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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第八章 双方の世界で決戦
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停止条件


 これは、簡単なようで実に難しい質問だった。

 なぜなら、貴樹自身も疑問だったからだ。ミレーヌに飛びかかった瞬間でさえ、まだ自問自答していたほどだ。


「わからないな……でも、最初にこう思ったんだ」


 じっと見つめるミレーヌの瞳を見上げつつ、貴樹は答える。


「ミレーヌがこうなった経緯については、かなり詳しく聞いた。君が自分にかけた呪術のことはもちろん、忘れさせられているはずの、ラザールにかけられた呪術のことも。……だから、この狂乱については、君の責任じゃない。記憶がないまま、呪術によって操られていたんだから」


 ――それが、殺されるいわれはないと思った理由じゃないかな。

 自分の考えをまとめつつ、説明してやる。

 すると、ミレーヌはゆっくりと微笑した。


「ああ、そうなのね、それで腑に落ちたわ。今のミレーヌは、き物が落ちたように、殺戮衝動が消えている……そうか、あいつにかけられた呪術が、解けたせいだったのね。気付かなかったなぁ……今までの闘争心と呪術への執着が、自分の意志じゃないなんて」


 どこか吹っ切れた表情で笑う。

 いつのまにか、瞳が普通の薄赤い色になっていた。

 もはや、白目の部分はあくまで白く、不自然なところがない。


「そこが、どうしてもわからなかったのよ。なぜ貴樹に助けてもらった直後から、急に人殺しをする気が失せたのか。人間って、そんな簡単に変わるものじゃないはずなのに」

「解けたの!?」

 

 慌てて起き上がろうとしたのに、またミレーヌに押し留められた。


「そう。多分、貴樹がラザールの呪術を破ったんだと思うわ。呪いによる精神支配は解除されている。解除条件は今となっては知りようもないけど、推測はできるわね。多分、ミレーヌが予期せぬ危険に遭遇した時、誰かが命がけで助けること――あたりかしらね? どういうつもりでそんな条件を設定したのかは不明だけど、これもあいつの歪んだ愛情かしらねぇ」


 ミレーヌが凄みのある微笑を広げる。

 あいつも、ある意味ではミレーヌを本気で愛していたんじゃないだろうか……とふと貴樹は思ったが、口にはしなかった。

 被害者の立場である彼女には、慰めにもならないだろう。


「そう考えると、ミレーヌは幸運だった。結果的に、最後に貴樹に巡り会って、こうしてラザールの呪術が解除されたのだもの。最初にかけられた呪いが解けた瞬間、それに対抗するための、ミレーヌ自身の術も解けたというわけ。生き腐れの呪術は、あくまでラザールから身を守るためで、あいつの呪いが消えたら、もう必要ないから」


「よかったじゃないか!」

 貴樹は心からの祝福を込めて言ってやった。

 ミレーヌは微笑を返しはしたものの、どこか疲れたようにため息をついた。


「とはいえ……今のわたしは、やはりどこか以前のミレーヌと違うと思うけどね。心の一部が壊れたのは、もう今更、元に戻らないのかも」

「……そんな」

「心配しないで」

 ミレーヌが茶目っ気たっぷりにウインクをした。


「それでも、貴樹次第で、もうこれ以上この馬鹿騒ぎを続ける気はないから。実際、呪いも解けたことだし」


「本当に!?」

 貴樹の質問は「本当に(この騒ぎを)続ける気がないのか?」という意味だったが、ミレーヌは呪いの方だと思ったらしい。


「本当よ。だって、現に貴樹が触れても、身体が腐らないでしょう? 念のために、ほら!」


 貴樹の手を取り、よりにもよって、自分の胸にびたっと押しつけた。

「うおっ」

 絶妙な弾力と感触に、思わず声が出てしまう。

 そこまで思い切り押しつけなくてもっ。


「こーんなことすると、今までだったらその場で貴樹の手が腐っちゃうのよ? もちろんミレーヌも無事では済まないけどね。……でも、今はなんともないでしょ、二人とも」


 貴樹が口をぱくぱくさせるのを見て、くすくす笑う。


「鋼鉄の処女改め、ただの処女になってしまったわね」

「い、いや……なんと言ったものか」

「ところで、ラザールがこの都市にかけた大規模呪術を完全に解除する代わりに、ミレーヌは条件を出しますっ」


 いきなり元気よく言われ、貴樹は眉をひそめた。

 膝枕から起き上がりたいところだが、未だに手で止められてしまうので、それもままならない。

 ままならないと言えば、ミレーヌは未だに自分の胸に貴樹の手を押し当てたままだった。


「――その前にぃ、貴樹は壊れた女の子はお嫌い?」

「それって、ミレーヌのことか」

「そう。壊れてるけど、基本的には良い子にしている……今は、そんな子」

「いや……それなら。今のミレーヌは別に」


 ていうか、いい加減に手を放してほしい。

 まともにものが考えられない。


「そう、そうなのっ。許容範囲内ね。それなら、条件も出しやすいなっ」


 あははっと陽気に笑う。

 邪悪さは消えているが、なるほど、貴樹が見てもどこか普通とは違うように思う。


「時に、ミレーヌの胸はどう?」


 まだ手は放してくれないが、ミレーヌ自身も少し頬を赤くしていた。


「……気持ちいい? 自分じゃわからないけど、感触は?」

「そ、それはもう。でも、気まずいからそろそろ放してほし――」

「では、条件です」

 いきなり厳かな声で言われ、貴樹は目を瞬く。

「な、なんだ……なんですか」


「簡単なことよ。ミレーヌを貴樹のそばに置いて」


 貴樹の頭に、その要請が染み込むまで、随分と時間がかかった。

 わかっても、相変わらずすぐには口がきけなかったが。


 ただ、そう申し出た時のミレーヌの顔は、嘘のように穏やかで……そして美しかった。


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