爆発
哀しみよりも、反感故にきっと連中を見つめ、はっきりと命令を下した。
「止まりなさいっ」
しかし――意外なことに、命令は完遂されなかった。
大幅に魔力をアップしたミレーヌによって、このフロア全体に呪術結界を敷設しておいたというのに、連中はやや走る速度が緩くなった程度で、相変わらず前進してくる。
つまりこいつらは、ミレーヌの呪術命令をも、跳ね返すほどの精神支配がかかっているらしい。
「そうか、あんた達も同じ方法で強化されているわけね!?」
自分がやっていることだけに、ミレーヌはたちまち腑に落ちた。
「さすがはドス黒いアラン陛下、あのラザールやわたしを侵攻に使おうなんてするだけのことはあるわねっ」
素早くレイピアを抜いたが、これでどうにかなるとは、ミレーヌも思っていない。
だいたい、己の命を省みずに爆弾と一緒に突っ込んでくるヤツを止めるのは、なかなか難しいのだ。だからこそ、王室側もこんな手段をとったのだろう。
(ていうか……そこまでして助かりたいとも思わないかな……助かったとしても、どうせ今後もどこか他人のように思える人生が続くだけだし)
二十名の自爆人形が近付いてくるのを、ミレーヌは薄笑いを浮かべて文字通り他人事のように眺めていた。
既に、拘束していた連中がこの隙に立ち上がり、必死で階段の方へ逃げているが、別にそれを止めようとも思わない。
比較的近くに階段口があってよかったわねぇと、これも他人事のように思ったのみだ。
それどころか、イチかバチかで自分の周囲にマジックシールドを展開しようという気持にさえ、なぜかならなかった。
だいたい、もう数メートル先にまで迫っている一人目の魔法石が、真っ赤に染まっているのが軍服の隙間から見える。今更、もう遅い。
「あっはっは! 誰が先にミレーヌを殺すのかしらあっ」
哄笑して両手を広げたところで、フロアの隅でエレベーターのケージが開き、誰かが飛び出して来た。
「わっ」
そいつは仰け反るほど大仰な顔で驚きを表明した後、一変して表情が引き締まり、ダッシュしながら手を突き出して叫んだ。
「間に合ってくれっ」
貴樹がケージから飛び出した時、既に事態は九割ほど進んでいて、遅きに失していた。
爆弾に等しい魔法石を抱えた二十名の男達は、もはや半円系に展開し、一斉に窓際のミレーヌに飛びかかろうとしている。
しかも、彼女はエレベーターから最も遠い、窓際に立っているのだ。
なぜか哄笑して両手を広げているし、死を恐れているようには見えない。
それでも……やはり貴樹の足は勝手に走り出し、同時に力を解放していた。
「間に合ってくれっ」
言下に、貴樹はその場でPK(念動力)を発動し、ミレーヌのみを選択して、ぐいっとこちらへ引っ張り寄せようとする。
しかし、想像以上に力が上手く働かず、ミレーヌは浮き上がって飛びはしたものの、暗殺部隊の頭上を越えたあたりで床に落ちた。
「な、なんでだよっ」
意表を突かれた貴樹は、それでも二十名の兵士が一斉に振り返り、改めてミレーヌに飛びかかろうとしたところで、今度は本来の自分の異能力である、風の力を発動した。
「我が風よ! 奴らを吹き飛ばせえっ」
能力を全開にしたが、今度も貴樹が期待したほどの威力が出なかった。
これは実は、このフロアに敷設された、あらゆる異能力を防ぐミレーヌの呪術結界のせいなのだが、もちろん貴樹はそんなことは知らない。
それでも、フロア中に突如として湧き起こった暴風は、ミレーヌの向こうから殺到してくる暗殺集団を丸ごと吹き飛ばし、片側の全面窓へ叩きつけ、そのままガラスを粉砕させて、見事に外へ叩き出すことに成功した。
だが、まだ両者の距離が近い。
戸外とフロアの中という差があるにせよ、距離的には十分すぎるほど、爆発の致傷圏内だった。
「ミレーヌっ」
「え、えっ!?」
なぜか半身を起こし、膝を崩した女の子座りでぽかんとこちらを見る彼女へ、駆け寄った貴樹は最後に思いっきり抱きつく。この子に触ったらヤバいという呪術の話は聞いていたが、今はそんなことを言ってる場合ではなかった。
そして、貴樹がミレーヌに覆い被さると同時に、窓の外へ飛ばされた連中が同時に大爆発を起こし、衝撃波と爆風が二人に殺到してきた。




