ロザリー帰還で、修羅場
結果的に、貴樹はミレーヌの条件を呑んだ。
後から散々、瑠衣に苦情をねじ込まれたが、それでも、あの時の自分に他の選択肢はなかったように思う。
一応、「俺は二つも年下だけど?」とか、「だいたい、俺じゃ経験不足的な」などの意味不明な言い訳もしたのだが、ミレーヌは全然気にしなかった。
前者の言い訳には「年下の男の子、好きぃ~」と明るく言って手を握られたし、後者の言い訳に対しては、「いいじゃない、別に。ミレーヌもなにも経験ないけど?」などと、直球で言われてしまった。
もはや、断りようがない。
……というのも実は言い訳で、自分の心底を探ると、やはりミレーヌへの好意もあったのかもしれない。そんなことを言うと、瑠衣に泣かれそうなので、言わないが。
そして、都内の封鎖を解く方はミレーヌがあっさりと終えてしまった。
具体的には、秋葉原駅近くの中央通りに特大の魔法陣を敷設し、短い解除儀式を行っただけである。
ただし、その効果は絶大で、広がっていた霧はとんでもない速度でその魔法陣へ吸い込まれていき、そして感染者達はバタバタと倒れていった。
ミレーヌ曰く、「魔法陣へ飛び込ませることで、感染者の死体も残さないようにできるけど?」と言われたが、貴樹は考えた末、これには首を振った。
自分の家族の遺体を引き取りたい人が、大勢いるだろうから。
これで、忌々しい侵攻実験はようやく収束に向かったわけだが――あいにく、アレクシア王国の侵攻自体が終了したわけではなかった。
それが判明したのは、ミレーヌが呪術を解除した、わずか三日後のことである。
今の貴樹は、ロザリー邸の地下フロアに帰還し、そこに滞在している。
侵攻実験を途中から引き継いでいたミレーヌも、当然のような顔で貴樹についてきて、滞在していた。
彼女が自分のことを、「どこか壊れたまま」と表したのは、実は真実なのかもしれない。
テレビ番組がようやく正常に復帰して、あの事件以後の都内の悲惨な状況を映し出しても、特にショックを受けている様子もないからだ。
ただ、それ以外では実に可愛い女の子という他はなく、なにくれとなく貴樹の世話を焼きたがるし、あまつさえ風呂や寝所まで共にしたがった。
そちらはさすがに、貴樹が困るのでなんとか断ったが。
「お兄様、この方をいつまでここに置くのですかっ」
テレビのある娯楽室にて、今日も瑠衣の苦情が響いた。
遠慮がちな妹ではあるが、この件を持ち出すのは、この三日で数回目である。
「ミレーヌなら、ずっと貴樹のそばにいるわよ」
ソファーの上で、勝手に貴樹の膝を枕にしていたミレーヌは、片目だけ開けて瑠衣を見た。
「瑠衣ちゃんも、おねーさんのいる生活に慣れなさいな」
「誰がお姉さんですか、誰がっ」
貴樹の隣に座っていた瑠衣が、ついに立ち上がって小さな拳を固めた。
「瑠衣とお兄様は、もう一年以上も一緒に生活していますし、瑠衣は吸血までされた仲なんですっ。他者が割り込む余地なんてありませんっ。そうですね、お兄様っ」
言い切った後、瑠衣は懸命な目つきで貴樹を見る。
いや、俺に振られても思うが……それでも貴樹は一応、頷いた。
「まあ、割り込む余地は置いて、親しい仲なのは事実だな」
「そんなの、どうってことないわ」
ミレーヌが涼しい顔で反論する。
「ミレーヌなんか、あのビルの屋上で、貴樹に十分以上、おっぱい揉まれたし!」
「ちょっ。あれはミレーヌが無理やりっ」
その件は既に瑠衣に伝えたので心配はないはずだが、それでも貴樹は抗議した、せずにはいられなかった。
「そのくらいが、なんですかあっ」
意外にも、瑠衣がしっかりと言い返した。
「瑠衣なんか、裸で抱き合ってなにもかも見せっこしましたっ。瑠衣はあの時、初めて男の人のら、裸体を見ましたし、自分も見せたんですっ――全部です、全部っ!」
「おまっ」
いきなり、何を言い出すのかと貴樹は瑠衣を見上げる。
いつものおしとやかさよりも、嫉妬心の方が勝ったらしい。目が据わっていた。
「なあ、二人共、ここは一つ少し落ち着いてだな」
「裸くらいがなによ、ケチくさいっ」
ついにミレーヌまでその気になり、がばっと貴樹の膝から跳ね起きた。
立ち上がった刹那、勢いよく純白マントを脱ぎ捨てたので、もはやビスチェとタイトミニのみの姿である。
「それなら、ミレーヌだって豪快に全部脱いで、この明るい部屋で貴樹に見てもらうわよっ。ついでにファーストキスも済ませて、その先までどーんと――」
そこまで叫んだ時、ばんっと娯楽室のドアが開いた。
もはや嫌な予感しかしなかったが、それでも貴樹はドアの方を見た。
「……うわぁ」
密かな予想通り、なぜかグレンを背後に従えたロザリー・ヴァランタインが立っていて、息を切らして貴樹を睨んでいた。
どうやら、帰還――というか、またこの屋敷へ戻ってきたらしい。
「グレンに何もかも聞いたわよ、貴樹っ」
しかも、第一声がこれである。
意外と低い抑制された声なのが、余計に恐ろしい。




