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ダメな兄貴の英雄譚  作者: サバ缶
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動き出した歯車

のどかな農村に朝日が立込める。今日も平穏な朝がやって来た。ここはセルス王国アーバイン嶺に位置するハメルという村。人口は少なく村民みな顔見知りという村だ。

 そんな村で平穏を覆すような怒号が鳴り響いた。

「お兄ちゃん早く起きなさい!」

 そのような言葉を掛けられた青年ロイ・ハーベルは声がした方を向いた。そこには可愛らしいポニーテールが良く似合う少女アリス・ハーベルが立っていた。

「いつまで寝てるの!早く仕事に行きなさい!」

アリスは捲し立てる。ロイは聞いているのかいないのかわからない表情でアリスを見ていた。

「いつまで寝ぼけているの!さっさと起きろ!」

アリスの顔は段々険しくなってきた。

「妹よ。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ」

ロイは唐突に口走った。

「はぁ〜?誰のせいでこうなっているのよ!」


「俺のせい?」


「わかっているならさっさと起きんか!」

アリスはロイに向かって更に激しい口調で怒鳴り付けた。ロイは重い身体を起き上がらせた。

「わかったよ。起きます!起きますとも」


「よろしい」

アリスは腕を組ロイを見た。

「それでお兄ちゃん仕事は?」

アリスは機嫌が戻ったのかいつもの表情になっていた。しかしロイはばつが悪そうにしている。アリスは何かを察知したのか段々表情が険しくなっていく。

「それで仕事は?」


「辞めました…」


「はぁ?」


「仕事辞めました」

アリスの怒りは頂点にまで達しようとしていた。それもそのはずロイは3日前にも仕事を辞めていたのだ。働いては辞めの繰り返しで生活が出来なくなってしまうのだ。ハーベル兄妹には両親がいない。母親はアリスが小さい時に他界、父親は数年前から行方知れずな為現在の稼ぎ頭が兄のロイになる。その為ロイが働かないと困るのだ。

「どうするのよ!これから!お父さんが残していったお金だって殆んど残ってないのに!」

父親が行方知れずになる前にある程度のお金は置いていったのだ。そのお金を遣り繰りして生活していた。

「それに今の仕事だって私がマーサおばさんにお願いして働かせてもらっていたのに!信じられない!」

アリスは怒りを通り越して呆れていた。こんなのが兄だなんて思いたくはないのであろう。今にも泣き出しそうな雰囲気になっていた。

「次頑張るから!絶対に次は頑張るから兄を見捨てないで」


「その言葉何回聞いたことか!今まで我慢してきたけどもう我慢できない!今から仕事見つけるまで家に帰ってくるな!」

アリスは泣きながらロイの部屋から出ていった。

「おぅ…」

ロイはアリスが居なくなった部屋を見てつぶやいた。



朝の一連の騒動によりロイは身支度をして村に出た。村に出たところで仕事はない。村の皆は顔見知り。ロイの今までの行いは村中に知れ渡っていたのだ。そんな彼を使いたい人などまずいない。

「さーてどうすっかな」

空を見上げてつぶやいた。闇雲に歩いていても仕事は見つからない。頼れる人はいない。最悪な状況だ。

「隣町まで行こうかな…」

村に仕事がない以上隣町まで行かなければならない。しかし歩いていけば半日以上掛かってしまう。馬車があるが一銭も持っていないロイにとっては選択肢から外れてしまう。どうしたものか。ロイは悩んでいた。往復1日以上掛けて町に行くか恥を忍んで村で頼み込むのか。今はその二択しかない。凄く悩む。町に行けば仕事があるかもだけど疲れる。村で探しても確率は低い。いろいろと考えているうちに時間だけが過ぎていった。


ちょうど太陽が真上にある頃、何も決められず広場のベンチで座っていたらふと聞き覚えのある声がした。

「ロイ!久しぶりじゃないか」

声がする方に首を動かすと好青年が近づいてきた。彼の名はケビン。

「久しぶりだな。元気だったか?」


「まーね。そっちは元気なさそうだな」


「朝からいろいろとあったからな」

ロイはため息をついた。と同時に今朝の事を思い出してしまった。

「ケビン、その服は…」

ロイはケビンの服装に注目した。普段着ではない服装だったためだ。

「あーこれね。自警団の服だよ。俺、自警団に入団したんだ」


「へーそうなんだ。真面目に働いているんだな。頑張れよ」

ロイはさほど興味がないような口調で答えた。

セルス王国において自警団の役割とは領地の治安を守ったりして嶺民が安全に暮らせるようにする組織である。

「ロイ、ちゃんと働いているのか?」


「昨日辞めました…」


「そうだと思ったよ。こんな時間にふらふらしてたら働いてないと予想がつくよ」

ケビンは呆れた様子でため息をついた。


ロイとケビンはアーバイン嶺にある王国高等修道院からの付き合いだ。王国高等修道院を卒業すると働き口がかなり広がる。ただ、誰しもが行ける訳でない。試験を受けそれなりのお金も掛かる。なので貴族や富豪といった余裕のある者だけが入れる所なのだ。ケビンはアレンセという街の商人の息子だ。王国高等修道院に入ることなど造作もない。ロイはというと父親に無理やり入らされた。将来を見越してのことだろう。ただ当の本人は現在無職である。


「そんで働く先はあるのか?」

徐にケビンが呟いた。

俺を心配しているのだろう。有り難いことだ。

「無いからこうしている」

開き直ったかのような態度で答えたらケビンは更に呆れていた。

「あんまり妹を悲しませるなよな」

ケビンの言葉が胸に刺さった。たった一人の肉親を悲しませることなどしたくない。そのためにも早く働かなくてはならない。安定した収入が欲しい。妹を養えるくらいの収入が。


「なぁロイ。良かったらすぐ稼げるやつ紹介してやろうか?」

すぐ稼げるやつ?何かニュアンスが違う。俺が言ったのは働き口が欲しいと。確かに今すぐ金は欲しい。だが、すぐ稼げる=安定した収入ではない。怪しい。すごく怪しい。犯罪の匂いがする。

「ケビンよ。俺は犯罪をしてまで金は欲しくない。それこそ妹を悲しませる」

俺は断ろうとしていたが

「ゴメン、ゴメン!言葉が足りなかった!変な言い方して悪かった」

慌てたケビンが謝ってきた。

「ちょっと先走りすぎた。ロイ、王国武闘会って知ってる?」


「詳しくは知らないな」

王国武闘会?聞いたことはあるが詳細は知らない。


「端的に言えば王国内の猛者がしのぎを削る賞金が出る大会だ」

なんと素晴らしい大会ではないか。何故今まで知らなかったのか。俺、もう少しいろんな事に興味持とうよと思ってしまった。


「参加費は掛かるが一勝すれば元がとれる。トーナメント方式で優勝すれば100万セルが貰える。どうだ?やってみないか?」

確かに魅力的だ。魅力的過ぎる。100万セルといえば今の生活で20年は働かなくて済む。

「ケビン、俺は 出る!そして優勝する!」

その決断がロイの止まっていた歯車が動き出した瞬間だった。


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