がどうしてこんな場所に?」

 彼は私の話を不気味なくらい素直に信じてくれている。これなら安心して全て語っても大丈夫だろう。

「両親や姉、そして祖父母に至るまで私の家族は皆、自分が伝説の英雄の末裔であることを信じて疑わないの。そして、英雄の末裔としての誇りと矜持を持って生きることを私や姉たちに昔から強いてきた。それで姉たちは割と素直にそのことを受け止めていたんだけど、私だけは違った。姉さんで達とは違って私は、自分が伝説の英雄の末裔であると素直に認めることができなかったの。」

「へぇ、それは何故?」

ライルが興味深げに尋ねる。

「いくら私の祖先が曙光の英雄伝説に登場する英雄の末裔だって言われても、肝心のその伝説が真実なのか空想(ファンタジー)なのか分からないんじゃね。信じようが無いじゃない。」

「なるほど。確かにね。前提があやふやなままではそりゃ信じようがないよね。だから君はここに来たというわけか。自分と、家族が何者なのかを証明するために。ここには昔から、エルフィーネの伝説の原文が刻まれた石碑があると噂されていたからね。そして、それは本当だった。つまり、伝説は実在し、君は本当にシスティナの末裔だったというわけだ。良かったね。おめでとう。」

「う、うん。ありがと。じゃあ今度はあなたの番ね。素直に話したんだからいいでしょ。聞かせてよ。」

「もちろんだよ。だけど君の理由に比べれば僕の理由なんて大したことないと思うけど、それでもいいかな。」 

「理由の大小は関係ないわ。」

それを聞くと安心したようにライルは語り始めた。

「僕がここへ来た理由。それはただ、伝説を信じるものとして、そして、エルフィーネを探す者として、一度この石碑を見ておかなくてはいけないと思ったからだよ。」

私は耳を疑った。さりげなくとんでもないことを言った気がする。伝説を信じる者としてというのはいいとして、問題は後半だ。

「エルフィーネを探す者として、ということはあなたまさか、エルフィーネを探してるっていうの!?」

「そうだよ。」

彼は即答した。

「えーーーーーっ。」

私は驚いた。

 エルフィーネ────その単語は当然私も知っている。

曙光の伝説の最終章。

八英雄の活躍の元、人類は多大な犠牲を払いつつも次々にカオスを倒し、8体の内7体のカオスの討伐に成功する。

残るは一体。最後の戦いに備え総力を結集した人類はいよいよ最後のカオスに戦いを挑み、そして長時間の戦いの果てに遂に最後のカオスを倒す。しかし、これで終わりではなかった。最後のカオスを倒した後、世界を闇が覆い始める。その闇は触れるもの全てを虚無へと帰す“無”だった。なんと最後のカオスの正体はこの世界が存在する遥か以前から存在する原初の混沌であった。勝利の喜びから一転、迫り来る闇に為す術なく、この世界と共に消滅する運命を悟った人類。だれもがその残酷な運命を受け入れかけたその時、皆の前に最後の希望が現れる。その名はエルフィーネ。エルフィーネは迫り来る闇を振り払い、終わりかけたこの世界を変えた─────。

 伝説はここで終わる。エルフィーネとは曙光の伝説の最終章の最後に登場する謎の存在で、描写からして世界を変える力を持っているということだけは分かるがそれ以外は何も分からない。情報があまりにも少なすぎるから。まず、人なのか物なのかもハッキリしない。まあ、そんな力を持っている人間なんていないだろうから人ではないことだけは確かだろうけど。

伝説を信じているというだけでもかなり珍しいというのに、そんな正体の知れないものを探している人がいるなんて流石の私も驚きを隠せなかった。

「あの~それって冗談ですよね。」

一応確認する。もしかしたら私をからかっているのかもしれない。

「冗談も何も僕は至って真面目だよ。」

しかしライルは真顔で答えた。その瞳は真剣でとても嘘や冗談を言っているようには思えない。ということは本気なのかこの少年は。

「ええーーーーーっ。」

私はこの事実を受け入れられずにいた。この世界にまさかエルフィーネを探すなんて酔狂な人間がいたという事実を・・・・・。


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