圷亜連は卒業したい!
「はい、今から一年A組の出席をとります。
っと、その前に……早速だが、昨日、左右崎の家から連絡があって、彼は帰宅途中、突然空から降ってきた女の子と出会ったそうだ。これで彼は立派な主人公スキルを持ったということで、早くもこの学校を卒業することとなった。つまり、この教室から主人公スキルを持った人間第一号が誕生したわけだ。皆、左右崎のように立派な主人公を目指して日々精進しなさい」
担任である田中はそう言って俺たち一人一人を見渡した。
「くっそー! 先を越されたか!」
一番前の席に座る十佐近は悔しそうに歯を見せながら唸っている。
「次に卒業するのは……この俺だ!」
その隣に座る木賊は、教室中に響き渡るような大声で高らかに宣言した。二人だけではない、クラスに居た全員が同じような心境であったことは言うまでもない。
「…………」
この主人公スキル養成学校、通称主校に入学して三日目、早速この学校を卒業する人間が表れるなんて思いもしなかった。俺は、心の中で焦っていた。正直なところ、平凡な人間でもこの場所に来れば何かしらのイベントがあると期待していた。
だがしかし、入学して三日が経過した今も全く何もイベントが起きない。
まだ始まったばかりだし、そんなに気を落とすことはないかもしれない。
そう、ただの俺の考えすぎなのかもしれない。
でも、もしかしたら、三年間モブキャラとしてこの主校で過ごすことになるのかもしれない。そう思うとやっぱり焦りを感じずには居られなかった。
「……一時間目は『ヒロスク』との合同授業だから、第二講義室に移動するように」
担任の田中はそう言って教室を後にした。『ヒロスク』とは隣の『ヒロインスクール』の略称で、多くの授業はこの『ヒロスク』に通う女子生徒と授業を受けることになっている。
教室に残された俺たち一年A組の生徒はそれぞれに席を立ち、言われた通り第二講義室に向かう。
皆それぞれに黙って教室を離れ、一人として他の生徒と会話をする人間はいない。
それもそのはず、クラスメイトに気さくに話しかける生徒は主人公から遠のく存在となってしまうからである。
「情報通にはなるな! そして気さくに友達に話しかけるな」
『主人公スキル養成』の専門授業で学んだことだ。情報通が主人公になる可能性は限りなくゼロに近い。なぜなら、そうした人物は永遠に主人公に仕える都合の良い存在になり果ててしまうから。だから、俺はそんなことはしない――絶対にだ。
と、その時……
「なあなあ、圷って言ったっけ? 一緒に行こうぜ!」
「――ッ!?」
出席番号二番、焰硝岩だった。
俺は彼が俺に話しかけてきたことが信じられなかった。昨日あれほど言われていたのに、他の生徒に話しかける生徒がいるなんて……
「あ、ああ……一緒に行こうか」
俺は動揺しながら答えた。
――チャンスが舞い降りてきたと思った。こうして気さくに話しかけてくる友人が表れたということは、俺は他の生徒よりも優位な状況に立てたということだ。
そう心の中で考えていた俺だったが……
「うおっ! わっ! 何だこれ……!?」
俺は目の前の光景に唖然とする。
――焰硝岩の右手から不完全燃焼の真っ赤な炎が出ていた!
気焔万丈の右手に戸惑う俺と焰硝岩。
「わっ! これって俺……遂にやっちまったんじゃね?」
焰硝岩は何か大きな力、自分の中の秘められた力が覚醒するのを感じた。
「焰硝岩! やったじゃないか! 炎の能力なんて主人公の筆頭スキルだぞ!」
そう言って担任の田中が後ろから声をかけてきた。
「一年A組は幸先がいいなあ。この調子でいけばあっという間にみんな卒業できるな」
嬉しそうに真っ白な歯を見せる田中。俺はまた先を越されてしまったということを痛感し、ひどい焦燥感に駆られた。
「くそう……どうすればいいんだよ! 話しかけるのはダメじゃなかったのかよっ!」
俺はしっかりと言いつけを守っただけだ。なのに! 言いつけを守らなかった焰硝岩が先にスキルを手に入れるなんて!
「くっそ! どうなってんだ!」
俺は欣喜雀躍の焰硝岩を、羨望と嫉妬の眼差しで突き刺した。だけど、焰硝岩はそんな俺の当てつけには全く興味を示さない。
「見ろよ! 圷! 炎だぜ、炎!」
「…………」
俺は焰硝岩の嬉しそうな声に答えてやる余裕はなかった。
「悪いな、圷、短い間だったけど……ありがとうな!」
本当にあっという間だったよ。ありがとうございました。
俺は心で皮肉たっぷりに言ってやった。
「なんであいつだけ……」
焦燥感と同時に激しい虚無感に襲われた俺。上機嫌で早くもこの学校を去る焰硝岩を傍目に、俺は黙って第二講義室に向かった。
次回は9月6日(水)更新予定です