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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死屍累々

作者: 水乃蒼


春の風が立ち込めるような美しい風景がそこには描かれていた、多種類色とりどりの花が咲き誇っている。沈みかけた夕陽が青い空を茜色に染めていた。しかもこの絵を描いたのが子供なのだから余計に絵に価値がでる。メディアなら真っ先に食いついてくるだろう。

「凄いですね・・・」

しかし絵描きの子の母親は不安そうな顔で言った。

「でも、あの子ったら自分の描く絵はいつも怖くなるって叫ぶのよ。でも別に何の問題も無いこの絵でしょう?もう何がなんだか」

「そうですか、それで私を」

「そうそう。それで何か心に問題があるのかと思って。私もいろいろ話を聞いてみたんだけど、出てくるのは楽しい出来事を話すばかりなの。学校にも普段の様子を聞きに行ったんだけど、苛めも何も無いって言うじゃない?」

母親はこめかみに手を当て考え込んだように首を傾げた。

「人間の心は枠に囚われません。人自身が無限に創り出せるものです。だから、私たちが想像もしないことが頭の中や心の中にあって、それは凡人じゃあ理解できないともあります。本人にしかない闇を紐解いていくのが私の役目ではありますが、簡単じゃないことは確かです。」

そう言う女の淡々とした表情に息を呑む。

「あと、もし自分の子が貴女の理想にそぐわなくとも愛する事が出来ますか?」

その言葉に母親は只ならぬ状況にあると知る。ある意味軽率な行動だったかもしれないと後悔もした。心理学などを専門とした仕事をしている女の目に冗談や冷やかしはない。

しかし母親は真剣な眼差しでこう答えた。

「もちろんです。自分の子どもですから。」

強い意志を感じた母親の言葉に、心理学者の女は初めて笑顔を見せた。

「それを聞けて安心しました。では、始めましょう」

女は何をするでもなく子供部屋を見渡した。すると、壁に貼られていた綺麗な絵を次々と剥がしていく。母親は困惑した。

「あ・・・あの?」

「息子さんの描いた絵を全て見せてもらえませんか?あと、貸してください。」

母親は不思議に思いながらも子供の絵を全て女に渡した。


「何やってるんだ?」

同じような絵をじっと眺め続けている姿を見て疑問を投げかけてみる。

「あっ、明さん。仕事ですよ仕事、だから邪魔しないで下さいね」

絵を視線から外し、顰めっ面のままこっちを見てくる姿に笑いそうだ。久しぶりに会ったのに邪魔をするなと釘を刺されただけとは呆れたやつだなと思う。

「勝手に俺の家に上がりこんで、勝手に俺の部屋で作業をしといて何言ってんだよ」

「別に良いじゃないですか、滅多に帰ってこないんですから。どうせ署で寝泊りでしょう?本当仕事人間なんですから」

男は黙って渋い顔で頭を掻いた。

「その絵なんなんだ?」

全て風景画に見える綺麗な色彩絵を男は一枚手に取る。花一つにも沢山の色が使われていて華やかな印象だ。

「明さんはこの絵どう思います?」

「プロが描いたものでなくても上手いとは思うが」

しかし女は首を横に振って言った。

「そうじゃなくて、この絵何に見えますか?」

妙なことを聞いてくるなと思ったが、当たり前かと納得はする。女の仕事柄こんなのはよくあることだ。一緒に仕事をするにつれて慣れてきた。

「この絵に何かあるのか?」

女は一瞬何か言おうとしたが押し黙った。

「まだなんとも言えません。けどこの絵を描いた本人が言うには自分の描く絵は怖いそうです。」

怖い。どういう意味なのか。

「あの子には何が見えているんでしょうか」

さぁなと言ったが、女は不満そうに口を尖らせた。

「明さんは事件にしか興味がないんですか?犯人の動機とか、何を考えて殺人に及んだとか全く興味がないんですね」

「それはお前がすることだろ?俺は専門外だそういう事はお前に任せる。頼りにしてるよ、相棒」

男はそう言うと女の頭を二三回撫でてから中身が空になったマグカップをキッチンへと持って行った。

「もー・・・これだから警察は感情的になって突っ走るんですよ。その代表が明さんだ」

遠くの方から何か言ったかと問う声が聞こえたが、聞こえなかったことにしよう。


女はあの絵の主に会うためにまた家を訪れていた。今度は学校から帰ってきていたらしく初顔あわせとなる。稀に会った時に原因が分かる時もあるが、今回はどうだろうか。そんなことを思いつつ家のドアを叩く。すると、中から小さな男の子が出てきた。健康そうな肌色にキラキラと輝く瞳が此方を見ている。母親から聞いていたのか、知らない女が訪ねてきても何の不安もないように無邪気に笑って、快く招いてくれた。

