国王、逃亡――しかし
次で最後なので、今晩中にアップします。
「何を吹き込んだんだよ、あんたっ」
グレンの方を見ると、こいつは素知らぬ顔で目を逸らした。
「いや、殿下の吸血鬼化やらなんやら、その後の話をな……あのビル事件の後で少年から聞いた顛末を、そのまま伝えただけだが。悪いな、俺はまだ死にたくない。訊かれたら、そりゃなにもかもゲロするさ」
く……こいつ、誰のお陰であそこで死なずに済んだと思ってんだ。
貴樹が密かに怒りを燃やしていると、なぜか大きくため息をついたロザリーが、大股で近付いてきた。
わざわざ貴樹の腕を取って娯楽室の隅まで連れていき、諭すように言う。
「王女のヴァンパイア化の話だけでも、正直、唖然としたけど――終わったことを今更どうこう言っても仕方ないわ。貴樹、貴方はゆくゆくはこのロザリー・ヴァランタインと二人で、世界を手中にする人なのよ。今一つ、あなたは信じてないようだけど、わたしは貴樹との将来を真剣に考えているの! だから、あまり軽率なことしないでっ。まさか、取り返しのつかないことはしてないでしょうねっ」
「してないって!」
そもそもどういうことを言っているのか謎だったが、それでも貴樹は何度も頷いた。
至近にある真紅の瞳を見れば、今のロザリーを爆発させるとまずいのは、嫌でもわかる。
「それなら……なにもかも忘れる……うん。今後は、わたしの国でまず親衛隊長としてわたしを支えて……ねっ?」
「お兄様は、瑠衣のお母様の祖国で、将軍になるんですっ。そして、瑠衣を支えてくれるんですからっ!」
ヴァンパイアの聴力でしっかり聞いていた瑠衣が、またしても遠くから反論した。
それどころか、ミレーヌまでちゃんと聞いていたらしく、大声で野次っていた。
「だいたい、今頃になってから、なにが『将来を真剣に考えている』だわよ~。そんなの、瀬戸際じゃなくて、いの一番に言わないと駄目でしょっ、メッでしょ! ミレーヌなんて、毎晩のように貴樹に『愛してるっ。もう貴方しかいないっ。抱いて!』って囁いてるのに、どんだけ周回遅れなのかしらね、貴女はっ」
「……なんですってぇええっ。後から出てきたくせに、二人共、なによっ」
「瑠衣もひとくくりですかっ」
ロザリーの言い方に、今度は瑠衣がむっとする。
しかも、即座にミレーヌが面白がって煽るのだった。
「そうよそうよ、言ってやって言ってやって!」
「貴樹以外は、全員、叩き出してやるわっ」
「瑠衣だって今はヴァンパイアですしっ」
「ミレーヌのドーピング魔力と呪術をナメると、痛い目見るわようっ」
もはや三人の女の子が睨み合い、一触即発の有様だったが、幸い、棒立ちしていたグレンが大声を出した。
「ロザリー様、肝心なことを忘れてませんかっ」
グレンに言われて、ロザリーは目を瞬いた。
「そう……ね。内輪で喧嘩なんかしている場合じゃないわ。わたしは、貴樹を呼びに来たんだから」
「どういうこと?」
貴樹は内心でほっとして尋ねた。
「秋葉原の事件の後、リーサを通じて王国軍本隊を打ち破ったと聞いてはいたけど?」
地下フロアで貴樹達がのんびりしていたのも、既に勝敗は決したと見ていたからだ。
「ところが、そうでもないんだな、これが」
ロザリーの代わりにグレンが教えてくれた。
……以下、彼の話をまとめると、こういうことらしい。
ロザリー・ヴァランタイン率いるヴァランタイン公国軍は、連戦を強いられたにも関わらず、見事に王国軍の本隊を打ち破った。
ここまでは貴樹達も、ミレーヌ降伏後にリーサ達から聞いていたことだ。
ただ、問題は事前の打ち合わせ通り、時を同じくして王都の城へ奇襲をかけた部隊の方である。これは、これまでアレクシア王家に虐げられていた数カ国の連合軍によって成された奇襲だが、作戦自体はまあ成功した。
王都の留守を守っていたアラン国王は、夜の闇に紛れて攻めて来たこの軍勢を全く予測できず、簡単に王都の外壁を破られ、本城まで攻め込まれてしまった。
反乱軍にとって非常によい流れだったのだが……この後がいけない。
国王アランは、城を守りきれないと見るや、思い切りよく自分の城を放棄し、代わりに地下に隠匿していた先史時代の遺物を持ち出した。
すなわち、歴代のアレクシア王家が発掘を繰り返し、発見する度に秘匿してきた、超古代の兵器である。
その洗いざらいを一隻の大型エアシップに積めるだけ積み、数千の敗残兵と共に、王都を逃亡したという。
「……で、今はまだ支城が残っている南部へ逃亡し、巨大エアシップで反乱軍を威嚇しつつ、体勢を立て直している最中だ」
実に嫌そうな顔でグレンが話を結んだ。
「俺にも、ミラーマジックを通じて軍令が来た。『今こそ、故国を救う時だ、予の元へ集え、皆の者っ』だとさ」




