NO fase PeoPlE
2019年 7月 7日。織姫と彦星が一年ぶりの再会を果たした日に、私の元にある事件の解決の依頼とその事件の書類が来た。それも随分と上の人からである。
2019年 6月 6日 16時6分 誰とはいわないが耳のない猫型ロボの絵描き歌を知ってる人が「今日UFO落ちるぞー」などとはしゃいでいた頃、東京でUFOとは別の怪奇現象が起こった。船着場で二人の男性が釣りをしていた。一人の男性がもう一人に話しかけた際、何度話しかけても返答がなかったらしい。おかしいと思い顔を見ると、その男の顔には目も、鼻も、口もついていなかったという。驚いた男性は悲鳴をあげ、慌ててその場を逃げ、交番に向かいそこで一切を話した。ただ、急に釣り仲間の顔がなくなったから逃げて来た、なんていう男の言葉を警察官は当然の如く信じない。だが、その後、警察官は嫌でも信じなければならなくなる。事情を話し終えた男の顔から目が、鼻が、口が消えていったのだ。突然に先程まで話していた相手の顔が無くなることに驚かない人がいるはずもなく、警察官は気が動転していたが、どうにか救援を呼ぶことに成功した。
というのが6月6日に起こった事件の内容である。
にわかには信じ難いような話だが、こんな嘘のような事件を日本の警察総出で解決しようとしているのだから事態は軽くはない。
さて、補足をしなければいけない。私こと北寺 龍石は小さな事務所を構えたちっぽけな探偵である。まぁ私について長々と説明するよりもこの事件の方がよっぽど奇怪で、刺激的で、面白いものであろう。この事件、まだ続きがある。警察官は無線で援護を要請したが、その要請を受けた本部の人間の証言によると、その警察官は事情を説明した途端何一つ喋らなくなったという。そして、そのあと救援が到着したが、そこには顔のない人間も、警察官もいなかったらしい。ただ、その人達が居た、という記録は残っていた。交番の防犯カメラの映像には、釣りの道具を持った男の顔がなくなる所、そして警察官までもが事情を無線で伝えたあとに顔がなくなる所が映されていた。
ここまでがこの事件の資料の内容である。私は資料を読み終えると手元のカップを引き寄せ、淹れておいた珈琲に口をつけた。因みにだが顔のなくなった三人は未だに行方が掴めてないようだ。そしてこの事件まだ一般には公開されていない。こんな奇怪な事件が起こった事が知れたら世界中がパニックになりかねない。というのが上の判断らしい。それもそうだ、私だったらこんな事件を報道されたらドッキリかなんかと思うだろう。そんな事をぼんやりと考えている内に、机上の電話が鳴り始めた。
「お電話ありがとうございます、北寺探偵事務所です。」
「警視庁の松田だ。北寺、資料には目を通してくれたか?」
なんだ、知り合いか。そう分かると私は幾らか声のトーンを下げる。
「ああ、今しがた読み終えたところだ。」
「随分とありえない事が書いてあるが全て事実だ。どうだ、理解は追いついているか。」
「整理しよう、まず釣りをしていた男性の顔がなくなり、その釣り仲間が交番で事情を説明、その後顔がなくなる。そして最後、事情を聞いた警察官が本部へ連絡した後、顔が無くなりその三人全員が行方不明になっている。合っているか?」
「大体そんなとこだ。何か分かった事は?」
わかったことも何も、私はエスパーは使えない。
「これでは余りにも情報が少なすぎる。一度現場に行きたいのだが。」
「そうか、交番の住所はな...」
「了解、ではまた。」
私は受話器を置き、最低限の準備をして、いわれた住所へと向かう。交番の住所は東京、月島。幸いなことに我が探偵事務所からは自転車で数分の場所に位置していた。いや、不幸というべきか、事件が職場兼自宅の近くで起こって喜ぶ人間は一つまみもいないだろう。そんなことを考えていう間に交番が見えてきた。事件から一か月が経っていたが、まだ交番の周りは交通規制がされていた。近場なので気にはしていたが、まさかこの場所で怪奇な事件が発生したとは、風の噂にも聞いたことがなかった。交番の前にたどり着くと見知った顔を見つけた。強面を具現化したような顔つきのこの男、電話の相手、私の友人兼仕事仲間、松田梅竹である。
「北寺、この交番がそうだ。」
そういった松田は、早速私を交番の中へと促した。交番の中は事件から機能をしていないらしく、事件の起こった状況が殆どそのまま残されているらしい。机は斜めになり、机上の照明は倒れ、様々なものが床に散乱している。私は目が唐突に見えなくなる、という経験をしたことがないが多分、目の見えなくなった男二人は様々なところに当たりながら出口を探したのだろう。