「お姉さんが心理学者の人?」

子供らしい舌足らずな声で聞く。

「そうだよ。こんにちわ」

こんにちわと元気に声を上げて挨拶する姿は、普通の子供と何にも変わらない。

「早速だけど、絵を見せてくれる?」

子供は頷くと色鉛筆と画用紙を持ってきて目の前で描いて見せてくれた。

少年の小さい手で描いているとは思えないほど繊細で色彩豊かな風景画はとても見事なものだった。しかし少年の顔はみるみる青ざめていく。不安そうな表情に涙を堪えているようだ。

「もう良いよ、ありがとう。ごめんね苦しい思いさせて」

少年は手から色鉛筆を離すと言った。

「お姉さんにはこれ、何に見える?」

少し悩んだが、正直に答える。

「綺麗なお花畑の絵に見えるよ。君には何に見えるの?」

少年は自分の描いた絵を見て目を細めた。

「男の人がいっぱい倒れてるの、山積みになってる気がする・・・」

「男の人って大人の?」

頷いているのを見て何となくこの部屋を見渡す。そういえば、この家には何かが足りない気がした。玄関にあったのは女物の靴と子供の靴。母親とばかり写っている写真。他にも全く男の影がない。この家には父親が居ないのだ。

「お父さんの顔は知ってる?」

「知らないよ、だって僕が赤ちゃんの時に死んじゃったんだってお母さん言ってた」

「そう」

目を深く閉じて思い浮かべる。倒れた男の人が山積みに倒れている姿を、頭の中で描いてみる。そうだ、例えば屍体がどんな風になっているか、質感、関節の動き、屍体を取り巻く空気。私ならこう描くだろう、色とりどりの花が眠るように死んだ顔を囲んでいる情景。そうか、分かった。

目を開けて少年の描いた絵をもう一度見てみる。するとさっきまで綺麗なはずだった風景画が赤黒く染まった屍体の山に変化した。屍体の山の前にはドロドロとした地面にのめり込むようにして男が埋まっている。どの顔も眠っているようだった。

少年は黒く丸い目で見ている。

「お父さんの笑ってる顔も見たくない?」


暫くすると母親が帰ってきた。

「失礼ですが、旦那さんはいつ亡くなったんでしょうか」

その言葉に驚いた母親の視線が隣で絵を描いている少年に向けられる。

「この子から聞いたんですか?」

「はい、そうです。息子さんが幼い時に亡くされたと時きました」

「・・・そうですか、でも覚えてないと思います。あの人が一緒にいた期間は短かったので。」

「でも、旦那さんのお葬式には息子さんも出たんですね。その時の記憶だけが強烈に脳に残って、笑っていた時のお父さんの記憶を消してしまったんだと思います。息子さんには自分の絵が男の人の大量の屍体に見えていたみたいです。花と男性の屍体はお葬式の時に嫌というほど見てきたから」

母親は口元を手で押さえて涙を堪えていた。

「じゃあ、どうすれば」

「普通に楽しく過ごしてきた頃の写真や、お父さんが笑っている姿を見せてあげたらもう見えなくなると思います。何にも問題ありません、普通にとっても素直でいい子です」


「あの件終わったのか?」

男は鬱陶しそうにネクタイを外して言った。

「はい、終わりましたよ。」

女はぐったりとソファに寝そべってアイスを 貪り食っていた。

「そうか、早かったな」

そう言いながら、男はある資料を渡してきた。よく見ると殺人事件のあった場所や被害者の名前が書かれてある。

「仕事だ、行くぞ」

女は渡された資料を目に焼きつけた。無残に切り刻まれた身体は芸術のように飾られ、血は絵の具のように塗りたくられていた。面白い。胸が高鳴っていくのが感じる。この人間の頭の中を覗きたくて仕方なくなる。

「大仕事になりそうですね」

そう言って、二人は現場に向かった。

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