半裸の瑠衣
だが、どう考えても自分が犠牲になって実験するのがベストな気がして、貴樹は「ええい! 人間どうせ、いつかは死ぬんだっ」などと自暴自棄に喚きつつ、二本の小瓶を次々に一気飲みした。
ちびちび飲めば、自分の性格からして途中でびびって止めそうな気がしたので、問答無用で小瓶一本、二秒くらいで飲み干してやった。
……正直、飲んだ直後は「少しアルコールっぽい?」的な感想くらいしかなかった。間違っても美味いものではないが、さりとて特に異常もない。
あれほど迷ったくせにややがっかりして、貴樹は小瓶をじっと見つめる。
「なんだよ、結局、新薬とやらはスカか?」
もはや必要ない気がしてきたが、それでも一応、空っぽの小瓶に適当な液体を詰めるべく、立ち上がろうとした。
――とその時。
ドクンッ……明らかにいつもと違う動悸を感じ、貴樹は「うっ」と呻く。
気のせいかもしれない、という希望的観測を胸に、膝立ちしたまま固まっていた。
ドクンッドクンッドクンッドクンッ……気のせいどころではなかった。
「や、ヤバい」
心臓が早鐘を打つように異様な鼓動を始め、勝手に呼吸が荒くなっていく……気付けば貴樹は、その場に横倒しに倒れていた。
汗がどっと噴き出し、頬を幾筋も伝わっていく。
自分の顔は見えないものの、おそらく今、顔も真っ赤になっていることだろう。それに胸が、胸がひどく苦しい。誰かに心臓を鷲掴みにされているみたいだ。
全く経験がないが、もしかして心筋梗塞で死ぬ時というのは、こういう感じで鼓動が異常になり、胸が痛むのではないだろうか?
そう思い込んだ瞬間、真っ黒な絶望が押し寄せ、貴樹は我知らず悲鳴を上げていた。
しかし、その悲鳴は自分の想定より遙かに小さい声で、貴樹は気力を振り絞って起き上がろうとする。
もし本当に死ぬのなら――る、瑠衣の部屋で倒れるのは駄目だっ。
あと、小瓶もナントカしないとっ。
だが立ち上がろうとした半ばでまた横倒しに倒れ、貴樹は意識を失ってしまった。
幸い、どうもどこかの段階で目覚めたらしい。
貴樹はいつの間にか、自分の部屋で勉強机の椅子に座っていた。
時間は夜らしいが、いつ起きたのか、そしてどうやって小瓶を片付けたのか、全く記憶にない。
首を傾げているとノックの音がして、こちらが返事をする前に瑠衣が入ってきた。
「――る、瑠衣っ」
驚いて素っ頓狂な声が出た。
なぜなら瑠衣は……あの清楚で上品で礼儀正しい妹は……半裸だったからだ。
一応、上はブラウスを着ているが、前が全部開いていて、その下の群青色のブラが丸見えだった。おまけに下はスカートすら穿いておらず、ショーツのみである。
どちらもサテン生地みたいな光沢があり、やたらと目立つ……瑠衣の持っている中で、一番色っぽそうなレース付きのブラとショーツだった。
おまけにショーツには、ワンポイントのバラの刺繍まであって、色っぽいどころの騒ぎではなかった。
「貴樹さん……瑠衣のこと、どう思います?」
掠れた声で瑠衣が言う。
夢遊病者のような足取りで近付くと、自然な動きでブラウスを脱ぎ捨てる。本当に下着だけになって、貴樹のそばにふらふらと寄ってきた。
ゆ、夢だよな、これは夢だよなっ。
貴樹は焦って片手を上げた。
「待て、瑠衣っ。俺達、兄妹だろ!」
すると、陶然とした表情の瑠衣が微笑した。茫洋とした瞳をこちらへ向けたまま。
「……いいえ、瑠衣は貴樹さんの妹じゃありませんわ」
瑠衣のか細い手が、貴樹の肩にそっと置かれた。
長い足が両膝の上をまたぎ、貴樹の上に――
「瑠衣っ」
自分の喚く声で、貴樹は目覚めた。
「お、おろ?」
もはや異様な鼓動は収まっていて、すっかり元通りである。
さっと壁の時計を見ると、せいぜい五分も経っていない。
それでも心配になり、貴樹は跳ね起きると階段を駆け下り、一階の洗面所で鏡を覗いた。
……幸い、顔が黄色くなったり、スーパーサイヤ人みたいに金髪になったりはしていない。やや、目が充血している程度か。
しかし……どうもなにかがおかしい……明らかにアレを飲む前の自分と変化した気がする。
どこがどうとは言えないが。
「だいたい……さっきのアレ、本当に夢か?」
肩に置かれた瑠衣の手のリアルな感触を思い出し、貴樹はぶるっと震えた。
あんな現実そのものの夢、本当にあるのか!?