圷亜連は異界に行きたい!
くそッ! また先を越された!
結局昼休みは無為に過ごすこととなった俺、ご飯も半分しか食べられなかったし、全く、踏んだり蹴ったりだ。
そう考え込んでいたところに、無情にも昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。俺はそれを聞きすぐさま、足早に教室に戻ろうとした、その時である。
「きゃっ!」
俺は曲がり角で女生徒とぶつかった。
「いったーい!」
そう言ってお尻に手を当てている女生徒、俺は間髪入れずに自分の不注意を詫びる。
「ごめん! 急いでて……」
「こっちこそごめんなさい……」
俺はチャンスが到来したと思った。欲を言えば、偶然彼女の胸に手が当たってしまうなんていうちょっと破廉恥な展開も期待したかったところだったが、女生徒と関わりを持てただけでも幸運なことだろう。
「私……柊 乃々火って言います……」
女生徒の名前だけでも聞いておこうと思った俺だったが、向こうからすんなり話してくれた。向こうも向こうで俺のことに興味があるらしかった。
「俺は圷 亜連! さっきはほんとごめん!」
じゃあ、また。そう軽く挨拶して俺は柊さんとの会話を切り上げて教室に急いで戻ることにした。
今日はいいことがあったな。大進歩の大躍進だ!
そんなことを思いながら教室の中に入ると、
「なんだこれ……」
黒板の真ん中あたりの空間が歪曲していた。そこだけまるで空間が削り取られたようにまっ黒に塗りつぶされている。その様は不気味で面妖、決してこの世のものとは思えない。
「今、異界の扉が開いたみたいだな。この中に入りたい人、いるかー?」
田中はまるで給食の余り物が欲しい人を募るくらいのテンションで俺たちに質問する。俺たちはそれを見て恐怖を感じずにはいられなかった。
「皆、驚かなくていいぞ。この異界の扉は一年に一回くらいは突然開かれる。この中に入れば確実に主人公になれる」
――チャンスだと思って行ってやろうって奴は?
その言葉と同時に俺以外のほぼ全員が我先にと前のめりで手を挙げていた。俺もこの流れに乗り遅れるわけにはいかないと思って少し遅れて手を挙げた。
「おーおー。皆行きたいんだな。じゃあ誰にしよっかなー……」
――お? お前、行ってみるか?
そこで田中の目にとまった人物がいた。この中でただ一人、最後まで異界への旅立ちを志願しなかった者である。
「俺、なんの取り柄もなくって……」
彼の名は世戸原、卑屈そうに弱弱しく、彼は言った。彼からはどことなく自分に対しての自信の無さが感じられた。
「そんな奴の方が案外、向こうの世界で上手くやっていけると思ってる。どうだ、世戸原、行ってみないか?」
「いや……でも……」
逡巡する世戸原、それを見かねた霜鳥が言った。
「世戸原が行かないなら、俺が行く!」
「俺も!」
「俺だって!」
次々にクラスの皆が名乗りを上げる。そのことには頓着せずに世戸原は沈黙を貫く。
「…………」
その間に何があったのかということは俺には決して分からない。世戸原が覚悟を決める何かがあったのかもしれないし、なかったかもしれない。
しかし、世戸原もここに来ている以上、主人公に憧れていたのだ。結果から言うと、世戸原は行くことに決めた。さっきまでの自信の無さをまるでなかったかのように跳ねのけて、彼は立ちあがった。
「俺、やっぱり、行きたいです!」
「よし、じゃあ行って来い!」
田中が背中をポンと叩いて世戸原はまっ黒な空間の中へと姿を消した。その途端、異界の扉と呼ばれる黒の空間は世戸原とともに消失した。
クラスの皆は暫くの間、世戸原が居なくなった現実と折り合いが付けられないようで、黒い空間があった場所をただ見つめ続けていた。
空から降ってきた女の子と出会った、左右崎。
突然右手から真っ赤な炎を生成した、焰硝岩。
異界の扉の向こう側へ旅立っていた、世戸原。
三人とも立派にそれぞれの形で主人公スキルと言う夢のような能力に繋がる切符を手に入れてこの学校を卒業した。三人には輝かしい未来が約束されるだろう。もしかしたら悪の組織と対峙したり、異界で困難を強いられるかもしれないが、きっと最終的には万事うまく処理して後には壮大な武勇伝が残る。主人公としての役割をきっちりと果たして後はその功績が讃えられることになるのだ。
次回は9月18日(月)です☆