戦うための、超個人的な理由
「なにが予の元へ集え、よ!」
ロザリーが馬鹿にしたように顎を上げる。
「敵わないと見るや、即座に自分の本拠地とまだ戦っていた兵士、それに臣民達をまとめて捨てて逃げた男が、よく言うわ」
「……その通りですが、あの国王がなかなかしぶとい奴なのは認めるしかありません」
グレンが首を振って反論する。
「現に、今や旧アレクシア王国の南部には、続々と国王派が集まりつつあります。巨大エアシップに惹かれる者も多いってことです」
「――うわぁ」
全部聞いた貴樹は、噂に聞く国王の、ゴキブリ並のしぶとさに顔をしかめた。
「それじゃ、日本での戦いはともかくとして、そっちの方はまだまだ終わらないじゃないか」
「そうよ。だから、ロザリーのお願い」
ふいにロザリーが貴樹の手を包み込むように握った。
「お願いよ、わたしを助けて。今のわたしには、貴樹の力が必要だわ」
知り合った遙かな昔から、ロザリー・ヴァランタインが何かを頼むことなど、滅多にないことだった。
……そして、真剣に頼まれた時、最終的に貴樹がそれを拒否したことも、まだ一度もない。
「大した戦力にならないと思うけど――でも、行くよ」
貴樹は、ほとんど考えもせずに即答した。
「昔、ロザリーがいてくれたお陰で、俺は家で放置されてても、全然孤独を感じずに済んだ。随分と救われたんだ。お返しできるなら、ぜひしたい」
「……貴樹っ」
感極まったように、ロザリーが抱きつき、貴樹は思わず顔を赤らめた。
「そういうことなら、わたしも行きますっ」
なんとも言えない顔で二人を眺めていた瑠衣が、決然と言う。
すると、グレンが破顔して声を張り上げた。
「そりゃ好都合です、殿下。リーサを通じてもう聞いたかもしれませんが、貴女を国主に迎える話は今も有効だし、ほぼ本決まりのようですぜ。貴女も今後は、一国の軍勢を率いることになるでしょう」
グレンのセリフに、瑠衣がはっとしたように貴樹を見た。
「それならお兄様を、全軍を束ねる将軍としてお迎えすることにしますわっ」
「あ、じゃあミレーヌは貴樹の副官でいいわよ。二人で前線でがんばろうね、貴樹ぃ~」
笑顔でミレーヌが口を挟み、たちまち場が混乱した。
抱き合っていたロザリーまで慌てて振り向き、「貴樹はうちの軍で親衛隊の隊長職をしてもらうのよっ。なにを言ってるの!」などと叫んだ。
既に瞳が真っ赤に染まっていて、かなり激情に襲われているらしい。
「お兄様はうちの国で、軍を束ねてもらうんですうっ」
「わたしの方が先に申し出てるのよっ」
「あはは。どっちでもいいから、ミレーヌは貴樹が採用された方についていって、貴樹の副官としてイチャイチャしつつ、縦横無尽の活躍してあげる」
ミレーヌがニコニコと……しかし、完全に本気の口調で言う。
「万一、貴樹がどっちも断るなら、ミレーヌは貴樹と二人でレジスタンスやってもいいわね。実はそれがベスト? 二人でしっぽりと愛のレジスタンス~」
この修羅場にミレーヌだけはどこまでも気楽だったが、しかし「貴樹と離れない」と表明している点では、実は彼女も同じである。
貴樹本人はどうしたものか思案中だったが、いずれの道を選んでも、角が立ちそうだった。
三人の女の子の注目を浴びた貴樹は、苦し紛れに提案した。
「……い、いっそのこと、ミレーヌの言うように独立軍的な立場から、ロザリーや瑠衣を助けるということにする手も」
言いかけた途端、もの凄い勢いでロザリーと瑠衣に睨まれた。
「駄目よっ、うちに来てくれるって約束でしょ!」
「勝手に約束に昇華しないで下さいっ。まだ何も決まってません! お兄様、ロザリーさんの国は今や強国ですっ。むしろ、まだ弱小国に過ぎない瑠衣の国を助けてくださいましっ」
「ミレーヌは、独立軍に一票っ。それ最高! そしたら後方で戦争なんかうっちゃって、二人で連日イチャイチャできるしっ」
「いや……割と深刻な話だと思うけどな、これ」
三人の女の子に詰め寄られ、貴樹は困惑してグレンを見た。
「俺を見ても知らんよ、少年」
薄情なグレンは、あっさり言ってくれた。
「今はっきりしてるのは、いずれにせよ、少年は俺達の世界で戦うことになりそうだって話だけだ。……あとのことは、おまえさん次第だな」
「俺は貴樹だよっ」
条件反射のように言い返しつつ、貴樹はいつしか三人の女の子を抱き締めていた。
今のところ、誰かに決めるなんて無理なのだけど……とにかく、向こうの世界へ行ったら、この三人のために戦おうと思う。
戦争に身を投じるにしては、実に超個人的な理由だが――。
しかし貴樹にとっては、命を賭けるに値する、大事な理由だった。
……とりあえず差し迫った問題は、それぞれ貴樹を自分の陣営に引き込もうとする彼女達に対し、どう返事をするかだろう。
ただ、今の貴樹は以前ほど未来を悲観していない。
きっと、最後にはなにもかも上手くいく……なんとなく、そんな予感がしていた。
向こうの世界へ行った後の話は、また違う物語になるはずなので、本作はここでひとまずの終わりとしておきます。
読んでくださる方達のお陰で、とにかく最後までやれた感じです。
最後までおつきあい頂いた方達、それに評価その他や、感想などを下さった方達に感謝です。
重ね重ね、ありがとうございました。
(他の連載のように、そのうち気が向いて、ふと異世界へ向かった後の話も書いたりするかもしれませんが、その時はまたよろしくお願いします)
追記
なお、現在、レージとユメ(邪神の娘)の話が再開して、今も連載中です。
よろしければ、どうぞ。
二月一日追記
さらに長編始めました。かつての魔王殺しの話。




