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冷たい、痛い、体が動かない、感覚が遠くなる。脈が速い、体が熱い、俺はいったいどうなった。

何も見えない怖い、怖い・・・誰か助けてくれ・・・・・。


「またあの夢か」


寝起きに合わせて少しずつ荒い呼吸が落ち着いていくのを感じながら、何度目かわからないあの悪夢を苦々しく思い出す。何が起きているかわからないのにいろんな現象が自分に襲い掛かる感覚は恐怖しかなかった。男にとってそれは眠ると同時に表れて、急に切断されて現実に引き戻される苦行である。


(一体何度目だよ。)


男はだれもいない道の端で朝日が昇り始めた寒空の下で一人自分の思いを吐き出す。最悪な気分はそのままに、職場に向かわなくてはならない。そうしないと飢えて死んでしまう。男がホームレスと変わらない生活になって3か月がたった。


男のねぐらからウェーバー通りを突き抜け、メインストリートに抜けると公国一の露店街が顔を出す。この町の心臓ともいうべき場所で、雑多なラインナップの中に食べ物だけでなく日用雑貨品、趣味奢侈品、隠れたお宝まで見つかるまさに蚤の市という感じの雰囲気を漂わせている。ここは肌や目の色、出身地の違い、目的や貧富の差までごった煮になった人々が自分のために生きている。人にかまう余裕などみじんもない。


(今日も寒いな、この分だと夜には雪か)


男は雑踏の中、過ぎさる人ごみの中で夢の中で起きた感覚を何度も思い返す。人間の声、足音、服のこすれる摩擦音、小銭の金属音すべてが今の自分に中に溶けては消えてゆく。人の形をした何かが自分を介して、どこかに行ってしまうような気がして虚しくなる。そんな気持ちのままメインストリートの端っこ小さな2階建ての建物に向かう。ここが俺の職場だ。


「おはようございます。ガトーさん、今日の分もう届いていますか?」


「ああ、届いているよ。ほら、今日の朝刊100部だ。全部売ってこい。」


「今日は冷えるぞ。お前の担当地区のお得意様は間違いなくローズ通りのコーヒーショップでアナグマ  のように出てこないと見た。そこを中心に構えてみろ。ガハハハッ」


新聞社の番頭を自負する2メートルはあろうかという髭面の大男、新聞社の創業期から関わり、20年以上現場を仕切る新聞社の顔である。俺と同じような立場の人間を多数、新聞社にスカウトしては現場に回し、雑な仕事ぶりを見つけては怒鳴り散らし、新聞を捨てて上がりをよく見せたりするやつを許さない割に一人一人に目が届く人柄が配達員と販売員から尊敬されている。俺も嫌いではない。尊敬も恩義もある。が、耳元で大声で話す雑さとあの巨体から放つ威圧感な雰囲気が苦手なのだ。


「ああ、それと販売が終わった後、2階に顔出せってマリーが言ってたな。必ず来いよ」


「・・・分かりました」


自分の口が一瞬への字になりかかったのを我慢して、いつもの表情を気合で作る。目の前の大男の前で不機嫌な態度を取れば拳骨の一発は覚悟しなければならない。立場も人間としての厚みも勝てる気がしない。


2階は新聞を書く側の人間が編集室として使っている部屋で俺たちとは無縁の場所だ。編集長が販売員を呼び出すなどありえない。編集マンと記者が俺に用などあるはずがない。


(大きなへまをやった覚えはねぇぞ)


不気味な呼び出しが不吉な予感を漂わせたのを背中で感じながらも俺は仕事に向かう。


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