「北寺、これが事件当日の防犯カメラの映像だ。」
そういうと松田はタブレットを取りだし動画を再生する。その映像はこの交番で起きた怪奇な出来事の一部始終を記録していた。
「本当に顔がなくなっている、これが単なる加工や合成という可能性は?」
「その可能性はないらしい、現に三人の人間が行方不明、そして警察官と釣り場の二人の面識はない。そんな状況下で加工や合成を使ったただの悪戯とは考えにくい。」
「そうか、三人の目撃証言もないのか?こんなのっぺら坊みたいな奴ら目撃されたらすぐこっちに連絡が来るはずだ。」
「それもない、何故かは全く謎だがな。」
”謎”なのはどう考えても「のっぺら坊」になってしまった事自体だが、そこは今や触れるのは無粋というものらしい。とうとう平面の世界での空想が現実に侵略を始めた、といった所だろうか。というか事件に対して粋も無粋もないか。
「そういえば松田、いつからお前は眼鏡をかけるようになったんだ?」
全く事件とは関係ないような質問だ、だが行き詰まった思考は簡単に得られそうな答えに流される。
「つい最近だな、元々あまり目が良かった訳でもなかった」
そうか、と応答すると、また思考は難攻不落の怪事件へと戻って行く。私はもう一度交番を見渡し、その酷い有様を再確認した。余りにも乏しすぎる判断材料に半ば呆れていた時、何処からか携帯の鳴る音が聞こえた、どうやら松田のものらしい。
「松田だ...テレビはあるかだと?...現場にいるんだが...了解した」
そう携帯を切ると松田は交番のブラウン管の電源を入れた。テレビはどのチャンネルも間接照明一つの暗い部屋を映し出していた。
「おかしいな、ジャックでもされたのか?」
冗談のつもりだった私の言葉はどうやら核心を突いていたらしい。携帯を開くとニュースだろうがツイートだろうが隅から隅に至るまでテレビのジャックについてで持ちきりだった。唖然としている暇もなくテレビの映像が動きを見せた。画面の端から一人の人間が歩いて来たのだ。仮面を被り、シルクハットを頭に乗せ、マントを羽織り、ステッキを片手に持っているその人間は中世の舞踏会でも浮いてしまうような風貌だった。
「アー、Ahー、あー。この発音か、”日本語”とかいうのだっけか。さて、この”テレビ”という近代世界の、人間の歴史に名を刻むような発明を最大限利用して話していますのは...そうですねーなんと名乗りましょうか、生憎名前が多いものでして。まぁ名前は置いといて私は...あなた方の、全人類の敵です。以後お見知り置きを!」
そう言い終えると、仮面の男はシルクハットを脱がないまま深々とお辞儀をした。表情こそ読み取れないがこの状況を楽しんでいるようだった。
「さてさて、自己紹介も済んだことだし本題へ。如何でしょうか!日本の警察並びに国の安全云々を護る方々。及びこんなにも簡単にテレビをジャックされてしまった報道関係者諸君。特に警察、あんたら一ヶ月も前に首都圏で起こった怪事件に対して国民に何の説明も無しとは!」
ここまで早口で言い切った仮面の男は何が面白かったのか声をあげて笑い始めた。私は沸き起こる大量の情報を処理できず、助けを請おうと横の松田に視線を向けた。松田は何かを悟ったような顔をテレビに向けていた。
「こいつは...この事件の首謀者なのか?」
松田はそう口に出す。当の仮面の男はというと、どうにか込み上げる笑いを咳き込みながら抑えていた。
「失礼...ちょっと...あまりにも...可笑しかったものでして...」
そうか、こいつが首謀者か。この一連の怪奇現象、否怪事件の、である。なんの確証も無いが、怪事件、首都圏、一ヶ月、国民に説明はなし。この仮面の男の発言と、この交番で起こった事件の内容は一致する。
「いや、まぁ最後に、というかわざわざ頑張って発信源を確保して日本中にお伝えしたかった事を一つ。」
仮面の男は胸ポケットから紙を取り出し、それを読み上げた。
「えー日本。もっと突き詰めると東京とかいうトコにお住まいの...なんて読むんだこれ。えーと、キタデラ リュウゴクさん?まっそんな感じの名前の方。至急私の元へ来なさい。以上!...あっ来なかったら日本全域が首都圏で起きた事件の二の舞になるからねー。よろしく!」
そう高らかに言い放ったと思うと、テレビの画面は一度時代遅れの砂嵐を写し、暗くなった。電源が切れたらしい。