ロシアンルーレット的な
「どういうことです!?」
「さぁねー」
グレンが慌てて訊き返すと、ミレーヌは無責任に肩をすくめた。
「でも、1時間前にもミラーマジックで『すぐにそこを放棄して、本隊の救援に駆けつけるべし!』なぁんて言ってきたものね。あの傲慢男が泣き言洩らすとはねー。多分、ヴァランタイン公国への侵攻が失敗して、逆にどっかんどっかん押し込まれてるんじゃないかしら。だとしたら爆笑ものよねっ。あっはっは!」
自分で言った通り、いきなり哄笑していた。
というか、「さぁね」と言いつつ、ちゃんと本国の動きを把握しているではないか。
「それであんた、バックアップもナシに一人で侵略継続するつもりですかっ」
グレンとしては、暗にもうよせと言ったつもりなのだが、この少女は堂々と頷いた。
「そーよ! この国の侵略くらい、ミレーヌのやり方で十分よ。命令ばかりする王家なんか、知ったことじゃないわ。連中なんか、とっととヴァンパイアにガブガブ噛まれて、従者化しちゃうといいのよ。そしたらそのうちアレクシア王国も、ミレーヌの改良型キャラ(感染者)で満杯にしてあげるし!」
「な……なんてこった」
さすがのグレンも絶句すると、ミレーヌはつまらなそうな顔をして、元から見ていたスクリーンに戻った。
退屈な男だと思われたらしい。
この隙に逃げられそうな気がするが……どうせ実行すると、たちまちさっきのように引き戻されるのだろう。なんらかの魔法によってこの場全体が影響を受けている気がする。
慎重なグレンは顔をしかめて、自分も捕虜達の群れに加わった。
連中と同じく座り込み、早速、情報を漁ってみる。
「なあ、彼女はどこまで本気なんだ?」
隣にいた、やたらと顔色の悪い男に尋ねてみた。……顔色といえば、ここに拘束されて座っている連中は、誰もがみんな、顔色が悪い。
古新聞みたいな顔色の者ばかりだ。
「本気も本気、むちゃくちゃマジだよ」
グレンと同年代に見える正規兵は、そっと囁き返した。
「既に、業を煮やした王家が、彼女の暗殺部隊を送り込んだって話だが……できれば、間に合ってほしいもんだ。俺の番が来る前に!」
「俺の番? なんだ、それ」
嫌な予感がしたグレンが訊くと、また上手いタイミングでミレーヌが振り向き、別の引き出しを開けて、牛乳瓶みたいなのを取り出した。
「はいはい、お薬の時間が来ました~。当然、国保なんか通用しませんからねぇええ」
やたらと明るい声で連呼する。
「三割負担、ノー! 余裕の十割負担だからっ」
途端に、周囲から絶望的な呻き声が湧き起こった。
隣の彼も、震えながら独白した。
「また強化魔法薬だっ。どれだけ飲んだら気が済むんだ、あの人っ。四時間置きくらいにがぶ飲みしているぞっ」
そこまで言われると、グレンにもアレの見当が付く。
つまりは、自分が本国の命令で瑠衣王女に密かに届けていた、例の危険な薬である。
「そんなに飲んで、まだピンピンしているとは! あれは、副作用が凄まじいはずだけどな」
「理由があるんだよ、死なない理由が」
先の若者がまた囁く。
「まあ、見ていろ……ていうか、今度が俺の順番じゃないことを、祈っててくれ。アレクシア王家も、とんでもない毒薬を開発したもんだ。お陰でこっちがとばっちりさ!」
「……え?」
グレンが訊き返しても、もう彼は首を振るだけだった。
そのうち、ミレーヌが瓶の薬を豪快に飲み干し、ぶはーっと可愛らしく息を吐く。
グレン達を振り返って、にこっと微笑んだ。
「さて、今回は誰にカウンターマジックが行くかしら~。今飲んだ分のダメージを受け取る人は誰かなぁ? 王家の傲慢の犠牲になる人は~。現代の国保システムはねぇ、若者の犠牲の上に成り立っているの。辛いわよね」
わけのわからない言葉に、皆、さっと目を逸らした。
「あははっ。別にあたしと目が合おうと合うまいと、関係ないわよ~。このカウンターマジックはここの結界の維持に使われるだけではなく、この場にいるあたし以外の人達から、ランダムで犠牲者を選ぶんだから。あ、そろそろかな~……みんな、心の中で祈ってみてねっ。日頃の行いは全然関係ないと思うけどぉ。はい、10、9、8――」
カウントダウンが進むと、たちまち固まって座る正規兵達が脂汗をかきはじめる。
今一つ事情がわからないグレンまで緊張してきたほどだ。
そして、彼女が「ゼロっ」と叫んだ途端、どこからか悲鳴が聞こえ、端っこの一人が横倒しに倒れた。その瞬間、彼の周囲が恐怖と安堵にざわめく。
「あぁ~……今度は中年兵士さんだったかー。まあ、若者が死ぬよりはマシ?」
無責任なことを言い、ミレーヌがぴっと人差し指を動かす。
すると、既に死体になっていたらしいその中年兵士は、ずずっと勝手に滑っていき、部屋の隅に集まる死体の群れに加わった。
十名近くいるようだが、アレが全部、このカウンターマジックの犠牲者だったらしい
「や、薬品のシャレにならない副作用を、全部他人へぶつけているのかっ」
グレンは思わず呻く。
なるほど、これなら本人はぴんぴんしているはずだ。しかし……一体彼女は、どれだけの薬を痛飲し、どれだけパワーアップしているのか。
考えてみると、グレンは空恐ろしくなってしまった。
とそこで、スクリーンを横目で見たミレーヌが、随分と嬉しそうに言った。
「あ、また誰か来たわ~。今度は複数かな?」




