暗殺部隊
貴樹達が休憩ポイント的なカフェを出たのは、単に時間切れになって出る他はなくなっていたからだ。
ただ、既に瑠衣も全快していたし、直前まで中央線沿いを爆走していて、秋葉原は目前だったしで、頃合いと言えば頃合いだった。
貴樹と瑠衣のヴァンパイア化した二人の威力は凄まじく、しかも両者共に貴樹の風の魔法が使える。二人でリーサ達を護衛しながら進んでも、ほとんど問題なかったほどだ。
「凄いわねぇ」
ほとんど貴樹達に守られているだけだったリーサは、銃を持ったまましきりに首を振った。
「ロザリー様が二人いると思えばいいのかしら……それなら、誰と当たっても圧倒的なのも当然か」
「いやそれは――あ、ちょっと隠れてっ」
貴樹はすぐに気付いたし、瑠衣もワンテンポ遅れて気付いた。
秋葉原に入って間もないが、駅の前を駆けていく一団がいる。なんだかごわごわしたサイズの合わない軍服を着込んでいて、向かってくる感染者達を撥ね飛ばしながら小走りに駆けていく。
それぞれが強力な異能力の使い手らしく、衝撃波のようなもので、感染者達を撥ね飛ばせるようだ。
幸い向こうは、未だに立ちこめている濃い霧のお陰で、駅舎に隠れた貴樹達には気付かなかったと見える。
「目つきが妙だけど――あいつら、アレクシア王家の正規軍だわっ」
見送ったリーサが呟くと、彼女の仲間が首を傾げた。
「確かに軍服見りゃそうだったが……なんでみんなあんな服がブカブカで、サイズが合ってないんだ?」
「尾行してみよう!」
少し考えて、貴樹は結論を出した。
ついでに、またもや飛びかかってきた感染者を突風で吹き飛ばす。
「もしかしたら、そのままミレーヌのところまで行くつもりかも」
言下に、貴樹は一気に力を解放して、周囲に群れてきていた連中を、一斉に遠くへ吹き飛ばした。
「いまだっ」
全員、貴樹を先頭に走り始めた。
下手をするとかなり長く走ることになるかと思ったが、実際は駅から尾行して、ほぼ数分足らずだった。
中央通り沿いの不動産系の黒いビルが目当てだったらしく、男達は全員がそこで立ち止まった。
総勢、二十名くらいはいるだろう。
こっそり尾行していた貴樹達は、見つからないように霧を隠れのみにして、観察していたが……危険を冒して一人だけ接近していたリーサが、戻るなり早口で言った。
「服のサイズが合ってない理由がわかったっ。全員、軍服の下に魔法石を填め込んだベストを着込んでっているみたいっ。それが二十名も……とんでもないわねっ」
「え、どういうことっ? て、ここじゃ駄目だ、俺達もあの中へっ」
急速にまた接近してきた多数の気配を感じ、貴樹達はそのままビルの中へ逃げ込んだ。
幸い、なぜかここには感染者達が近付かないようだ。
そこで、瑠衣が早口で教えてくれた。
「瑠衣も今持っていますが、魔法石は魔法の補助以外にも、多種多様な目的に使えます。例えば、あらかじめコマンドワード発動の爆裂魔法をかけておけば、合図の声一つで、魔法石内の濃厚なマナが一気に反応し、爆発します。つまり、爆弾の代わりにもなるのですっ」
「となると、今の連中は全員――」
察しがついた貴樹は、慌ててエレベーターホールへ走った。
「どうするつもりっ」
「お兄様っ」
「どうするもこうするもっ」
いや――本当に俺はどうするんだっ。
開いたケージを前に、貴樹は自問した。
もしあいつらが予想通りの任務を負っているとすれば、もしかしたら放置しておいた方がいいんじゃないか?
黙っていても、ミレーヌを殺してくれるかもしれない。
目的は暗殺だろうから、むしろこっちからすれば助かるのだ。
多分、コントロールを離れたミレーヌを、王家が疎ましく思い始めたということだろう。
「ええい、くそっ」
迷いつつも、貴樹は結局、ケージ内に入ってしまった。
他の空きエレベーターはそれぞれ別の階に止まっていて、すぐ乗れるのはこれしかない。
そこに気付いた時、当然のように続いて乗って来ようとした瑠衣達を、貴樹はとっさに押し戻してしまった。
「悪い、先に行かせてくれっ」
「そんなっ!?」
瑠衣が息を呑んだが、その眼前でエレベーターのドアが閉まった。
すぐにガクンとショックがあり、上昇が始まった……二十階まで、すぐだろう。
一階に停止していた二基のエレベーターケージのうち、一基が上がってきた時、ミレーヌは当然、「おそらくこれが暗殺部隊とやらね?」と予想していた。
その予想は当たっていたし、二十名という人数も、まあまあ想定の範囲内だった。
想定と違ったのは、その全員が自爆するつもりで来ていたことだ。
どうもなんらかの精神支配を受けているらしく、一人残らず目が据わっていて、ケージの扉が開いた途端、こちらへダッシュしてきた。
「……あっ」
ミレーヌは、連中を見て、全てを悟った。
軍服の隙間から赤く染まった魔法石が見えているし、それが今、益々色濃くなっている。
(そう、そうか……そこまでわたしを殺したいのね、陛下は)




